家族そのいち3
もうひとつの大きな喧嘩は夏休みの終わりだった。キッチンで桃缶を食べていたヤマネが時計を見ながら、ダイニングテーブルに座る二人に尋ねた。
「お昼ご飯何食べる?」
「そうめん以外」
返事をしたのは、雄鶏の絵を描く登を眺めるオータスだった。ヤマネは驚いて顔を上げたが、微笑みでごまかした。
「三日連続だもんね。ラーメンにしよう。登、君はオータスと遊んでばかりだけど夏休みの宿題ちゃんとしなよ。土曜日にちゃんとできてるかチェックするから」
「え!」
青いとさかを塗る手を止めた登が声を上げる。
「やってないのかい?」
「日記は毎日書いてる」
オータスの事は親戚の子という風に書きなさい、とヤマネと約束していた。
「あと、自由研究と交通安全のポスターもやった」
ドリルと読書感想文にまだ手を付けていなかった。
「頑張りなさい」
ヤマネはそれだけ言った。登はスケッチブックを閉じて、クレヨンを片付けた。その日の午後から、登はドリルを始めた。読書感想文の為の本を夜に読み始めた。そのせいで、オータスに「ブレーメンの音楽隊」を読むのをやめた。めんどくさかったわけではない。違う話をふたつ同時に読んだら、頭の中が混乱するからだった。
三日経った午後の事だった。ヤマネは留守にしていた。
「オータス、朝の薬飲んだんならケース閉まっときなよ」
プラスチックの薬入れを登はキッチンの棚に戻す。オータスはダイニングテーブルからずっと動かない。朝から不機嫌なのに登は気が付いていた。昼食を作る時、いつも手伝うのにオータスは動かない。登はしょうがないな、とやり過ごしていた。ウインナーを焼いて、玉子焼きを作る。ヤマネが昨夜漬けたきゅうりの浅漬けを出した。トレーにのせてダイニングテーブルに運んだ。
「玉子焼きは半分ずつね」
登がトレーから玉子焼きをダイニングテーブルに置いた瞬間、オータスはそれを叩き落とした。できたての玉子焼きが床に落ちてぐちゃりとなる。登は茫然と、綺麗にできたはずだった玉子焼きを見下ろし、こみ上げる空しさのままオータスに怒りをぶつけた。
「何が気に入らないか知らないけど、最低」
登はそう言って、ご飯の上にウインナー二本ときゅうりの浅漬けをのっけて、箸を持つと寝室のドアを乱暴に閉めた。登はクローゼットから折りたたみのテーブルを出し、ご飯をかき込んで、読書感想文の下書きをした。作文用紙に清書をしていると、寝室のドアがノックされた。登は時計を見る。ちょうど三時だった。おそるおそるドアが開く。オータスがキャラメルアイスの箱を抱えて、申し訳なさそうに立っていた。思わず登は吹き出した。
「そんなに食べたらさすがに父さんに怒られるよ」
笑う登にオータスは安心した。けれど、表情はぎこちない。
「玉子焼き、ごめんなさい」
ごめんなさい、とオータスは小さく繰り返した。登は鉛筆を置いて、オータスのそばに来た。
「腹が立っても、もうご飯は床に落とさないでね」
オータスは頷いた。
「テーブルでアイス食べよう」
登はオータスの腕を引いて、リビングに戻った。ダイニングテーブルの下の玉子焼きはなくなっていて、床は綺麗になっていた。
「掃除したんだね」
「食べた」
「え、食べたの?」
「うん。すごくおいしかった。ごめん」
登は大笑いをした。その日の夜、「ブレーメンの音楽隊」を登は読んであげようとしたが、オータスは「もういいよ」と言った。




