夜のビル2
すごいんだ。あの人は天才だった。なんで名が知れてないか不思議だよ。おかしい。写真嫌いで、いつもひとりで。思い出にサインくれって頼んだらさ、渋々くれたよ。ほら、見てよ。
青木は室崎にポストカードを見せる。軽いノックの音。
「室崎さん、郵便」
木森が封筒を室崎の前に差し出す。室崎がはっとして、封筒を凝視した。
「ん? もしかしてDMでした? 捨てときます?」
「いや、違うと思う。ありがとう」
室崎は封筒を受け取った。差出人を確認し、あっと立ち上がった。
「これ、日永のだ。ブースネームのシール」
立ち去りかけた木森が戻って来る。室崎はペーパーナイフで封を開ける。
「お! リベンジ!」
日永のルームネームは前に一度届いている。けれど、発注先のミスで「N.HIMAGA」になっていた。貼るぎりぎりに管野が気付いたため、室崎は何度もスペルを確かめる。
「もしかして、また間違えてます?」
あまりにも室崎が目を左右に動かしているため、木森が気に掛けた。室崎は笑顔で首を横に振った。
「大丈夫! 日永に渡してあげて」
「はーい! ありがとうございます!」
日永の名前を呼びながら出て行く木森と入れ替わりに、鐘霞が室崎のブースに顔を出した。
「室崎さん、今いいですか?」
「大丈夫だよ」
室崎がペーパーナイフを引き出しにしまっているうちに、鐘霞は壁に立てかけてある折りたたみの椅子を広げて座った。
「青木さんの会社の件ですけど」
「ああ」
返事をしながら室崎は座る。
「証拠は何もないけど、あの白い筒を作ったのは青木先輩の会社だと僕は考えてる。ノワキのロゴを入れたのは、復讐かもしれない」
鐘霞はパイプ椅子に背を預け、室崎の神妙な横顔を黙って見る。木森が管野にシールを貼れとはしゃいでいる声が響く。
「青木先輩も上司と会社に不信感を抱いて、辞めたって当時、噂で聞いたんだ。ノワキはあの白い筒に関しての後ろめたい事をしている。それを秘密裏にもみ消したいから、クアイにわざわざ海外を通して密かに資金提供をしている」
「やっぱ知ってたんですね」
「宮さんが僕を疑って入社させた事言ってる?」
室崎が鐘霞の方に笑みを向ける。鐘霞は苦笑いをして両手を上げて、膝に置いた。木森が右に傾いてるや傾け過ぎだとか口うるさくしている。管野は気が散ると怒る。
「僕が疑った金の流れは、クアイへの資金だったのかもしれない」
「過去のノワキの役員に殯夫妻の活動に寄付していた人物がいます。亡くなってますけど」
室崎が鈍く頷く。
「かなり力を持った役員だった。ノワキの闇を炙り出すために、青木先輩たちはあの白い筒を利用しようとしたんだ。でも結局、利用された」
底の仇の名前は削られて使用された。そして、青木の正義に集まった人間も死んだ。
「それで考えると、やっぱり殯は白い筒の事は理解できているはずだ。できていないなら、青木先輩達を生かしているはず。殯が知りたいのは筒ではなくて、水の方だ」
「そうですね」
鐘霞は同意する。綺麗に貼れた、すごいとはしゃぐ木森の明るい声に誘われ、外から帰って来た居里も管野を褒める。
「でも水は水だからねぇ」
困ったように室崎は言った。室崎はふいに背筋を伸ばし、ジャンパーのポケットに手を入れ、携帯電話を出す。
「公衆電話?」
鳴る携帯電話を室崎は鐘霞に見せる。
「支障がなければ、スピーカーに」
頷いた室崎は通話にする。息切れが聞こえる。
「俺、俺です。青木の息子! この間の」
「コウ君?」
室崎が確認する。
「助けてくれ。知らない男に拉致られて、俺だけ解放された。風花がまだ、いる。水も飲めてない。このままじゃ死ぬ。妹のいる部屋はチェーンでぐるぐるで、南京錠で、もう、ガチガチで。あんたら、呼べって。名刺で、名刺だから。だから、助けてくれ。助けて、頼む」




