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食べる、食べる、食べたい2



「ホントに世の中と性が合わないてんでムシャクシャする憂さ晴ラッシー、三つ」

 日永の隣の木森は長い名前のマンゴーラッシーをジューススタンドの店員に頼んだ。注文するのが恥ずかしいと管野は席で待っていた。

「ありがとう」

 管野は日永からマンゴーラッシーを受け取る。管野を挟んで、日永と木森は並んで座った。

「憂さ晴ラッシーも悪くないけど、もっとハッピーな名前でもよくない?」

 日永が言った。

「例えば?」

 木森は太いストローでラッシーを混ぜる。

「この先も幸せに楽しく生きられそうなラッシー」

 ムシャクシャした感情と逆な事を日永はなんとなくの思い付きで並べる。

「元気系の名前はうっとおしいからね。カワイイ系で攻めたら? カワイイって人を幸せにするでしょ? 猫とか犬とかウサギとかマントヒヒとか」

「じゃあ猫ちゃんラッシー?」

 日永が木森に安易な提案する。木森は顔を渋くしながら、マンゴラッシーをずぞぞぞっと吸い込む。

「語尾がラッシーとかからないと」

「え、あ、じゃあ、あざラッシー」

「あ、いいじゃん。かわいい」 

 木森が日永を褒める。

「アザラシ、イルカ食べるぞ」

 管野が水を差す。

「ええ! アザラシとイルカって可愛さの足し算じゃん!」

 日永がはしゃぐ。

「食物連鎖足し算にするなよ」

 管野はアザラシがかわいいことに納得しなかった。

「イルカを食べたアザラッシー。私がカフェ開いたら、裏メニューにしてあげる」

 木森が嬉しそうにする。

「木森、カフェ開きたいんだ」

 はじめて日永は知った。

「そう。うちお姉ちゃんいるんだけど、社会の波にもまれて休職中。部屋から出て来ないの。あれ見て、私は自分のお城作ろうって。カフェ好きだし。だから二十五歳までお金を稼げるだけ稼ぐ」

「ナポリタンも出すのか?」

 管野が聞いた。

「うん。魚肉ソーセージのナポリタン」

「それも裏メニューの方がいいかもな」

 木森の夢に管野は真面目な助言をした。

 ショッピングモールの件でみんなよく頑張ったからと、宮が出動課に特別休暇を出した。その休暇を使って三人は遊びに出かけた。目的は毎週火曜日限定で中華そばが一杯五百円で食べられる店に行くことだった。室崎のおすすめの店だった。昼の混み時を避けようと、ラッシーを飲みながらくだらない話でぐうたらしていた。

「あ、室崎さん」

 店に入った管野が赤いカウンターで中華そばをすする室崎を見つけた。管野の背中から日永と木森が左右それぞれからひょっこり顔を出す。室崎は微笑ましく表情を柔らかくした。

「奇遇だね。みんなでお出かけ? 」

「そうです。お出かけです。ラッシー飲んで来ましたよー」

 断りもなく木森は当然のように室崎の隣に座った。

「テーブル席空いてるよ? いいの? 」

 室崎が気を遣う。木森は猫撫で声を上げる。

「水臭い事言わないでくださいよぉ。せっかくだから一緒に食べましょうよ」

「休みの日にすいません」

 管野が謝る。

「ははっ。いいよ。僕も散歩がてら暇を潰しに来たようなもんだから。家に誰もいないしね。それにしても、管野はすっかりお兄ちゃんだなぁ」

「やめてくださいよ」

 管野は嫌がる。

「僕は全然ウェルカムだからどうぞ。気にしないで」

「すいません」

 管野は木森とは反対の室崎の隣に座った。日永は木森の隣に座る。三人は予定通り中華そばを頼んだ。

「日永はどう? うちに来てから困った事ある?」

 室崎に聞かれ、日永は少し考えながら、早すぎる割りばしを割った。

「正直、よくわからないです。自分が困ってるのかどうか」

「そうだよねえ。まだ日にち浅いしね。でも、ここんとこ立て続けだから、なんか随分長く日永がいるような気分になるんだよね」

 室崎は煮玉子を半分かじる。半熟の黄身がスープに沈む。

「確かに、日永が来てからぽんぽん出動してる」

 水を飲みながら木森が言えば、日永は嫌な顔をした。

「それって俺が疫病神って事?」

 麺をすすっていた室崎が首を横に振りながら、飲み込む。

「そんな気にしないでよ。でも、宮さんは喜んでるよ。上に報告できる事があるってね。僕らの仕事は事後処理やってなんぼ」

「事後処理だけでいつまで満足してくれるか謎ですけどね」

 管野がちくりと言った。室崎は曖昧に唸った。

「管野は大人ね。給料貰えたら下っ端はそれでいいのよ」

 木森にとって上の事情はよその事だった。

「室崎さんはいつぐらいから?」

 日永は木森の向こうの室崎の顔をのぞいて尋ねた。

「うちの会社にいるかって?」

 日永は頷く。

「もうすぐ三年かな。前の仕事がクビになってね、僕。クビというか、自主退職を促されたみたいな。奥さんも息子もいるし、慌てて見つけた仕事が今のところ」

 室崎はなんてことないように優しい口調で話した。

「結構の大手だったんだって」

 木森が教える。

「大手の子会社だよ」

 室崎が訂正する。

「へぇー、息子さんどれくらいなんですか?」

「小学四年生。十歳になったばっかり」

 無意識に室崎の表情が幸福に緩む。日永と木森は目を合わせて思わず笑い合う。ちょうど厨房から中華そばが出て来た。日永は受け取ると手を合わせ、湯気を顔にかぶりながら、麺をすすった。木森は胡椒をかける。

「土曜日、師巻さん来てたって宮さんから聞きました。室崎さん会ったんですか?」

 最後の中華そばを受け取りながら、管野は聞いた。室崎は残っていた麺を全部食べ終え、蓮華で半分残していた煮玉子をスープの底から見つけ出す。橙の黄身がとろりと照る。

「らしいね。僕は会ってないよ。鐘霞は会ったんじゃないかな。人に迷惑にならないぐらいに苛々してた」

「本当に嫌いなんですね、鐘霞さん」

「色々あるんだよ」

 室崎は煮玉子を飲み込む。管野は割りばしを割った。


 加瀬は泣き叫んだ。井町は慣れた様子で、加瀬を宥めた。

「いやだ。やりたくない。いや」

 布団に加瀬は顔を押し付けた。井町は、ゴム手袋を一度はずす。看護師はベッドの反対側に周って、「陽一君」と声をかけながら、背中を優しく撫でた。井町はぐずっている陽一の伸びた髪を甘やかすように耳にかける。

「陽一君。注射頑張ったら、先生が陽一君の食べたいもの買ってあげる」

 井町が明るい弾む声で加瀬を励ました。加瀬の顔は上がらない。

「なーにがーいいかなー」

 井町は適当なリズムで歌う。

「チョコレート、プリン、シュークリーム、エクレアもいいね。先生好き。あとは、クッキーとかアイスクリーム?」

 加瀬は顔を上げた。シーツには喚いた涙の跡くっきり濡れていた。

「アイスクリームが食べたい」

 泣きべそをこぼしながら加瀬が小さく呟いた。井町がよし、と頷く。

「頑張れ、少年」

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