第27話 素人感
いまだエアコン頼りの空間に、蛍光灯は機械的な色合いをみせる。
夏休み明けということもあり少々自堕落が抜けきっていない炭木とは対照的に、藤崎の眉間は戦地に赴く兵隊のものになっていた。
強張った顔、固まった筋肉。
対するは、たるんだ頬とダラけた猫背。
わかりやすくも境界線が敷かれていた。
「あっ、あー……あーー」
「……」
普段であれば、この女が発声練習なんて始めようものなら、炭木も背筋を伸ばして臨戦体制にはいっていたであろう。
しかし、夏休みという1ヶ月ものブランクがとろくさくも歯車を狂わせ、対藤崎プログラムの作動を遅らせてしまったのだ。
一歩出遅れる形となった炭木へと、容赦のないかすれ声が降り注ぐ。
「ざっ……炭木ぃ!! いま、いいかっ!」
「………………えっ? あ、はい! な、なんでしょう」
ここでようやく彼女の存在を認識した炭木。
情けない裏返った声が応酬する。
「私はいま、お前と談笑がしたくて話しかけました!!」
「おおう……、いつでもどうぞ?」
「そう、あれは夏休み。受験勉強漬けの毎日に癒しをと思いましてね、合間合間に高校野球をみていたわけなんですよ」
「ほぉ、甲子園ですか」
「いえすいえす。……でもさ、やっぱいいもんっすね。高校生のプレイってもんは」
「ああ、わかりますよ。トーナメントの面白さってヤツがありますよね。みんな全力っていうか」
「そうそう。上手いプレイをみたいんだったらプロ野球でいいんだけどさ、必死さ故の泥臭さっていうの? こう……成熟してないからこその若さがいいのよな」
「青春っぽさですね。俺もバスケやってたんで、すごいわかります」
「うんうん! いい意味でな、青臭さがいいんだよな。プロじゃみれないプレイみたいなのな。素人感ってヤツがな!」
「はぁ……素人感?」
「そう、素人感」
「……?」
「…………そして炭木よ。いまここに以前4万9000円で購入したオナホールとそこそこのビデオカメラがあるんだがな……?」
「最悪な話の繋げ方」
━━第27話 素人感━━
「どういうことですか! 球をバットで中にインしろとでもいいたいんですか!?」
「ごめん、そこまで野球の話は関係ないんだ」
あからさまな拒絶をみせる炭木だったがそれもそのはず、この提案、いままでに比べて生々しさが段違いなのである。
これで仮にもOKをだした場合、つまり炭木のなにがそれの実演会がおっぱじまるというわけだ。
もうくるとこまできた感あるね。
「あと炭木よ、なにか勘違いしてるようだが、私は別にお前のセンズリ交尾を拝みたいわけじゃあないんだぜ。素人撮影に求めるものはそこじゃあない」
「はぁ……?」
「ようはフリでいいんだよ、腰振るフリ。服は脱がなくていいし、傷つけないための潤滑油とか用意しなくていいし、手入れめんどいからコンドーム使おうとかも考えなくていい」
「詳しいのはいいのよ」
「太古に遡ればAVの大半は疑似セックスでな、モザイク越しでも腰振って喘いでるだけで顧客はセックスと認知していたんだ。そして私が求めるのは情念であってオナニそのものじゃない。体裁が悪くとも本気さえ伝わればいいってことさ」
「なるほど。本番行為そのものはしないと」
「おう、そゆこと」
「うん……」
「……」
「して、やらねぇよ」
………………
…………
「なんでよー! いつもはなんやかんやじゃんかよぉーー!!」
「今回のなんやかんやは大惨事なんですよ」
炭木の判断は正しい。
本当に、正しい。
「あーあー、お前がこんな甲斐性なし男だと思わんかったわぁ。結局、一端なのは口だけじゃねぇかよぉ!!」
「……?」
しかし炭木、喚き散らす藤崎にむける顔は少し訝しげ。
なにか気になることでもあったのか、眉をひそませながら問いかける。
「あの藤崎さん。俺が乗り気でないことは大前提として、ひとつ質問いいですか?」
「んあ? なんじゃい腰抜け、フニャチン。……いや、フニャチンじゃないとエロ漫画だけども」
「これ、藤崎さん的に求めているのは素人感だけなんですよね。正確には情念ですか」
「おおん。ま、そうなるな」
「じゃあ俺の腰ヘコじゃなくて、自分でする腰ヘコのほうがいいんじゃないですか?」
「……っ!!?!?」
淡々とした口調に、文字通り言葉を詰まらせた藤崎の唾液が飛んでいく。
妄言に対抗できるのは妄言しかないのだ。
炭木のゴミカス与太話は続く。
「情念なんて俺はないも同然だし、フリでいいなら女性の藤崎さんでも問題ない。俺がカメラ構えとけばいくらでも見返すことも可能」
「……」
「ま、俺も適当なこといってるんで、ヤるのとミるのじゃ話が別なのはわかりますけど、口ぶり的に自分ではヤッてないんでしょう? 一回ヤッてみたらどうです。恥ずかしくないのなら」
「くっ……」
藤崎はたじろいだ。
強い口調のもと、勢い任せに論点をすり替えようとしているのはみて明らかだったが、しかし藤崎には反論の余地がまったくなかったのだ。
自分でするのは恥ずかしいけど他人の羞恥はむしろ蜜……、なんて考えていることなど炭木にはまるっとお見通しなのである。
「ほらっ! 恥ずかしくないなら実演してみせてくださいよ。藤崎さんは甲斐性なし子じゃないんでしょぉ!?」
「うぅ……」
「さぁ、さぁ!」
「…………っ」
「……」
「…………私がやったらさ、一次創作で擦られまくってる女子校の悪ふざけ立ちバックで発情するやつみたいになるじゃん」
「それは知らないですけど」
「でもあれ実際はDQN大学生のTikTokだよな」
「んなもんやらせようとすんな」
………………
…………
藤崎の望みは素人感の捻出だが、自分は恥をかきたくない。
そして炭木にとっての最悪はこの女の前で恥を晒すことであり、その回避さえできれば手段などどうでもいい。
つまり、その棚上げ気質な前提を掘り返せば藤崎の羞恥レベルが引き上がり、恥の末に事が終えるのではないか……というのが炭木の策略である。
藤崎も一端の乙女であれば、共感性羞恥も甚だしいこの一連が熱波となるのは想像に難くないだろう。
もうスポッチャとかいけ。
「どうせできないんでしょ? できないから俺に押しつけようとしてたんでしょ? 藤崎さんがお手本みせてくれるなら考えてやらんこともないですけど、そんなチンケなお誘いならお断りですよ」
「…………」
「そういうことですから、これ置きっぱなしなの気持ち悪いんで片付けてくださいね。第一こんなのどこにおいてたんです──」
「……………………やるよ」
「ん、え……?」
「やる、やるよ、やるやるやる……。いまお前ぇ……私が手本みせたら考えてやらんこともない、つったよなぁ……」
ゆらりゆらりと身体を揺らし、まるでくたばりかけのゾンビかのようにオナホールへと手をかけた。
両手でがっちりと腰部分をつかみ、持ち上げ、自身の下半身へとドッキングさせていく。
その様相はどちらかといえば股間から女体が生えた、という感じ。
「ちょ、藤崎さん……マジでするんです……?」
「あたぼうよ、こんちくしょうめ。私はフニャチンじゃねぇんだよアンポンタン」
チンじゃないけどね。
「おらぁ!! とくと拝めぇ!! これが本気ヘコヘコじゃぁあっ!!!!」
すこーん……。
「…………」
「…………、……ちょえぇぇぇいっ!!」
ヘニョ〜ん……。
「…………」
「……」
──我々が、自分達の事中を客観視できる機会は少なく、認識の大体をアダルトビデオに委ねている者は一般社会にも多数いる。
しかし、演者である彼らはまぐわいをみせるプロであり、それらの技は一朝一夕で真似られるほど甘いものではない。
自身の性交が認識の中にあると錯覚を起こし、男優は身体を売れば誰でもできる仕事、などと思いこんでいる者も少なくはないのだ。
そしてここにもひとり、客観視を怠った人間の生き恥が。
「………………っ」
「…………」
「……お前、誰がおねショタの寝取られ枠の腰振りじゃい」
「なんもいってないよ」
………………
…………
「ふふふ、だがよ炭木ぃ……私は、やってやったぞ、やったぞコラ」
「耳真っ赤ですよ」
思いつきで突発的な行動ほど後々むきゃーってなるよね。
「ふんっ! そう余裕ぶっこいてられんのも今のうちだね!! 私との約束、忘れたとはいわせねぇぞ!!」
そう、彼女の狙いは炭木の腰。
「素人感の演出」から「炭木に恥をかかせる」に目的がすり替わったことには気づきもせず、藤崎はいつもの汚物ボイスを轟かせた。
ガラガラ声が喉をゆさぶる。
「なんだったかあぁ〜? 『お手本みせてくれるなら考えてやらんこともないですけど』キリリッ、つってたか、なぁ〜っ!? 言質とってんだぞこちとらぁ!!」
「はぁ……そうっすねぇ」
小さくため息をついた炭木は気だるそうに藤崎へと歩み寄り、そしてちょいちょいと数回指を曲げた。
「……あ?」
「ほら、くださいよそれ。やりゃいいんでしょ?」
「あ……、うん。…………え?」
藤崎の疑問符が惨めに裏返る。
先ほどまでの威勢はこの覇気のない疑問符でかき消された模様。
「ま、口約束でも約束はあんま無下にしたくないですし。まさか藤崎さんがヤルとは思わなかったですけどね。正直なあなあにするつもりの無茶振りだったんで」
「お、みょ……みゅ〜ん…………え?」
しかし藤崎、謎の甲高い鳴き声を披露した後、固まったまま動こうとしない。
「あの、藤崎さん? 早く渡してくださいよ」
「いや……、なんか……なんか、違くない?」
「は?」
「わ、私はさぁ、身長140センチのマスコットガールじゃんよ。まぁ、ギリ全年齢、健全枠で耐えられるさね」
「健全ってなんだ」
「で、お前……。おま……お前は、身長いくつよ?」
「191っすね」
「エロじゃんっっ!!!!!!!!」
恥も外聞もない叫びが鼓膜を爆撃した。
いまのいままでこの行為とスケベが結びついていなかったのだろう、今更すぎる懸念が内部で破裂したらしい。
冒頭800文字あたりで炭木がした拒絶にようやく気がついたのだ。
「え? いや、いやいや、ダメでしょ。左上に赤のR-18マークあるやつよこれ。やらしっ、やらしだよ。びっくりしちゃうわ」
「めんどくせ……。……じゃあなんです? やらなくていいんですか? それで済むならこっちは万々歳ですけど」
「え……あっ、う〜〜〜ん??」
だが藤崎、答えは出し渋る。
求めていたものが実は狂気だと判明したのであれば、下手に強がらず拒否すればいいもの。
藤崎内部でプライドという名の歯車もギシギシ音を鳴らしてはいるが、実はこの悶々とした熟考にはもうひとつの理由があった。
「あの……一個聞くけどさ、お前は……その、恥ずかしいとかはないわけ……?」
「いやめちゃくちゃ恥ずいですけど」
「おほぉっ。ふへぇー、そうっすかぁ……」
藤崎の口角が斜め20度ほどに小さく上がった。
例えるならば、茂みに落ちたエロ本を拾う男子小学生、ご近所付き合いで川キャンプに行った時のお姉さんの水着姿、勇気を出して年齢確認ボタンに虚偽の申告をする夏の夜のブルーライト。
その顔、それそのもの。
そう、つまりこの女、助平なのである。
齢18だが性愛経験皆無な彼女にとってセックスへの関心は人一倍。
身長差50センチもある後輩筋肉質男子が、恥じらいながらも、なにがそれをみせつけてくれるとあらば、よだれが止まらなくなるのも致し方なし。
実害系むっつり。
「で、どうなんです? やらなくていいんですか?」
「………………うぅっ」
「ん?」
「……………………ぐっっ……」
藤崎は悩んだ。
NOと答えたらそこで終わり、絶対に後悔するだろうという確信がある。
だがここでYESと答えようものなら、性癖暴露大会開催宣言とでもいったところ。
プルプルと震えた唇が、相反する感情のせめぎ合いを物語る。
イドか、エゴか、藤崎がだした結論は────。
「す、炭木ぃ……」
「はい?」
「…………みたい」
*
持ち前のセンス、とでもいったところだろうか。
炭木は元バスケ選手である。
運動能力が凡人を遥かに凌駕するとなれば、当然、自身の身体を動かす肉体的センスも兼ね備えているものだ。
藤崎はいつのまにか尻餅をついていた。
地べたへとすっ転びながらもケツを労おうとすらしていないのは、その圧倒的で豪壮な眼前が意識を奪って離さないからだ。
どの場面、どこの絵図を切り取っても価値がある。
サンドロ・ボッティチェッリさえ息を呑む、彼の一挙手一投足は、この世すべての芸術を普遍とするほどに達していた。
「……す、炭木ぃ」
「はい……、なんすか……」
「お前、ほんとに童の貞なんよな? 中学の頃は夜な夜なナイトのホテルで乱ココパーチー……、みたいなキャラじゃなかったんだよな?」
「逆高校デビュー?」
「…………」
「あの……藤崎さん。せめてなんかいってくださいよ……」
「……あぁ、うん……」
……………………。
「……ビギナーズラックのセックス、ビギナーズファック」
「うるせ」
知識面で不確かな部分などは結構ネットで調べるんですが、5回に一回P⚪︎rnhubのリンクがでてくる。




