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家族そのいち2



 ヤマネがオータスを連れて来たのは夏休みの最中だったので、登とオータスは四六時中一緒にいた。登はスケッチブックによくザトウクジラの絵を描いた。ダイニングテーブルでクレヨンを使って色を塗る。ヤマネはマジックもクーピーも買い与えたが、登はクレヨンが一番好きだった。匂いは苦手だったが、塗った時の滑らかさが、一番気持ちが良かった。

「それ、好きなの?」

 隣に大人しく座るオータスが聞いた。

「ザトウクジラ? よく知らないけど、描くの楽しいよ。マイブーム。あれマネてんの」

 登が指を差した先にカレンダーがあった。八月の写真がザトウクジラだった。

「七月はウサギだったよ。父さんが毎年あのカレンダー買ってくるんだ。八月はクジラなの。去年はシロナガスクジラだった。でも、俺はザトウクジラの方が線の曲がり方が好き」

 登は鉛筆で下書きをしたザトウクジラを黄色のクレヨンで縁取りしていく。オータスはカレンダーのザトウクジラと登のザトウクジラを何度も見比べた。

「これはね、空想のザトウクジラだからいいの」

 黄色いザトウクジラができると登は赤色のクレヨンに持ち替えて、薄く色を重ねてゆく。ザトウクジラはオレンジに色を変えてゆく。オータスが小さく声を漏らした。

「こうやってね、色を混ぜるのがマイブーム」

 マイブームという言葉を使うのが、この時の登のマイブームであった。オータスはクレヨンを触る。

「オータスもやりたい?」

「うん」

 登はスケッチブックから紙をちぎって、オータスに渡した。オータスは登の真似をして黄色と赤色を一生懸命に重ねる。

「青と赤でも緑になるよ」

 そう教えると、オータスは持っていた赤色をすぐに放し、青を取る。

「使ったのは戻さないと」

 登は教える。オータスは赤色のクレヨンを慣れない手つきで戻した。オータスは登の言う事をよく聞いた。登はヤマネにオータスのスケッチブックをお願いした。ヤマネはすぐに準備してやった。オータスは登と同じスケッチブックを貰えた事を喜んだ。この日辺りから、オータスはよく笑うようになった。けれど、皿を割ったり、電池カバーが戻せなくなったり、引っくり返したお茶っ葉などなど、都合の悪いものはカーテンの後ろにオータスは隠す悪さをした。それは親子を何度も困らせた。

 ヤマネは書斎にあるベッドで毎夜眠った。そのため、寝室はほとんど登の部屋だった。そのベッドでオータスと登は一緒に眠った。けれど、オータスは夜なかなか眠らなかった。登は子どもながらに、そういう時は絵本を読んであげるという知識はあった。けれど、マンションには二年前に引っ越してきたため、絵本がなかった。登は元々持ってはいたけれど、すべて井町の家に置いて来てしまった。

「ルナさんに送って貰えないかな」

 登は父親に頼んだ。ヤマネは申し訳なさそうにした。

「ルナさんには連絡がとれないんだ。色々あってね」

「どうして?」

 ヤマネは黙って、登の頭を優しく包み「買い物ついでに何か買ってくるよ」と、話をやんわりと終わらせた。その日の夜、ヤマネが買ってきたのが「ブレーメンの音楽隊」だった。眠る前にベッドの上で登はオータスにブレーメンの音楽隊を読み聞かせた。オータスは毎夜それを楽しみにして、まったく飽きなかった。昼間にブレーメン音楽隊ごっこをやるようになった。だいたいオータスがロバで登が犬か猫か雄鶏だった。何度か繰り返していると、オータスはたまにはロバ以外がやりたいとごねだした。

「無理だよ。オータス大きいからさ、俺がロバやったら、俺潰れちゃう」

「やだやだ」

 オータスは癇癪を起して、ふてくされ、布団の中に籠城した。登は人生で喧嘩をしたことがなく、困り果てて、ヤマネに助けを求めた。書斎のドアをノックすると、ヤマネが出て来た。玄関の前で親子は向き合って、体操座りをした。登はロバの喧嘩の話をした。

「そうだね、確かに登の上にオータスが乗ると危ないね。何か妥協案をオータスと考えたらどう?」

「うん」

「登はどうしたいの?」

 ヤマネは尋ねる。

「とりあえず仲直りしたい。それで一緒に妥協案考える」

「答えを出すのが早いね。でもお父さんはその答えが正解だと思うよ。キャラメルアイス今日は好きなだけ食べていいから、オータスと一緒に食べな」

「うん!」

 登は立ち上がるとキッチンへかけていく。ヤマネは静かに書斎に戻る。登はガラスの器にキャラメルアイスをつげるだけついだ。ダイニングテーブルに運ぶと、寝室にそっと近づく。ベッドの上の布団は大きくこんもりしている。

「オータス、ロバばっかやらせてごめんね。とりあえずさ、一緒にキャラメルアイス食べよ。いつもより、沢山食べていいって、お父さんが」

 オータスは布団から顔を出す。目が真っ赤だった。

「溶けちゃうよ。一緒に食べよう」

 オータスは何も言わない。

「溶けちゃうよ。アイスいらない?」

「いる」

 オータスはぐずった声で返事をして、おずおずとキッチンに来て、登とアイスを食べて仲直りした。その後、ダイニングテーブルの椅子に犬の耳を付けた。椅子の下に、ロバ役で登がもぐり込む。椅子の上にオータスが座り、猫と雄鶏を兼役して、喧嘩は終わった。

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