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暗闇は二度と灯らない2



 あと五人だね。明日の夜までに青木風花が死んだビルまでおいで。

 日永は棚を眺める。苺のフルーツサンドが目に入る。日永は迷わずレジに持っていた。財布を出しながら、ふと店員の「平八」の名札が目に留まる。ばっと顔を上げる。コウが驚いた顔で日永を見た。

「店に入って来た時からもしかしてと思った。似てんなって」

 ぶっきらぼうに、でもできるだけ優しくコウは言った。フルーツサンドのバーコードを打つ。日永はぎこちなく財布を開けて、五百円玉を出した。

「もしかして風花の?」

 コウはフルーツサンドを見る。日永も見る。クリームに隠れた赤が妙に明るく見えた。

「うん」

 日永は頷いた。

「花束よりいいと思って。ごめんなさい」

「ありがとう」

 コウがお釣りを渡す。日永は受け取りながら、泣きそうになり、俯いた。

「ここからだとさ、結構遠いぜ?近くにさ、スーパーがあってさ、その中にパン屋があんだよ。そこで何か飲んでろよ。本屋も、しょぼいゲーセンもある。三時間ぐらい時間潰してさ、俺、車あるから。おじさんの借りてんだ」

「今日は仕事で来たから」

 フルーツサンドをビニール袋に入れながら喋り倒すコウに日永は声を張り上げた。明らかに無理をした声だった。

「なんか、今日、再調査とかで、関係者以外入れないと思うから、ごめん」

 唐突な嘘に曖昧さが増す。

「そっか」

 沈黙の後、コウがお釣りを返す。

「ありがとう」

 袋をそっと持ち上げると、日永は背を向けて店を出る。コンビニの店長がコウに話しかける。

「友達?」

「そんな感じかもっす」

 コウは日永の背中が見えなくなると、店長に言った。

「店長。ちょっと、バック戻っていいっすか? 五分で戻るんで」


「あの廃墟ならちょうどいいな。すぐに行くぞ」

 鐘霞は風花が死んだ日、コウに名刺を渡していた。様子のおかしい日永を心配して、コウが連絡をした。ラジオはホテルオカミのオーナーが遭難し、救助されたニュースが流れていたが、誰も聞いていなかった。鐘霞は地図を広げる。ワゴンは病院を目指して、街中を走っていた。

「居里、病院はいい。後ろの二人をまずおろすぞ」

「病院いかなきゃダメでしょ! 何言ってんの鐘霞さん!」

 木森が叫び、鐘霞は片耳を塞ぐ。師巻の口から公安の待ち合わせ場所は聞けなかったが、日永の携帯電話から送られたメッセージに新聞社の住所とその中にある喫茶店の名前があった。

「なんで新聞社? 信用できないんで、俺ワゴン降りないですよ。病院行ってください」

 管野が頑として言った。

「俺達といるよりマシだ」

 鐘霞も頑なだった。

「居里、道案内する」

 念には念を入れて、カーナビの電源も切っていた。居里はウインカーを出す。

「見て確認したいから、そこ止める」

 路肩にワゴンを止めると、居里はシートベルトをはずした。

「地図なんて見るの久しぶり。よく見えない」

 居里は鐘霞の方に身を寄せながら、助手席のシートベルトをはずし、ドアを開けると、鐘霞を外に押し出した。すぐさまドアを閉めると、猛スピードで逃げた。

「管野、119」

「了解」

 居里が鐘霞を落とした場所を簡単に伝える。

「あんたらは予定通り新聞社で降ろす」

 居里が冷たく告げる。えっと声を上げながら、木森が居里に詰め寄る。

「居里さんはどうすんの? 一緒に行こうよ」

「行かない」

「じゃあ、俺も行きません」

 管野は住所だけを伝えてすぐに電話を切ると、言った。

「居里さんひとりで行っても、死ぬだけだ。ひとりで殯をどうにかすんのは無理なのわかってんだろ」

 管野は初めて居里に怒りを露わにした。木森は驚き、居里を気に掛ける。

「じゃあ、あんたらが公安にあの廃墟の住所を伝えて、助けを呼んで。管野も木森もこの先の為に金稼いんだんでしょ。木森は店。管野だって勉強できるんだから大学行ったっていい。遊んだっていい。殯の為に生きて来たんじゃないでしょ?」

 赤信号でワゴンは停まる。居里は軋みそうなぐらいハンドルを握りしめる。

「居里さん」

 木森が泣きそうな声で呼ぶ。管野は自分を頼らせる言葉が何も思いつかなかった。

「私はこの日を待ってたの」居里は繰り返した。「待ってたの」


「節電、節電ってよ、トイレの蛍光灯半分になってさぁ。夜勤の気持ち考えろよぉ」

「廊下も薄暗いですしね。冬なのもありますけど、陰気臭いですよね」

「気分が落ちるよなー」

 ベンチに座るオータスの横をボヤくサラリーマンが通り過ぎる。スマホに殯からの着信が入る。

「優しい親子にほだされたね」

 殯はだいたい勘付いていた。オータスは血で汚れている気がした口元を手で拭うと怒りと苦痛に声が這いずる。

「登を殺すのか?」

 殯は楽しい気分になった。弾む笑い声を電話越しに響かせる。オータスは自分の影を茫然と見る。

「一人連れて来い。一人でいい。近くにいるよ」

 ヘリコプターの音が聞こえた。


 木森は空を見上げる。ヘリコプターを見つけた。近い、と呟く。

「じゃあ、頼んだよ。気を付けて」

 予定通り、居里は木森と管野を新聞社の近くで降ろした。管野はなかなかワゴンのドアを閉めなかった。

「ちんたらしない。命狙われてんだよ。早く行って」

 居里は管野の顔を見なかった。青空の下、居里は果てのない暗闇を真っ直ぐ見つめている。

「あなたの暗闇に俺は、敵いませんか?」

 居里は思わずふり返った。管野の瞳はまっすぐに眩しかった。居里はめいいっぱい微笑んだ。

「敵うわ」

 じゃあ、置いて行くなよ。こみ上げる感情を断ち切るように、管野はワゴンの扉を閉めた。ワゴンはためらいもなく立ち去る。見送ることなく、管野は歩き出す。木森は黙ってついていく。降ろされたのは新聞社の玄関の反対側だった。二人は裏道に入る。管野が後ろの木森を気に掛けた時だった。

「地震だ!」

 木森は思わず座り込む。だが、すぐに違うと分かった。轟く爆音に混じり消える悲鳴と怒号。

「落ちた! ヘリコプターだ!」

 そう聞こえ、木森は不安に管野を見上げた。管野は考えないようにと言い聞かす。木森は泣き出す。管野は懸命に木森の腕を引っ張り上げる。ちょうど、ブレスレット包むようになった。

「もうちょっと頑張れ」

 裏口のドアが開いた。木森の首に割れた蛍光灯が刺さる。管野の手から木森の腕が落ちる。管野の手の中に、綺麗な白いブレスレットだけが温かく残る。血だまりが大きくなるのを管野は止められなかった。

「来て」

 オータスは言った。正気の沙汰ってなんだっけ、と管野は考えていた。




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