ポストカードに天才のサイン2
室崎は最初にコーンをすべて蓮華にのせることに集中した。日永はプラスチックのピッチャーに入った冷水を松葉から預かって来た手のひらサイズの透明ボトルにこそこそ注ぐ。
「麺伸びちゃうから。早く食べよう」
「あ、はい」
日永は正面にピッチャーを置くと、バッグに採取した水をしまう。室崎は蓮華に集めたコーンを飲み込み、水で流し込んだ。空になったグラス片手に、室崎は前に手を伸ばして、ピッチャーを持ち上げた。
「僕ね、コーン嫌いなんだ」
「え、そうなんです」
室崎はピッチャーを戻す。その隣の胡椒を日永は取るとかけた。
「今日は胡椒かけるんだ。こないだはかけてなかったよね」
「味噌ラーメンにはかけるんです、俺」
「ふーん」
二人は麺をすする。日永はメンマを噛む。室崎は煮玉子を箸でつまむ。
「ここのサービスエリアの味噌ラーメン、師巻さんのおすすめなんだ。煮玉子が固ゆでなのが最高だって言ってた。あの人ね、半熟玉子苦手なんだって。生卵も。卵ご飯食べられないんだよ」
日永は煮玉子を見る。黄身がしっかりと黄色く、白身との境目が黒くなっているほどに固ゆでだった。
「師巻さんって、おでん好きですか?」
「好きなんじゃない?考えたらないよね、半熟卵のおでん」
「俺達が知らないだけで、あるかもしれないですけどね」
「そうかもねぇ」
もうすぐ午後三時だった。昼時がずれたのと、平日のおかげか、日永達以外に客は大学生らしき男が三人、離れた席にいるだけだった。
「師巻さんって、どんな人ですか?俺会ったことなくて」
日永が尋ねる。
「ずっと外に出てるからね、あの人。うーん、普通にいい人だよ、気さくで、人情味がある感じ。はぐれ者の人情派」
室崎はくすくす笑う。
「クアイの立ち上げに関わってるからね。宮さんスカウトして来たのも師巻さんらしい」
「え、そうなんですね」
日永は驚き、言いにくそうにボソボソ口ごもる。
「宮さんってよく分かんないですけど、」
「僕だってそうだよー。宮さんって、ミステリアスだからねぇ。僕とは正反対」
室崎が悲観的ではなく愉快そうに言った。
「でも安心して。宮さんは頼りになる味方だよ」
「室崎さんだって、頼りになる味方です」
日永の言葉に室崎は歯を見せ、目を細め笑った。
「ありがとう。食べたら、手土産買おう」
ラーメンがおいしかったからと、ふたりは手土産にラーメンと、菓子もあった方がいいとこれも師巻のおすすめのバウムクーヘンにした。このサービスエリアで水のボトルが三つできた。食堂、トイレ、水飲み場。それをトランクにあるクーラーボックスに入れる。
「綿井は今、九州の方にいるらしいよ」
室崎が言った。全国の水を採取するため、綿井は松葉に指示され全国を飛び回り、バックパッカーのような生活をしている。現地からクアイへ水を送り、一緒にご当地のお菓子を段ボールに入れてくれる。それが社員の楽しみになっていた。
「通りもん好きなんだ、僕」
「俺、食べた事ないです」
「そうなの?じゃあ、今度の荷物に入っているといいね」
トランクの扉を閉めると、大きな音が鳴る。室崎は運転席に乗り、日永は助手席に乗った。日永は紫のみぞれ玉を室崎にあげた。室崎は懐かしいと言いながら眺めた。
「水を集めるって途方もないですよね」
日永がシートベルトをしながら呟いた。吐息のような笑いを漏らして、室崎が頷いた。
「そうだね。でも、水で窒息するって理屈はおかしくないんだよねぇ」
「言われたら。自己忘却中、室崎さん達は溺れてるって事ですか?」
「そうなるね。もしくは潜水中。日永だけは透明の空気ボンベつけてるのかも」
日永は自分の両耳の内側の出っ張りに触れた。
「ここをぐっと親指で押さえつけて、目を閉じると、水中に潜った気分になりません?耳の中に響く音が水の中の音と似てるんです」
耳珠を強く押さえて日永は室崎に見せる。室崎も真似をした。向かい合って目を閉じる。
「本当だ。プールの中の音がする」
室崎の声は日永に聞こえない。それから数秒遅れて、目を開けて耳から手を離した。室崎も目を開けて、腕をおろした。
「日永は息ができるプールで泳いでいるんだね」
室崎がしみじみ言って、みぞれ玉を口に入れた。




