家族そのに3
「ノーボールー!」
改札の外でコノメが大きく手を振った。日永は急いで改札を抜ける。
「はい。これ登の分の切符。私、ICカードあるから」
日永は再びコノメを連れて改札を戻る。
「電車、すぐに来るよ!」
急ぐコノメを登は追いかける。ホームへの階段を駆け下りるとメロディが流れる。ホームに人は並ぶほどいなかった。
「今日、学校だったの?」
コノメは中学の制服のブレザーを着ていた。コノメは違うよ、と首を横に振った。電車が滑り込んで来る。アナウンスと共に扉が開く。コノメが座るとその右隣に日永は座った。コノメはスマホを操作すると、画面を日永に見せた。私立の女子校のセーラー服だった。
「超かわいいの。本屋にこの制服着てる、めちゃかわいい人いて。制服もかわいくて、三倍かわいいの」
三倍の根拠が日永にはよく分からなかった。電車は走り出していた。
「でも、頭良くないと入れなくて。お父さんに頼んでね、塾通ってるの。そこの塾、制服着るのが規則でね。だから今日土曜日だけど着てる。明日も朝から塾!」
「受験は来年だよね?」
「私、勉強大っ嫌いだから今からしないと間に合わない」
「いい子だなぁ」
「最近よく言われる」
コノメはスカートのプリーツを気にする。何回直しても気が済まないようで、結局、適当にはたいて、流れ滲む車窓に頭をつける。
「コノメはさ、俺が前住んでた所知ってる?」
窓からコノメが頭を離す。妙に真剣な日永の表情にコノメはなんとなくぎこちなくなる。
「小学校の時に住んでたマンションの事?登が少しの間住んでたとこよね?私、知らない。お父さんは知ってると思うけど」
「そっちじゃなくて、もっと前。俺が五歳ぐらいまで住んでたとこ。多分一軒家」
「ええー、絶対に私知らないよー。生まれてないもん。え、ちょっと待って。ギリギリ生まれてる?」
コノメは指折り数えて考えたが、生まれていたとしても絶対に知らない自信があったので、すぐに放棄した。
「やっぱりお父さんに聞いた方がいいよ」
「そうだね」
電車は揺れる。
「何があった?」
正面に座ったヒバリが眼鏡をはずしてソファに座る日永に心配の眼差しを向ける。日永はたじろいでしまう。コノメはダイニングテーブルの方に座って様子を伺っていた。ヒバリは昼間、この六人掛けのダイニングテーブルで翻訳の仕事をしていた。リラ・シドイの家に居候をしていた頃、ほぼ常にと言っていいほどお手伝いと三人で大きなテーブルでそれぞれ好き勝手な時間を過ごしていた。その頃の名残りを愛していたため、ヒバリは似せた環境でリラ・シドイの言葉に囲まれていた。今、二冊目の翻訳の佳境であった。コノメは魔法書のようなリラ・シドイの文字のコピーを眺めるのが好きだった。
「顔色も悪い。ちゃんと寝てるか?とりあえず寝るか何か食べなさい」
ヒバリは立ち上がる。焦りに勢いづいて、日永も立ち上がる。
「すぐに知りたいんだ。あとで説明するから」
「そんな顔で、はい分かったなんて、親が言うわけないだろが。腹が減ってないならお布団で寝なさい」
日永は押し黙る。ヤマネと住んでいたマンションに行けば何かわかるかもしれないと、日永はリビングを出ようとするが、その腕をヒバリはきつく引っ張った。
「今日は出かけるな。家にいなさい」
「約束があるんだ」
無言で親子が向き合う。するとヒバリはヘンテコな舞を舞いはじめた。日永はうろたえる。
「え、情緒が未知数」
コノメが気持ち悪がる。
「シュン・リン秘伝直伝の睡眠武術だ。なかなか休まないリラによくやっていた」
シュン・リンはリラ・シドイのお手伝いである。
「気功的な? 太極拳的な?」
コノメはなんとなく椅子の後ろに隠れた。ヒバリの気味の悪い勢いに日永は逃げようとした。
「アチュアチュノオオォォホカッチャッ!」
ヒバリは日永の体をついた。日永はなされるがまま倒れ、それをヒバリが受け止めた。日永は気絶した。
「はじめてやったのにうまくいった!お父さん、すごくない?」
喜ぶ父親に娘は冷たい目をやった。
「なんかわかんないけど軽蔑かも」
深い眠りに沈んだ日永を、ヒバリはベッドまで運ぶのに抱えた。




