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第25話 嘘発見器


「嘘発見器〜?」


 わざとらしい声が響いた部室内では、子供向け教育ビデオでも彷彿とさせられる。

 疑心を隠そうともしない表情で、炭木はその鉄塊を指差した。


「また随分とおあつらえむきな……どうしたんです? これ」

「預かった……っていうか押し付けられたのよ、安藤ちゃんに」

「はぁ」


 何を隠そう安藤咲希はロボ研所属。

 この手の発明はお手のものということだ。


「それで当の本人は?」

「今日生徒会でね、間違えて部室から持ってきちゃったから預かっていてほしい、って渡されたの。安藤ちゃんは用事があるって先に帰ったわ」

「帰ったんだ……」


 だから安藤さんの出番は今回ないよ。

 かわいそう。


「でもさっでもさっ、私、初めてみた。嘘発見器なんて」

「たしかに気にはなりますね」

「うふっ、そうでしょ?」


 ふたりの興味に呼応してか、片岡はにんまりとした笑みをみせた。

 嘘発見器と名付ければパーティグッズとも思える代物になるが、その実使い道は羞恥の極み。

 こんな企みがいのあるもの、楽しまなければ損だとでも思っているのだろう。

 「楽しんでもらえたら嬉しい」ではなく、「楽しませてくれたら嬉しい」の笑みだということだ。


 だがしかし、迂闊だったのは隣にいるのが視姦系メンタリストの名をほしいままにしている男だということ。

 そんな少しの表情の変化をよみとるなんて、炭木にとっては容易いことなのだ。


「…………」

「……? どうしたの炭木くん」


「あの、片岡さん。使うにあたって一個だけルールを設けていいですか」

「ルール?」



「下ネタ禁止」



「えっっ!!???!!」



 ━━第25話 嘘発見器━━



「えっ、ダメなの!!? 精通も!? 初潮も!? 週にナニする頻度とかもっ!?!?」

「いま全部やるな」


 一線も超えるな。


 目的はそれひとつだったのだろう、がっくし肩をおろした片岡。

 どうぞ後はご自由に使ってくださいよ、なんていいたげに、投げやりな様子で座りこむ。


 しかし、そんなしょぼくれの手を引くのはアホ毛ガール。

 慰めているつもりなのか、淡い眼差しで彼の肩に手をおいた。

 そう、思い返してみてほしい。

 こと一線において、ふたりは同レベルだということを。


「違うぜ片岡ぁ、お前はなんもわかってないな」

「なによ藤崎ちゃん。どういうこと?」


「お前はよ、センターサークルから無理やり蹴ったシュートが入ると思ってんのか」

「……?」

「全裸ストラックアウトで抜いてほしいのは2番と8番だけど、真っ先に抜いたら味気ないだろ」


「…………????」


 例え話が下手な女。


「要は段階が必要なのっ! 段階が! AVのインタビューっていえばお前ならわかるだろ」

「あっ、わかるわかる。そういうことね」

「そういうこと! 私が手本みせちゃるから、指しゃぶってみとれぇ!!」


 汚い濁声を轟かせた藤崎は、その機械を掴み炭木へと手渡した。

 短い2本の棒を両手で握り、嘘をついた時の心理的な動揺から生じる呼吸や脈拍の変化を読み取るという、よくある一般的な嘘発見器である。


「おら炭木、やるぞ炭木ぃ。私の質問攻めに恐れおののけ」

「はぁ……てかトップバッター俺なんですね」


 こほんと咳払いし、少しかしこまった様子をみせる藤崎。

 形から入るタイプである。

 手本をみせると意気込んだ手前、下手な姿を晒せないのだ。


「じゃあ炭木くん、第1問です。まずあなたの誕生日を教えてください」

「あ、はい。12月4日です」


「なるほど、次に第2問。あなたのご職業はなんでしょう」

「学生、高校生」



「はい! では第3問っっ!!!! あなたの性感帯はどこでしょうか!!?!?!!?」


「ノーコメントで」



「………………」

「…………」



「……第4問。あなたの好物を教えてください」

「えと、大根の天ぷらです。おでんの残りならなおよし」


「ほう、第5問。あなたのご趣味はなんでしょう」

「お菓子づくり……ですけど」



「よし! じゃあ第6問!!!! あなたが最近みたセクシービデオのタイトルは!?!!?」


「誘導へたか」



 ………………

 …………



「くぅ、さすが炭木、手強いぜぇ……」

「でも健闘したほうよ藤崎ちゃん。このまま攻めれば炭木くんからもエロい言葉を引き出せるわ」


「このふたり仲良いのタチ悪いなぁ」


 コミュ障と女性癖。

 普通なら相まみえることもないふたりがなぜ3年間も共にしているのか、なんとなく判明したかもしれない。


「それじゃあ次は私よ。炭木くん、覚悟しなさい」

「レイド方式なんだ」


 なにか作戦でもあるのか、片岡はキメ顔ひとつしてみせた。

 そう、先ほどは惨敗に喫した藤崎戦法だが、これは立案者がザコすぎただけで、素人がする尋問においてはかなり有効なモデルである。

 コミュ力においては特に事欠かない片岡にとって、この形式は得意とする分野といえよう。


「それじゃあ鉄板だけど、初恋とかの話でも聞こうかしら」

「初恋っすか。そんな面白いことないですよ?」

「大丈夫よ。身悶える炭木くんみたさだもの」

「正直だなぁ」


「ふふっ、始めるわね。えっとまずは……あなたが初恋した年齢は5歳未満ですか、とか?」


「あー……いや、違いますかね」



 シーーーン……。



「じゃあ10歳未満?」

「違う……でいいんですかね」



 シーーーン…………。



「えーと、14……?」

「ち、違います……」



 シーーーン………………。



 3人並んで嘘発見器へと目線を落とすも、まったく反応はみられない。

 この手のマシンは嘘を検知すれば音やらなにやらを発するものだろう。

 故障であるとも考えにくいとすれば、つまり──。



「え!? もしかして炭木くん、まだ恋心を知らないの!?」

「まぁ、そうなりますね……」


 ということである。


「なんじゃそれぇ! お前なんもなさすぎだろ、つまんな人間だなお前!」

「だからいったじゃないですか。なんか躍起になってますけど、俺を掘ってもなんもないですよ」

「ええー。……まぁその情報が旨味といえば旨味かしら」

「ただじゃ折れなさすぎる」


 後輩いびりをしようにもつけいる隙がない男。

 それが炭木。

 冷えた空気にそろそろ下校チャイムがなる時間ということもあいまり、なんとなーくお開きのムードが流れ始めた。

 あまりの不完全燃焼に片岡もため息が混ざる。


「じゃ、片付けしましょうか。炭木くん、ホワイトボードの反対側、持っててもらえる?」

「あ、はい」

「あーあ、惜しかったなぁ。もうちょっとでぬぽぬぽトークできたのに」

「やな擬音」


 天文部部室は元々取り壊し予定だった倉庫を改良したもので、誰も使わない場所な以上、片付けはより入念にしないといけない。


 ふたりが机から離れると、誰も見向きもしなくなった鉄屑は哀愁ただよう背中を光らせた。

 相手が炭木だっただけであり、嘘発見器はなにも悪くない。

 藤崎のシンパシーある眼差しが潤っていく。


 しかし、シンパシーのあまり、藤崎がその鉄屑へと手を伸ばした、その時だった。



 ジー……、ジー……。



「……!!!」


 なっていた。

 音はとっくになっていたのだ。

 耳を近づけようやく聞こえるほどの微弱な音。

 席を立ちあがった片岡と炭木はその音に気がついていない。


 現状、炭木以外だれもこのマシンに触れていないということは、炭木が答えたいずれかの質問に反応していたということになる。

 炭木が解答した質問は9つ。

 内、6つの藤崎's questionはほぼ無意味だったとすれば、嘘だと検知されたのは「初恋」についての回答なのだろう。


 藤崎の額を一粒の雫がつたっていく。

 そう、彼女にはある確証があったからだ。


 炭木をみるに、片岡の質問そのものは曇りなく答えたように思える。

 だが、おそらく検知されたのはそこではない。

 その直後だ。

 顔にはでていないが、深層心理で思っていることは真逆だったせいで、嘘だと検知されたのだろう。

 そう、片岡のあるセリフ。



『え!? もしかして炭木くん、まだ恋心を知らないの!?』

『まぁ、そうなりますね……』



 14歳まで恋をしたことがないのは本当。

 しかしまだ恋心を知らないというのは嘘。


 そして現在、炭木は高校1年生の15歳。


 誕生日は12月4日だが、去年末は受験シーズン真っ只中ということもあり、恋愛にうつつを抜かすとは考えにくい。

 となればその後、高校入学による新天地での憧れや渇望が混在し、芽生えた感情なのだといえるのではなかろうか。


 つまり──!



(──こいつにはいま、想いを寄せる相手がいるっ!?!!?)



 ………………

 …………



 (藤崎にとっては)とんでもない一大事である。

 もしこの恋が成就でもしようものなら、朝の通学も、お昼休みのお弁当も、夜中に電話をかけることさえ立ち場が奪われてしまうのだ。

 それだけはなんとしても死守しなければならない。

 事実か否か、その恋敵はだれか、ここで聞きだし対策を練る必要があった。


 だが幸いなことに、いま藤崎の手中には嘘発見器がある。

 なんとかして活用すれば藤崎レベルの質疑応答でも白状させられるはずだ。


「きゃ、か、片岡ぁ。こ、これぇ……」

「ん? ああ、嘘発見器ならその辺に置いたままでいいんじゃないかしら。明日になれば安藤ちゃんが持って帰ると思うし」


 そうなればタイムリミットは今日までだ。

 明日といっても、朝や放課後すぐに持って帰られたら使う暇がない。

 この数分間だけが勝負となる。


 そしてもうひとつ、嘘発見器の使用は一回が限度だろうということ。

 自身の認識していない感情を外野から弄られる不快感は夏の夜に舞う蚊にも等しい。

 「お前好きなひといんだろぉお?? 色ボケ野郎がよぉ〜! ぐえっ、グエッ、ぐぇえ!!」なんて発言を大量投下した暁には、絶縁宣言をくだされてもやむなし。

 藤崎の心的上、そんなことで絶交なんてされてしまえば、いい感じの首吊りスポットを探す旅に出ることへとなってしまう。


 つまり、下校までの数分間の内に、ひとつの質問だけで、炭木は誰に恋をしているのか察してやらんといけないのだ。


「藤崎ちゃんもイス片付けてー」

「あっ、はい、はい……うん」


 とはいえ藤崎、自身の知る炭木の交友関係なんてたかが知れている。

 クラスメイトだとかを出されるものなら一発ゲームオーバーなわけだが、一旦は周辺で考察を巡らせるしかなかった。


 真っ先に考えられる人物といえば、最重要危険人物「安藤咲希」になるだろう。

 傍目でわかるその乙女っぷりは、いつ炭木方向へとアクセルをきってくるかもわからない。

 実際、藤崎でさえそのツンツンデレデレを目の当たりに、「あっ、そういうヤツね」と瞬時に理解できててしまうほどである。

 愚鈍極まりない炭木といえども年頃で、一歩でも踏み込まれてしまえばコテンと絆されてしまうかもしれない。


 次の候補に上がるのは、まっつんこと「松山聖良」。

 炭木と絡みがあったことなど知りもしない藤崎にとって、なぜか急速に仲が進展していた謎の刺客。

 実際のところは藤崎仲良しプロジェクトを秘密裏に計画しているだけだが、こいつにそんなことを知る由はない。

 炭木は元バスケ部であり、スポーツ部とはつまり陽キャであり、陽キャとはつまり豪放磊落。

 陽キャと陽キャのマッチングなんて、ところ構わずワン・ツー・スリーナイトの応酬でしかないのである。(藤崎談)

 女性経験のない炭木にとってこの快楽は、依存という闇へと繋がる片道切符なのだ。(これも藤崎談)


 あとは大穴だが片岡や妹も当たりをつけたほうがいいだろう。

 パッと見、炭木が1番女性として扱ってそうな男「片岡」と、ラノベからエロゲに分岐進化してもなんらおかしなことはない妹「青菜」。

 度し難くはあれ彼女候補に上げても問題はないはずだ。

 ほんとか?


 誰との関係を疑おうともなんらかの疑惑が生じてしまう男、その名は炭木。

 整理すればするほどハーレム系主人公の素質が垣間みえる。

 そんな彼が恋焦がれる相手など、本当にいるのだろうか。


「……スミっ、す……炭木ぃ! ちょい、こっちこい! こっち!!」

「ん? はい」


 しかし藤崎、多数の候補者を並べつつも、悩む様子はみせていない。

 はたして目星でもついているのか、炭木にちょちょいと手招きした。


「別に他意はないというか、実はさっきの質問で嘘発見器が反応してるのに気づいたから、もっかい使ってお前の恋愛観とか深堀してやろうみたいなのは全然ないんだけど、これ握ってもらっていい?」

「質問側が晒されるんだ……」


 嘘がヘタな女。


「え、てか俺、嘘ついてませんよ」

「いいっんだよっ、純情ボーイがぁ。テメーの童貞イデオロギーなんざあてになんねぇよ」

「めっちゃ喧嘩売ってくるじゃん」


 炭木は苦虫を噛み潰したような顔をみせると、嫌々そうに棒を握った。

 この顔は、舌打ち混じりで投げやりな時にみせる顔。

 しつこく質問攻めをしてしまえば嫌煙されてしまうことだろう。

 チャンスは1回のみだ。


「じゃあするぞ、正直に答えろよ」

「はいはい」


「あのさぁ……、お前の好きなひとさぁ……」

「はい」




「…………実は私ってオチだったりする?」


「ほくそ笑むなよ」



 ………………

 …………



「ちょっとふたりとも、ちゃんと片付けしてよ」

「うわぁーん、片岡ぁー。炭木が天文部やめちゃうぅーーっ」


 たんたか駆け寄っては片岡の腹部で泣きじゃくる藤崎。

 幼稚園児って感じ。


「やめるって……なにがあったの?」

「あのさ、炭木がさ、好きなひといるのに好きなひといないって嘘ついたのを私がわかったからさ、そしたらその好きなひとについてっちゃって天文部やめちゃうの」


「……?????」


 説明がヘタな女。


「さっきの嘘発見器、俺の初恋の回答に反応してたらしいんですよ。だからいま好きな人いるんじゃないかって。で、藤崎さんは俺がその好きなひとに靡いてしまうんじゃないか……と」

「ああ、なるほど?」


 簡潔にあらすじを言い終えると、炭木は呆れるようにため息をついた。

 虫の居所が悪いというよりは、面倒見のいい親戚がするため息である。

 片岡に抱きついては離れようともしない藤崎の肩へと、優しく包みこむように手を添えた。


「藤崎さん大丈夫ですよ。そんな理由でやめたりしませんから」

「嘘つけぇー! どうせ口だけおべっかなんだろっ!? やめたくなったらすぐやめちゃうんだぁー!!」


「ほら、よくみてくださいよ。これ」

「……?」


 促したのは嘘発見器。

 律儀にもふたつの棒を握りしめたまま、炭木は言葉を連ねていた。

 耳をすませど反応している様子はない。


「嘘じゃなかったでしょ? 俺も楽しくてここにいるわけですし、突然でてったりしませんよ。大丈夫ですから、ね?」

「うぅ……うん」


「そもそも俺に彼女ができたとして、間違いなく藤崎さんの紹介はしないといけないじゃないですか。この関係を容認してくれるひとなんて、よっぽどの変態しかいませんよ」

「ず、ずみきぃ……! お前、お前ぇ……!!」


 冷笑系のみなさまにとっては反吐がでるほどの臭いセリフだが、あいにく藤崎は生まれながらの痛女。

 はなたれながらにズルズルと、ゾンビがする闊歩の歩幅で炭木へと近づいていく。


「じゃ、片付けましょうか」

「おうぅ……! うん、片付けすりゅぅ……っ!」

「藤崎さん、先に鼻かんだらどうです?」

「うん……。かみぅ…………っ!」


 藤崎の情緒がおかしいのはいつものことで、適当な対応はもう慣れっこらしい。

 彼ほど藤崎の生態を熟知した人間はいないだろう。


 カラッとした空に夕も沈みかけてきた頃合い。

 いつも通りの日常が、いつも通りのまま、幕を閉じていくのだった────。










「…………」

「……? 片岡さん、どうしました?」


「いや……ううん、なんでも……」


 だがしかし、片岡だけは沈む夕日を眺めるままにしなかった。

 炭木にお株を奪われたわけだが、そんなことなど気にも止めず、なんだか思案を巡らせている。


 そう、なあなあになったが、炭木がいま恋心を抱いているのは事実。

 そして、先ほどの痛々しい発言を受信しても、ピクリと反応を示さなかった鉄屑が、いま目の前で光沢を放っているのだ。


「深層心理……、恋焦がれ……、藤崎ちゃんとの関係を、容認…………?」



「ちょ、藤崎さん。ステイ、ステイ。距離近いから。まず鼻かんで……ちょっ、鼻水! 鼻水!」

「うへへぇ…………。しゅ、しゅみきぃい……」




「もう、ほんと藤崎さん、俺のこと好きですよね」




「………………あっ……、そういうヤツ……」


 ありえないだとか、自分の考えと間反対の事実は、瞬時に理解ができないものなのである。

 次はラブテスターみたいなのでも作ってもらおうと思った片岡なのでした。


 文字数のインフレがすごい。

 最初期3000字未満でやってたんだぞ。

 半年目のソシャゲみたいなインフレ。

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