02:愛の先
由利子は当時大学一年で、俺の後輩だった。
地味で目立ちはしなかったが、逆にそれが周りの女とは違う美しさを放っていた。
「あの、付き合ってくれませんか」
正直好みではなかった。
しかし由利子を知れば知るほど、誰よりも愛しい存在となっていった。
最初こそ由利子からの告白だったが、時が経つにつれ愛情はあきらかに俺の方が上回っていただろう。
それがいつからだろうか。
由利子がそんな俺からまるで逃れるかのような行動を取りはじめたのは。
連絡はつかない。
会えば走り去り。
あげく他人を通じ別れを要求。
何がいけなかった?
好きな奴ができた?
何故?
何故拒否する?
「もう嫌なのよ!」
二人きりになれる場所で俺は問い詰めた。
するとどうだろう。
由利子は次々と意味不明なことを言い出した。
ただの友達なのに男ってだけでちょっとした会話でも文句ばかり。
電話は一日中かかりっぱなし。
外へ出れば尾行。
気に入らない行動を取れば容赦無く暴力。
監禁にも近い束縛。
「いい加減にしてよ!」
そこは海の見える綺麗な場所。
初めてのデートで訪れた大切な場所。
それなのに。
「俺の愛が……わからないの?」
愛してるから。
いや、もう言葉だけでは伝えきれなかった。
それだけだったのに。
「きゃああ!!」
死ぬしかない。
そう唐突に思った。
二人だけの世界じゃないから彼女はきっと誰かに惑わされたのだ。
二人だけになれば。
「いやぁっ、離してぇ!」
肉体なんて邪魔だろう?
由利子が他人の目に触れなければこんなこと考えなくてすむ。
ずっと寄り添うことができる。
永遠になれるんだ。
真の意味で一つになれば、由利子もわかるはず。
究極の愛。
そして由利子の罪。
「ごめんなさいぃ!」
「どうして謝るの? 少しの辛抱だよ?」
「いやだぁ! 死にたくないよぉ!!!」
辛かった俺への最後の償い方法は、恐怖で許してあげる。
たった一瞬の苦しみだけで由利子は綺麗になれるんだ。
この世で汚れた由利子があの頃に戻るために。
俺は狂ったかのような由利子を抱きしめ歩き続けた。
俺にはそれがまるで結婚式のような、そんな幸福感に満たされるのを感じた。
「いやあああああ!!!!!!」
誓いのキスだ。
俺は静かに目を閉じ、最後の一歩を踏み出した。
「愛してるよ、由利子」
鐘の音の代わりの絶叫。
拍手のような波音。
永遠への旅立ち。
俺達は、ずっと一緒だ。
ずっと。
一緒のはずだったのに。
気付いた時には俺は一人になっていた。
確かに温もりはあったのに。
凄まじい形相で振り払う由利子が脳裏に浮かんだ。
「俺はまた……拒否されたのか」
いつもと変わらない風景がそこにはあった。
変わったのは、何だったのだろう。
俺にはもうわからなかった。