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ポストカードに天才のサイン1



「大切な友人がいたんだ。とても年の離れた友人。僕が子どもの時、彼はとっくに大人だった。おじさんだった。それでも僕と彼の関係は友人という言葉がとてもしっくりくる。彼はあんな酷い日常でもいつも、にこにこしていた。私の父に治療して貰うたびに、子どもがいるなら早く帰れって、叱っていた。私の人生で会った人で彼は優しさ一等賞だ」

「おじさんはその人とずっと仲良し?」

 隣に座るコノメがおじさんを見上げて尋ねた。おじさんは少し遠くでブランコを漕ぐ我が子を見ていた。

「死んだんだ。兵士だったから、捕まって、惨い死体になって帰って来た」

 子どもに配慮せず、淡々と話すおじさんにコノメはからだをすくめて、表情を固くした。

「あんな死に方したくないって、私は思った。誰もあんな風に死ぬのはよくないってね。あんな酷い世界にいたんだから、死ぬ時ぐらい、つらくなかったらいいのに。そう、思うよ」

 おじさんはコノメの頭を大きいけれど頼りない手で優しく、包んだ。コノメはおじさんを見上げる。

「コノメちゃん。あの子をよろしくね」


 階段を駆け下りて来た鐘霞は出張前の宮をエレベーター前で捕まえた。宮もちょうどよかったと、笑みを浮かべた。

「日永だけど、室崎と一緒に行かせたから。事後報告で悪いね。行き違いになった」

「それは、大丈夫です」

 階段横の壁には番頭の達筆で書かれた「節電」の張り紙がある。一階フロアは冷たく、薄暗い。

「青木の長男が日永と同い年だ。初印象で日永を嫌う人間はなかなかいないだろう。それに室崎だ。思春期の子の警戒心を解くなら、うちのメンバーで言ったら選抜だろう?」

 要件は違ったが、鐘霞は話の腰を折らずに腰に手を置いて、うんうん頷いた。

「日本の大手機械製造メーカーのノワキがわざわざ海外を経由し、名前を変え、クアイの活動費を出資してくれているのは勘づいていた。善意ではない。きっと、やましさ」

 宮の瞳はいつだって用心深かった。

「三年前の居酒屋であった集団の不透明な窒息死。二件目のやつだね。同じ店に殯夫妻によく寄付をしていた政治家の妹がいたから、そちらが本命だとずっと思っていたけれど、あの居酒屋には青木がいた。青木がノワキを退社した時、連れだった部下も全員いた。本命がカモフラージュだった可能性がある」

「疑いがてらだったでしょう」

 鐘霞が言った。宮のえくぼは大きく、深い。

「ノワキをクビになってクアイに面接に来た。スパイの可能性もあったが、あなたは野放しにするのはもったいないから」

「そうだとしても、私には見る目があったと思うよ。助かる事に、青木と繋がっていたしね。それに、室崎は暗乱の訓練に耐え抜いた。暗乱は大前提として、誰にも会得できる。けれど訓練には、すさまじい忍耐と根性が必要だ。死んでしまう程に」

 カレーを頬張る河津が鐘霞の脳裏に鮮やかにちらつき、砂のように消える。

「私に会社愛はない。だから室崎がスパイでも何でもいい。彼は優秀過ぎてノワキを追い出された。私と似ている」

「否定できない」

 ジョークにせずに鐘霞は肯定した。

「優し過ぎて真面目でユーモアがある。最高だ。やはり私と正反対かな?」

 宮は自分で笑った。

「室崎さんも宮さんも戦線には必要な人材です」

「ありがとう。それで?鐘霞の要件は何だ?」

 宮が促す。鐘霞は忘れていたかのように声を漏らし、腰に置いた手をおろした。

「日永の事で聞きたいです」

「日永?」

 えくぼが消える。

「暗乱なしで窒息しない。遺伝的な可能性もあると思うんです。日永の家族関係について調べてみようと」

 事前に考えておいたそれらしい理由を鐘霞は述べた。

「日永の事は私がしている。しばらくは個人でやるよ」

 浅いえくぼが浮かぶ。鐘霞は手をこすりながら、無表情で粘った。

「弟がいるのは本人に聞きました」

「弟?」

 えくぼを失くした宮の眉間に皺ができる。宮にしては珍しい表情で、鐘霞は驚いた。

「何か?」

「いや、いい。しばらく日永の事は私に預けて欲しい。もう行かないと飛行機の時間がある」

 宮が話を切り上げた。ドアを開ける。

「俺に手を出させないのは何か不都合でも?」

 宮は外に出てからふり返る。外から伸びる日差しが鐘霞の半身にかかる。

「私に不都合はないよ。じゃあ、行ってくる」

 諦めの沈黙を挟んで、鐘霞は返した。

「お気をつけて」

 日差しは音を立てて、フロアから消えた。


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