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ホテルで偶然3



 給仕の制服に着替えた日永はワゴンを押して、会場に向かった。

「ちょっと、ごめん」

 声をかけられて立ち止まる。黒シャツにネイビーのスーツを着た、もがりじゃくがポケットに手を突っ込んでにこやかにしていた。

「君、会場に行くの?」

 短髪で、背が高く、肩幅がごつい。軍隊にでもいそうな体躯の良さだと日永は見た目だけで圧倒された。

「あ、はい」

 殯はポケットから白い筒を出すと、ワゴンの上に置いた。日永は不思議そうに白いそれを眺めた。

「会場から持って来てしまってね。ついでに片しといて。これは空っぽだから」

 殯は去っていく。日永は洒落たソース入れだろうかと考えた。ワゴンを再び押して、会場へ向かう。パーティーは始まっていて、岡見オーナーがスピーチをはじめていた。日永は会場に入り、重いドアを閉めた。それを見送った殯は、胸ポケットからボールペンを出すと手遊びにノックした。

 岡見オーナーのスピーチが不自然に止まり、日永は思わずふり向いた。

「えー、ええ、えっ?」

 会場の人間がすべて静止した。日永は驚き、うろたえる。

「なに? 今、入っちゃいけないタイミングだった?」

 ここにいるどの人間の瞳にも日永は映っていなかった。一度退散しようと、日永はワゴンの向きを変えた。

「白い帽子の電球色がワルツを踊る頃、熟字訓のかほりにうたた寝を打ち、くだんの伯爵の弔いを育む」

 鐘霞の口が動く。宮は会場の空気循環を最大にし、会場の防犯カメラの映像の消去要請を求める時間を明記し、しかるべき場所へメールを送った。室崎はソファから立ち上がり二階へ、木森はトイレから急ぐ。管野は皿を洗う手を止める。一秒考え、手に泡を付けたまま駆け出した。ソースを混ぜるシェフが背中に聞いた。

「どうした、皿洗い」

「急ぎです!」

「手、二回洗えよ。アルコール消毒も」

 管野は厨房を飛び出た。

 日永は鐘霞と目が合う。鐘霞は日永の様子に目を見開き、ワゴンの上の白い筒に気がついた。

「日向の夜のチンゲン菜、帰郷の狭霧覚める物差し、さよなら夜な夜な」

 居里も口が動かして、自分を取り戻す。

「こちら鐘霞。戻りました」

「居里、以下同文」

 ふり向いた居里は動いている日永に気がつき、えっと声を上げた。

「一般人にしては動けるの早くない?」

「現状報告して」

 居里の反応に宮が催促した。鐘霞が答えた。

「忘却作用が出てない人間がひとり。ホテルのスタッフみたいです」

 宮は車から出ると、地下駐車場を駆ける。

「筒を持ってます。外側だけの、いつものだと思いますが。君、これどこで?」

 鐘霞が冷たく聞く。

「さっき、会場に入る前に。デカい男の人が片しといてって」

 日永は素直に答えた。鐘霞は苛立ちを見せ、続けた。

「周りが止まっている間、君はずっと動けていたのか?」

 おずおずと日永は頷いた。

「あれ、その声、まさか管野のお友達?」

 近くに来た居里が日永の顔を覗き込む。日永は思わず一歩下がった。

「日永ですか?」

 廊下を足早に歩く管野が問いかけるが、返事がない。周りの人間が正気を取り戻して動き出す。岡見オーナーがええ、え、と漏らし、咳払いをするとスピーチの続きをはじめた。日永は自分だけ違う時間の世界に迷い込んだような気持ちになった。

「お客様、困ります。招待状がなければ!」

「すいません、知り合いを捜しに」

 室崎が、会場のドアを開ける。鐘霞と目が合うと無事を確かめた。

「鐘霞、その子にちょっと時間を貰って。管野、厨房戻って。さすがに怪しまれる」

 管野は険しい顔をして、足を止める。会場はもう目の前だった。木森が管野の背中を叩く。

「お引き取りを」

 管野は不機嫌に踵を返した。

「木森はもうホテルを出ていい。先に戻って。居里はそのまま会場に」

 会場の受付を木森が通り過ぎる。日永が鐘霞に連れられていた。

「お客様、どうかなされましたか?」

 慌てて佐倉が声をかける。

「親族のものです。少し借ります」

 佐倉は日永に目配せをする。日永は申し訳なさそうにした。

「五分だけ」

 鐘霞が言う。日永は佐倉に頷いた。

「すぐ戻って」

 佐倉は念を押して会場に引き返す。

「ええ! まだ来てなかったの? じゃあ、迎えに行くよ」

 室崎は電話をしているふりをしてから、受付に謝った。

「すいません、お邪魔しました。失礼しました、すいません!」

 頭を何度も下げて、その場を離れる。木森は階段で、宮とすれ違う。鐘霞と日永は受付が見えなくなる角を曲がった。その横で、室崎は立ち止まる。宮の姿が見えて、お互いを認識すると、室崎は急いだふりをして、去っていった。

「あの、なんでしょうか?」

 日永が不安げにするが、鐘霞は無言だった。沈黙の空間に宮が現れた。

「仕事中、申し訳ありません。私は、宮千雄と申します。あなたの名前は? それと年齢」

 日永は鐘霞を見上げた。

「答えた方がいい」

 訳がわからないまま日永は望んでいない自己紹介をした。

「日永登、十七歳です」


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