ホテルで偶然2
「管野の髪の色カッコイイよねー。それなんていう色?」
ボウルにこびり付いたソースを擦りながら日永は聞いた。
「なんたらブラウン。市販の」
管野はあらかた汚れを流したボウルを食洗機に次々と突っ込んでいく。
「自分でやってるんだ! めっちゃいいね。管野の髪型、前髪も真ん中でパシッて分かれてて、後ろもお洒落刈り上げだし。似合うカッコイイ」
褒めちぎる日永に、管野はなんて返したらいいかわからず、黙った。
「そこは、ありがとうでしょう、管野!」
スマホ片手に木森が注意した。声が大きく廊下をすれ違った老夫婦が振り向いた。木森はお辞儀をした。老夫婦はにこやかにお辞儀を返すと去っていく。木森はトイレに入る。
「ありがとう」
管野は言った。
「今度、日永の髪も染めてやろうか」
木森は立ち止まり、感動に口を押えた。居里はグラス片手に目頭を強く押さえた。
〈居里、感極まってないか?〉
宮から鐘霞にメールが届く。
〈極みキメてます。あと、酒飲むなって命令してください〉
返信して、すぐ居里の口が小さく動いた。鐘霞にメールが届く。
〈アップルソーダだって〉
「でも俺、ズボラだからすぐプリンになっちゃうよ。管野みたいにキープできない」
「安上がりキザ兄ちゃんにお友達が!」
木森はトイレの個室に入ると小声で仲間のための歓喜を上げた。
「うるせぇ」
管野が思わず苛立ちを口にした。
「え、ごめん」
日永が謝る。
「違う。思い出し笑いだ」
管野はごまかした。
「え、笑ったの? 今の笑ったの?」
「こわがらすなよぉ」
木森はフタの絞めた便座に座り、足を組む。
「ごまかすの下手すぎるんだけど」
管野は木森に舌打ちをした。
「そんなに苛立たないでよ」
日永が困った顔でいった。
「違う。つまようじが歯にはさがったんだ」
「え、つまようじ使うとかおっさんじゃんか」
両耳に流れる会話に、室崎はにやけそうになるのを奥歯で噛み締め、ネットニュースを流し読む。岡見オーナーのインタビュー記事だった。略歴といままで行ってきた慈善活動が簡単にまとめてあった。同じ慈善家で、十二年前に事故で死んだ殯夫婦についても触れ「今でも尊敬している。殯夫婦は平和と愛に人生を捧げていた。私なんてまだまだ足元にも及びません」という文章の下に満面の笑みの岡見オーナーの写真があった。趣味の登山の話を読むまでせず、室崎はブラウザを閉じる。
給士係の佐倉が厨房に来るときょろきょろする。仲のいいシェフを捕まえる。
「日永は今日いる?」
「いるよ」
「ありがとう」
佐倉は厨房を突っ切り、日永の姿が見えると足早に近づいた。
「日永、会場に出てくれないか? 人が足りなくて。配給はしなくていいから。片づけがまわらない」
「え、あ、わかりました」
二つ返事で日永は引き受けた。
「あれ、管野たしか、給士係のアルバイトの面接受けて厨房の皿洗いにまわされたんだよね?」
誰もいない女子トイレで木森が言った。
「管野、代わりに引き受けてみて」
宮が指示を出す。
「俺が行きますよ。前のバイトで経験ありますし」
管野はでまかせで志願した。佐倉は明らかに迷惑そうにした。
「君は、髪の色が明るすぎる。うちは表に出る人間は基本黒髪だから」
「面接では黒に戻すって言いました」
「面接のこと今、言われても。現に今、茶色いじゃん」
「茶髪のウエイター、私は好きよ」
居里が励ます。管野は嬉しくて照れた。
「なんで急に恥ずかしそうにするの?」
佐倉が不安になる。
「管野、今日情緒がおかしいんです。大丈夫です、すぐ行きます」
日永は手を洗うと、エプロンで拭いた。
「制服、更衣室のドア横のパイプ椅子に出してるから。空のワゴン持って来て」
「はーい。悪いけど、あとよろしく!」
エプロンをはずしながら、日永は洗い場を後にする。
「あと、お願いします」
管野が小声で言った。
「わかった。管野は少し喋らない練習が必要だね。次の課題だ」
宮が注意した。すいませんと謝りそうになったのを管野は飲み込んだ。




