裏庭でがむしゃら1
「ガム食べる?」
運転をしながら、殯がミントガムを日永の顔の前に出す。
「風船ガムじゃないけど」
日永はちらっと見て、無視をした。殯はフロントガラスの前にガムを転がす。
「最近の子って、ガム食べないよね」
殯がくちゃくちゃと音を立てる。
「ガムいいよ。イライラした時に気が紛れるし」
殯はひたすらにガムを噛む。日永は窓に頭を預け、振動に身を任せていた。
「僕さ、ドライブにラジオとかミュージックをかけないんだ。でも、沈黙が続くと喋らないといけない気分になるから、せめてガムを食べて欲しかったんだけど」
日永は何も聞きたくなかった。こんな日に限って、ピール漬けが底に溜まったレモンソーダみたいな綺麗な夕方だった。
「みだりやたらな黙許はよくない」
「みだりもやたらも同じ意味です。むやみやたら、ですよ」
気だるげに日永は言い返した。
「同じ事を繰り返したくなるぐらい節操なしって事だよ」
バイクが日永たちの乗った軽四を追い越す。飲み込まれるように遠くへ行って、吸い込まれるように音が消える。首の皮一枚繋がっていても、死ぬことには変わりない。日永はブレスレットを隠すように裾を引っ張る。
「人にやさしく。困っている人がいたら手を貸すように。よく観察して、助けを求めている人がいたらかけ寄る。どんな相手にも気を遣わせないように。僕はそうやって育った。それが僕の歴史だ。だからこんな風に密室が沈黙に満ちると、喋らずにはいられない」
密室のせいで日永は話を聞くしかなかった。唇は固く閉じ、殯には顔を背け続ける。
「親の事は尊敬していた。でも実際は、間接的に卑怯なやり方で、戦争の手伝いをしていた。僕の歴史は台無しになった。世界にはさ、誰にも知られていない戦争があるの。親の残した人脈頼って現地で、兵士をした。十年以上前だ。その頃はまだ償いとか罪悪感だよ。でもすぐに、冬野博士と同じ気持ちになった。戦争はなくならない」
殯の口調はまるで朗読だった。日永は自分の目が動いたのが、窓に映ったせいで気がついた。
「同じ気持ちでも、その先は違う。冬野博士は兵士が楽に死ねる方法を考えた。それで最初にあの水を考えた。けど実用にはかなり不便で、改良を繰り返していた。うちの親はその水を兵器として使えると判断した。それで冬野博士は決別して、海外に身を隠した」
日永が五歳の時だった。
「僕の思想は、リラ・シドイに近い。リラ・シドイも兵士で、戦争嫌いになった。だから自分だけの世界を創造した。自分の言葉を作るなんて最高だ。だから僕も国になろうと思った。僕の皮膚が海で、目が灯台。鼻は双眼鏡で、口はサイレン、手足が軍艦」
反対車線から走って来たトラックのヘッドライトの光が殯を滑り、去り、消え、夜の上辺に漂わせる。
「理想は僕の外側にはない。思い出も空想も内側にある。思い出が何度、僕の心臓を殺しに来たことか。内側を他人に説得させようとすれば、勘違いになる。だから僕が国になる。心だけが僕の国だ」
青空と夜空が重なった夕焼けはもうすぐ終わりそうだった。
「僕の国を守るにはお金がいる。殯夫妻の息子だからね、隠れたり逃げたりするんだ。平和は金がかかる。沢山稼ぐと、色んな人間が色々するだろう? だから、誰も触れられない金が欲しい。やましいものには触れられないのさ」
勘違いしないでね、と殯は言った。
「僕の歴史が弱者でも、僕の精神は弱くない」
殯の嬉しそうな自信に満ちた横顔が、夜の窓にくっきりと映るのを日永はしっかりと目に焼き付けてしまった。




