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夜のビル3



「やっぱりはめられたってことよね」

 木森の横の車窓に、消えかかる夕暮れの高速道路が流れる。

「おびき出すためか、新しい実験か」

 日永を挟んで、管野が返す。トランクに積まれた空気ボンベが揺れる。前にひとりで座る居里がふり返る。

「わたし達の仕事は受け身だからね。ごちゃごちゃ考えない方がいいよ。でも、今回はいつもと違う。君らは怪我しない事だけを考えて」

 最後部座席に並ぶ三人は緊張感に無言になる。日永は必死に電話をかけてきたコウの情景を想像する。俯き、自分で自分の手を握った。

「ちょっと! 待って、コウ君はそのまま家にいて危ないから! 戻っちゃ駄目だ! え、あ! ちょっと」

 ワゴン内に室崎の焦る悲鳴が響く。慌ててかけ直すが、コウは出なかった。

「コウ君、妹が心配だから戻るって」

 室崎はしつこく電話をかけ直す。ハンドルを握る鐘霞が舌打ちをする。

「白鳥ちゃん間に合わないか」

 居里はシートベルトが伸びるギリギリまで運転席に身を乗り出す。コウの保護のために白鳥が急遽先に平八コーポに向かっていた。居里はカーナビを確認する。車は高速を出る。

「あとどれくらい?」

 居里が聞く。

「うまくいけば三十分」

「コウ君が先に付くわね」

 全員の携帯電話にメールが届く。番頭から、風花が閉じ込められた廃ビルの設計図と番頭が見やすいように手描きで書き直した間取りが届く。電話が鳴る。ワンコールで居里が出た。

「仕事が早いね、番頭さん。間に合ったよ、ありがとう」

「まだ到着してなくてよかった。そこね、市が派遣会社と共同で、農業デザインとか響きのいい事業を立ち上げようとしたけど、頓挫した会社のビル」

 番頭が足早に説明をはじめる。

「もったいないねぇ。廃ビルだけど一度も使われてない。山の麓で、少なくとも半径約一キロに民家はない」

「監禁にはうってつけね」

 居里が冷たく言った。

「ビルは五階建て。入口は西側。北側にエレベーターはあるが、もちろん動いてない。階段はエレベーターを間に二か所ある。屋上もある。西から東の廊下の窓は両端にある。部屋は南側が全面窓。ドアはすべて観音開きの外開き。間取りはどの階もほぼ同じ。質問は?」

「外に非常階段は?」

「ないよ」

「とりあえず大丈夫です。何かあればまた連絡します」

 居里は電話を切る。そして言った。

「役割分担決めましょう」


 ヘッドライトが、乗り捨てられた自転車を照らす。エンジンを切ると、自転車は夜の中に消えた。鐘霞はワゴンに待機。人の目を気にする必要がないため、空気ボンベを装着する。

「ボンベは約十五分。十五分で保護できなかったら戻ること。あくまで、最上階までの窓をすべて開けることができたらね。無理だと判断したらすぐ退避」

 居里がマスクを片手に管野と木森に言いつける。日永はボンベを背負う代わりにワイヤーカッターを持っていた。空気ボンベが四つしかなかったため、日永はやむをえずなしになった。

「今まで人のいるところでしか発生しなかったからな」

 不透明な窒息の対処に空気ボンベを使用するのはクアイメンバー全員はじめてだった。

「俺は自己忘却しないから、身軽でいいよ」

 日永がインカムを付けるために立ち止まる。まだ、慣れず手間取る手首の青いブレスレットが揺れる。

「何かあったら、俺の貸します」

 ビルの前で管野がマスクを付ける。

「頼りにしてるけど無理しないで。私もいるから」

 居里の言葉に管野は頷く。照れた表情はマスクがいい具合に隠してくれた。

「とにかく日永と管野と私は最上階に向かう」

 潜めた声で居里がシンプルな指示をする。居里はマスクを付け、懐中電灯を点ける。ビルの南側から室崎と木森は、窓から一階の部屋の様子を伺う。棚もデスクもない無人の部屋だった。

「こちら室崎。一階の部屋に誰もいない」

 菅野がドアノブに手をかけ、一気に開けた。先に居里が中に入る。居里が入ってすぐの部屋のドアを開けようとするが、鍵がかかっていた。日永と管野が懐中電灯を照らす。居里は奥へ進み東階段前のドアも確かめる。

「一階の部屋、両方とも施錠してある。居里班、東階段から最上階五階に行く」

 居里を先頭に三人は東階段から最上階を目指す。階段を駆け上がっていく音のあとから、動く懐中電灯の明かりが二つ。日永がドアが閉まらないようにブロックをストッパーにしていた。室崎と木森がビルに入る。

「室崎班、西階段から最上階五階向かいます」

 室崎が階段を上がる前に木森をふり返る。施錠されていたはずの一階の部屋のドアが、開いていた。夜の外からの明かりは影しか見せない。室崎の懐中電灯が、夜に沈むドアに半身隠したオータスの姿を照らす。マスクで顔が隠れたオータスはドアから離れる。室崎は叫ぶより先に、木森に飛びつき、倒れ、覆いかぶさった。室崎は床に顔をぶつける。オータスはその横を素通りし、階段をあがる。踊り場を過ぎると、手すりから身を乗り出し、白い筒を投げた。倒れる二人のそばに落ちる。室崎のマスクは、はずれていた。


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