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ただの水1

 休暇明け、宮が出動課を研究室である第三係に集めた。全員がテーブルにある白い筒を見つめる。松葉の表情は険しい。

「あんたらの休暇中、三日間、朝から晩まで馬鹿らしいと思いつつ念には念を入れて、用心に用心を重ね、調べて、中身はエイチツーオー」

 松葉は肩を落とした。

「エイチツーオーってよく聞く。なんだっけ」

 日永が隣の木森に聞く。

「あれだよ、元素記号。巣鴨も小樽も僕の船って覚えるやつ。ん?何か違うな、なんだっけ」

 木森と思い出そうと唇を動かす。日永が声を上げる。

「ああ!分かった。メーデーメーデー僕の船だ」

「それじゃあ遭難船だ。水平リーベー僕の船、だ。エイチは水素。オーは酸素」

 管野は呆れ過ぎて、いささか怒っていた。日永と木森は気まずそうに肩を寄せ合った。

「水素と酸素の化合物。水蒸気。水以上でも、水未満でもない。残念」

 松葉はデスクから椅子を引っ張り出すと、すとんと座り一回転して天井を仰いだ。

「結局、空振りってこと?」

 居里が聞く。いや、と宮が呟いた。

「密室空間で使ってみた。中に鐘霞を入れてね。自己忘却が起きたよ」

 出動課が右端にいた鐘霞を見る。鐘霞は無反応で答える。宮が続ける。

「予測を立てると、中身の水は注意すべきではないのかもしれない。やっぱりこの筒の細工が重要と考えた方がいい。でもこれ、いくら何をやっても分解できない。外部の頼りがいのある所に頼んでるんだけれど、ご存知の通りどうにもなってない」

 宮が白い筒を持って見せ、上部を指差した。少し開いていた。蓋が上にスライドして一センチほど開いている。今回、碓氷から回収したもの以外はその状態で見つかっていた。蓋が開いていない、未使用の筒が回収できたのは今回が初めてだった。

「上部にスイッチらしきものがあった。押した後に、スイッチの気配は消えた」

 鐘霞が説明した。宮が上部を見せる。そこはさらさらとした平らだった。

「なんて技術。人類の進歩の未来が明るくてよかった」

 居里が嫌味ぽく言った。

「明るい未来のサンプルは本当に足りないようだよ、居里」

「え?」

 微笑む宮の言いたい事が居里には察せない。宮はワイングラスのように白い筒を揺らす。

「今回の碓氷を使った件、あまりにも今までの現場と違い過ぎた。端的に言えば稚拙。今回の相手さんの目的はこの筒を私達に見せる事。もしかしたら、相手さんの方々は仲間割れをしてるかもしれない。まあ、思い切った事をやっただけかもしれないけど。サンプルを集めてもらうためのボーナスヒント」

 宮は筒の底を室崎に見せた。室崎は目を見開いて、声を上げた。

「あ!ええっ?」

 そしてすぐに困惑する。鐘霞以外の出動課が室崎の周りに顔を寄せる。底には白い文字で「NOWAKI」とあった。

「室崎さんの前の職場じゃないですか」

 木森が言う。

「う、うん。子会社だけどね」

 室崎は律儀に訂正する。

「大手メーカーがこれに関わってるって、闇深。闇に負荷がかかってるレベルで闇負荷」

 居里は頬を引きつらせる。

「まだフェイクの可能性はおおいに高いけどね」

「私はまだ中身の方の可能性をおおいに疑ってんよ」

 松葉はデスクの上のペットボトルのミネラルウォーターを手に取る。

「人を殺す綺麗な水」

「それはやばいだろう」

 鐘霞が返す。松葉はミネラルウォーターの蓋を開けて、ごくごくと喉を潤す。

「見えない筒の中では綺麗な水。蓋を開けたから、殺す水になった、とか」

 居里が半笑いで呟く。

「あれですよね!箱の中の猫のやつ!シュガーレスの猫!」

 木森が自信満々に閃いた。管野が木森をふり返る。

「それを言うとしたら、シュレーディンガーの猫です。いい加減に咀嚼してから発言するという事を覚えてください」

 管野が真面目に諭した。いつもぶっきらぼうな管野に初めて敬語を使われ、木森は真面目に落ち込んだ。日永はじっと白い筒を見つめていた。


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