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78話 酔っ払いの涙(ユイの過去)

 はぁ。少し長湯しすぎたかなぁ。

 もしくは久々に風呂の中でお酒を飲んだからか。

 体がホカホカして少しだけ頭がくらくらする。なので、私は1人夜風に当たっていた。デュラ様の屋敷には全員で帰るので、とりあえず酔いを醒ましてくるとハティーに言って、風呂屋の庭先へ出た。

 これで浴衣だったら、いい感じなんだけれど、そんなものはないので、普通に洋服だ。

 徐々に秋は冬へ近づき、肌寒くなっていたが、それが今はちょうど気持ちが良かった。


「ユイ?」

「はれ? まおうさま?」

 クラクラする頭で振り向けばそこには、いつも通り可愛らしい魔王様が居た。しっとりしけった髪もなんだか色っぽいなぁ――て、風邪ひいちゃうか。

「まおうさま、こっちに来て下さーい」

 何だか魔王様と2人っきりでおしゃべりするのは久々な気がする。

「ユイ、酔ってるのか?」

「はーい。ちょっと、魔族のお酒はぁ、私にはぁ、強かったみたいです。でもジュースみたいでおいしかったですぅ。じゃあ、ここに座って下さーい」

 私は魔王様の手を掴んでベンチに座らせると、持っていたタオルで魔王様の頭を拭く。ちょっと、タオルが湿気っているけれど、こんなべちょべちょな頭では、風邪を引いてしまうから、拭かないよりはマシだ。

「ちゃんと、髪は拭かないと風邪引いちゃいますよー。結構冷たくなっちゃってますしー」

 魔王様の髪はかなりひんやりしていた。ただし、頬はまだ赤みを帯びているので、まだ大丈夫だとは思うけれど。

「ならユイ。温めてくれ」

 きゅるんとした可愛らしい目で見つめられて、私の蕩けきった脳内は、うわぁ可愛すぎるとモダモダ悶える。

 はて? 確か魔王様に、むやみに抱き付いた理由があったような……まあ、いいか。きっと思い出せないという事は、大したことはないのだろう。

「はい。いいですよ」

 ぎゅぅぅぅと魔王様を抱きしめて、幸せな気分になる。ああ。可愛いなぁ。


「本当に酔ってるんだな」

「だから、言ってるじゃないですかぁー。かわいいなぁ。ちくしょう」

「ユイ。俺は男なんだが」

「そーですねー。男の子ですねー。それなのに、こんなにかわいいのはズルいです」

 狡い。

 愛されるのが当たり前な魔王様は狡い。私は頑張らないと愛されることなんでないのに。いや、頑張ったって愛されないことの方が多いのに。

 そう思うと、今度はどんどん悲しくなってきた。


「ゆ、ユイ。どうしたんだ?」

「うぅぅぅ。さみしいんですぅー。かなしいんですー。あいがほしいんですー」

 寂しくて仕方がない。

 どうして、私は愛してもらえないんだろう。どうしたら愛してもらえるんだろう。ああでも。皆優しくて、寂しいなんていうのはおこがましくて。

 だからどうしたら、自分が愛されているのだと自信を持って言えるのかが分からない。いつも不安だ。捨てられたくない。

 とろけた脳は、理論的に考えることを放棄して、ただ感情だけが渦巻く。なんとも言えない気持ちで、私はポロポロ涙をこぼした。

「愛なら俺が与えてやるから、泣かなくていい」

「むりでずぅ。私は誰の一番にもなれないんでずぅ。うぅぅ。一番じゃなくても、みんなやさじくじでぐれる……ぐずっ……から、こんなこと思ったら、バチがあたるのに。もっとみんなに優しくしなくちゃ、いけないのに。私は悪い子でずぅぅぅ」

 涙どころか、鼻水もでてきて、顔がぐちゃぐちゃだ。

 いい年してこんなに泣きじゃくったら恥ずかしいものだが、酔っぱらいとは困ったもので、今の私は恥ずかしいとかそういう感情は吹っ飛んでいた。

だから本能のままに、まるで子供に返ったかのように私は泣く。

「私はだれかの、めいわくになったらいけないのにっ……ひっく。ごめんなさい。ごめんなさいぃぃ」

「俺に迷惑をかけるぶんには構わん」

「まおーさま? でも、まおーさまがよくても、みんながこまるの、いやですぅ」

 魔王様に迷惑をかければ、必然的に周りにも迷惑がかかってくるだろう。そんなの駄目だ。迷惑になるなら、ここにはいられない。


「誰も困らない。問題が出るなら俺も一緒に解決してやる。だからユイは俺の傍にいればいいんだ。それとも帰りたいのか?」

 帰る?

 魔王様の言葉に、私はきょとんとしてしまう。だって、帰るって、誰が? どこへ?

「かえるって、どこにかえるんですか?デュラさまのおうちは、私のうちじゃありませんよー?」

 今はあそこに泊まっているけれど、あそこは私の家ではない。

 あそこはデュラ様の家だ。

「いや、戻るという意味ではなくてな」

「まおーじょーは、まおーさまの家でぇ」

「以前住んでいた国だ」

 以前住んでいた国?

 どこだっただろう。私が住んでいた場所……考えると、どんどん頭が痛くなってきた。そして気持ちが悪くなってくる。


「うぅぅ。きもじわるいぃぃぃぃ」

「は、吐くのか?! ちょっとまて、メイドを呼んでくる」

 そう言って、魔王様が離れていく。

 ほら、やっぱり。私のところには誰も残らないじゃないか。ぐるぐる世界が回る。

「かえりたいよぉ」

 酒の所為か、帰郷の思いがわく。でもそれが【どこ】に対してなのかが分からない。

「こわいよぉ」

 自分がグラグラ揺れる。ベンチにこてんと倒れて、空を見上げる。どうして、一人になってしまうのだろう。

 一生懸命頑張っているのに。

 だったら、こんなに悲しいなら、最初から一人だったら良かったのに。


 何がなんだか分からない。でも、とにかく辛い。

 このまま消えてしまえば楽になれるのになんて思ったりして。考えていると、意識がふわふわし始める。だんだん瞼が重たくなってきて、私は自然と目を閉じた。

 眠ってしまえば、きっと楽になる気がして。


「こんなところにいたのか」

 眠る直前、そんな声が聞こえた気がした。






◇◆◇◆◇◆◇◆






 これは夢だと、最初から分かっている。


 家族の誰からも愛されて、優しくかわいい親友がいて、素敵な彼氏がいる世界。でも、そんな時間はそもそも存在していない。

 両親が愛していたのは、弟。もちろん私が愛されていないわけではないし、私も弟の事が好きだった。でも私は2番だ。

 優しくてかわいい親友はいた。でもその親友は、私が好きな人と付き合うことになった。当たり前だ。あんなに可愛い子で、とても優しい子なのだもの。私と並んだら、誰だって親友の方を選ぶに決まっている。

 それは至極当然の事が起こったに過ぎない。それなのに私は、自分もあの人の事が好きだったんだよの一言が言えなくて、親友に隠し事をしながら話すのが後ろめたくて仕方がなくなった。妬むとかそういう気持ちは幸いにもなかったけれど、どうしようもなく辛く悲しかった。

 そして私が好きだった人は、親友の彼氏となったので、もちろん私に彼氏ができたことなどない。というか、たぶんずっと私は誰の1番にもなれないのではないかと思う。

 だからせめて、誰からも嫌われたくなかった。1番でなくてもいい。でも無価値以下になりたくない。


 誰かに必要とされていたかった。その為に努力した。でも時折、どうしようもなく不安になった。

 そんな風に誤魔化して、いい人ぶっていたからきっと罰が当たったのだと思う。私には嘘つきらしい末路が待っていた。


『彼氏と喧嘩しちゃった。もう死にたい(T_T)』

 ある日親友からそんなメールをもらって、私はアパートを飛び出した。

 助けを求められたのだから助けなければ。でもその彼氏は私の好きだった人で――。誤魔化してきた想いがあふれて、自転車に乗りながら考え事をしてしまった。

 そして、車と衝突。


 自分の間抜けさに涙が出そうだった。特に怪我はしていなかったように思うけれど、病院に無理やり連れていかれた。そこで医師に入院を勧められ、入院するなら、誰かに来てもらわないと困ると言われた。でも怪我もなく、こんなに元気なのに入院するのは恥ずかしいし申し訳なかった。それに今日は弟が実家に帰っている。弟は最近家庭教師の仕事で忙しいと言っていたので、ゆっくりして欲しい。

 私が事故したぐらいで、弟の休みが台無しになるのは困る。弟は頑張り屋だし、優しいから、きっと無理して病院に来るだろう。

 だから私は入院を断った。先生に、せめて誰かと一緒に居なさいと言われつつ、私は病院を後にした。

 病院から出ると、メールが届いているのに気が付いた。


『彼氏と仲直り(^_-)-☆ごめんねー。心配してくれてありがとう』


 親友からのメールだった。

 そっか。良かったねと私はメールを打ちながら、少し泣いた。メールを見た瞬間良かったという安堵だけではなく、そこに少しだけ残念な気持ちが混ざってしまったから。自分の醜さが辛かった。

 少しだけ泣いただけだっただけど、何だか顔が腫れぼったい気がする。

 流石にこの状態で実家に帰るのは、気が引けた。泣いた理由を聞かれても困る。私は1番になれなくても、疎まれるような存在にはなりたくなかったから、自分の醜い感情は隠しておきたかった。


 でも、一応親には報告を入れておかないと、もしかしたら警察から事故関係の連絡が来て、心配するかもしれない。

 そう思って、私は親に電話した。

 そして現状を一通り話して、帰り道をとぼとぼと歩く。運ばれたのがアパートに近い病院で良かった。

 家についた私は、今日あった出来事を日記に書く。日記だったら何を書いても、誰かに迷惑をかける事もないから。

 ただ、書いている途中で、気持ち悪くなってきた。

 慌ててトイレへ向かおうとして――体が動かない事に気が付いた。世界がぐるりと回って、こりゃマズイという事に気が付く。

 でも携帯電話は、今充電中で届かなくて、119番に電話ができない。

 意識が遠のいていく。


 たぶん、それが私の最期だ。

 だから私には、家族の誰からも愛されて、優しくかわいい親友がいて、素敵な彼氏がいる世界なんて訪れなかった。

 分かっている。これは幻だ。

 私に与えられた、新しい現実は、そんなものではなくて――。


「そろそろ、目を覚ませ。フレイヤ」

 魔法が解ける呪文が聞こえた。  

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