表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/50

長い友人3


「碓氷、授乳室にいた! 駐車場に逃げた! あ、いない!」

 日永は駐車場の自動ドアをすり抜けると、碓氷を見失った。

「どこだ!」

 管野がエスカレーターを駆け上がりながら、日永に聞く。

「七階の北だ」

 日永に追いついた鐘霞が教える。

「お前は時計回りに。俺は逆に行く」

「はい」

 日永と鐘霞は二手に分かれて、碓氷を捜す。居里は西のエレベーターに乗って上昇していた。五階で降りて、北へ移動する。室崎は碓氷兄を捜す。

「さっき、アメに会ったよ。うん。ばったり会って。連れて帰るからさ、母さんあんま怒んなよ。思春期なんだからさ。思春期は過酷なもんさ。今? 少し寝たいからって、先に車に行かせた。俺は彼女に事情説明して先に帰らせてもらうから。うん。ちょっと今、一緒にいなくて」

 五階のトイレ前で電話をしていた碓氷兄の前に木森が立つ。碓氷兄はぎょっとする。木森は女の名前を口にする。

「私はその女の旦那の妹です」

 木森のでまかせに碓氷兄はうろたえる。

「白昼堂々と浮気とはいい度胸だねぇ。あなたいい大学通ってるみたいで。こっちは大学に報告してもいいのよ」

「ち、ちち、ちょっと待って」

 碓氷兄はかけ直すと電話を切る。

「あ、あの、どういうことですか?」

「どうもこうもないわよ。不倫の話してんのよ」

 木森は詰め寄る。

「え、あの人、結婚してんの?」

「しらばっくれんじゃないわよ。してるわよ、子どももいるわよ」

 木森は赤子を抱く女の写真を携帯で見せた。碓氷兄は素っ頓狂な声を上げた。

「お兄ちゃん来てるわよ。あんたの事捜してる。あんたの車も把握してるわよ。金づちでボコボコにしてやるって。あんたらどうなろうがどうでもいいけど、お兄ちゃん犯罪者にしたくないの。車どこ止めてんの?」

「七階!  北の七階です! 」

 碓氷兄は車種と車のナンバーを木森に裏返った声で教えた。

「でかした木森」

 駐車場に着いていた宮が木森を褒める。

「じゃあ、宮さんが木森のお兄ちゃんということで」

 室崎提案した設定に誰も何も返さない。

「でも車は狭い密室だ。急がないと」

 宮が速足で駐車場を歩く。

「あった」

 碓氷兄の車を見つけた日永が呟いた。

「乗ってます。たぶん、碓氷アメ」

「筒持ってるか?」

 耳からの鐘霞の問いに日永は目を凝らすが、はっきり確認できない。

「あんまり見ないように。怪しまれる」

 宮が注意する。日永はゆっくりと車の前を歩く。咄嗟に考えて、お腹を押さえた。

「うーっ、う、うっ、ううぅー」

 わざとらしい声を漏らし、日永はからだを曲げて膝を付いてそのまま倒れた。体調不良のふりをして、良心で車から引きずり出そうと考えた。

「日永!」

 駆け込んできた管野が、日永の肩を揺さぶる。

「どうした? 木森の兄にやられたか?」

 管野は日永の頬を叩く。日永は違うと口パクする。

「え、宮さん日永に何したの?」

 五階で碓氷兄から木森を見失わせた室崎が心配する。設定が現状をややこしくする。

「碓氷兄、七階着いた」

 木森と入れ替わるように、碓氷兄のを尾行していた居里が報告する。宮が駐車場入り口に戻りながら指示する。

「尾行は駐車場入り口まででいい。碓氷兄の向かった方向を知らせて」

「倒れたふりしたんだよ。助けに車から出て来ると思って」

 日永が管野に囁く。「なんだ」と管野は思ったが、日永の作戦に乗る事にした。

「おい、おい!」

 管野は声を荒げる。

「しっかりしろ! 誰か! 誰か、助けてください!」

 管野が叫びながら、さも今気が付きましたかのように車の中の碓氷に目線をやった。碓氷は助手席にいた。白い帽子を深くかぶって、顔は見えない。力なく窓に寄りかかっていた。管野は嫌な予感に、日永を放り投げ、車に駆け寄った。車内を覗く。碓氷の足元に白い筒が落ちていた。

「碓氷! おい、碓氷!」

 管野が窓を叩く。碓氷の返事がない。

「助手席に筒発見。碓氷に反応ないです」

 日永は起き上がり、管野に駆け寄る。日永はすぐに碓氷の状態に気が付けなかった事に、青ざめた。

「落ち込むのはあとだ! 窓割るぞ!」

「それはやめてください! 申し訳ありません!」

 二人が振り向くと、碓氷兄が駆け込んできて土下座をした。

「彼女が既婚者だって知らなかったんです!本当です! 申し訳ありませんでした!」

 碓氷兄は、ばっと顔を上げて管野の顔を見て、日永の顔を見て、管野の顔を見た。

「許してください旦那さん!」

「そんなことは、どうでもいい! お前の弟が倒れてる! 車早く開けろ!」

 管野が叫ぶ。

「へっ?」

 碓氷兄は中途半端にからだを起こし、片膝を付いた。

「早く!」

「はっい!」

 碓氷兄が遠隔で鍵を開ける。管野はすぐさまドアを開けると、倒れて来た碓氷の脇の下に腕を入れて、外に引きずり出した。白い帽子が落ちる。そして、脈を測る。碓氷兄も日永の横をすり抜け、弟に駆け寄る。

「アメ! アメ!」

 碓氷兄は弟の名前を連呼した。

「生きてますね」

 管野は冷静に言った。

「生きてる」

 碓氷兄は繰り返した。

「寝てますね」

 管野は言った。

「寝てるだけですかぁ」

 碓氷兄は弟の顔をまじまじと見た。そして安堵した。日永は腕を伸ばし、掴むと、背中に筒を隠した。これからどうしようと日永は緊張する。

「ごめんなさい。早とちりでした」

 管野が碓氷兄に謝った時、日永は背後に隠した筒を奪われた。驚き顔を上げると、宮がいた。宮の両手にはすでに何もなかった。

「どうかなされましたか?」

 宮が良い人の顔で、碓氷兄に話しかけた。そして、碓氷弟がやっと目を覚ました。


 駐車場で、宮と会った鐘霞は先に戻るように言われた。エスカレーターで五階まで降りると、アイスクリーム店の前のベンチに座った。鐘霞はバニラアイスを捜した。白いアイス。けれど、それは中断された。顔を上げれば、師巻が立っていた。

「よぉ、久しぶり。前会った時より丈夫そうな見た目になったな、鐘霞」

 鐘霞は黙ったまま、顔を背けた。三年前に河津が死んだと鐘霞に伝えたのは師巻だった。それ以来の再会だった。鐘霞は、立ち去ろうとした。

「よくあるよな」

 師巻は鐘霞を呼び止めた。師巻は明るい声で続けた。

「喧嘩したわけじゃねぇが、なんとなく関係が悪くなる事。顔合わすのが、なぜか気まずくなる。いい機会だ。仲直りしよう。あ、ちょうどいい。アイスクリームでも食べながら」

「しません」

 鐘霞の拒絶に師巻は空しく、頷くしかなかった。鐘霞はエスカレーターで下っていった。その姿を見送りながら師巻は思った。悪者にはなりたくないが、悪役にもなりたくない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ