79話 賢者の失踪(魔王の後悔)
少しだけ目を離した隙だった。
少し夜風に当たってくると言って酔っぱらった状態で1人庭へ出たユイ。そして俺はそんなユイと庭で会ったが、酔っ払ったまま吐きそうになったので、メイドを呼びに行った。
その間、それほど経っていないと思う。
しかしユイは、俺が目を離した隙に、温泉宿から姿を消した。
あれから1日経ったが、ユイの姿は相変わらず見つからない。
ユイを監視していた、ヴィリも同じく居なくなったため、何らかの事件に巻き込まれた可能性が極めて高い状況だ。
ユイのメイドだったハティーは、1日中探し回っているようだったが、このままでは不眠不休で倒れてしまう為、無理やり休みを取らせている。ハティーが過労で倒れれば、きっとユイは泣くだろうから。
「一体、どこに行ったんだ」
そもそも、どうやってあの場からユイを連れ去れるのだろう。確かにユイは目立たない外見をしているが、いくらなんでも、誰にも気が付かれず連れ去られるなんて不可能だ。
そもそも、状況が上手く把握できていない。
勇者一行と俺、ユイで温泉にやってきて、それぞれ男女別の風呂に入った。そこでユイは、お酒を飲むことになったらしい。酒はハン伯爵領のものではなく、ノルンの実家の物で持ってきたそうだ。ちなみにその酒に、幻覚を見せたり、意識を混乱させたりする毒物が入っていない事は確認済みだ。
ユイは風呂場ではそれほど酒に弱くはないと言っていたらしいが、飲み始めてすぐに酒がまわってしまったらしい。ユイも魔族のお酒は強かったと言っていたので、普段飲んでいるものと違って、飲むペースを間違えたのかもしれない。
あの時のユイがおかしかったのは、普通に酔っ払っただけ。
酔っ払いのしでかす事なので、どこかへフラフラと勝手に出ていった可能性もあるが、やはり目撃がないのが気になる。ユイは小柄といっても、すごく低いわけではにので、必ず視界に入るはずだ。連れ去られるにしても同じ。あの場所から出ていくまでの間に、まったく人に会わずにいられるとは思えない。
ここはハン伯爵領。ユイが初めて見つかった場所。
つまりユイを人身売買にかけようとしていた者達がいる場所で、危険だ。
「……しばらく泳がせる予定だったが、虱潰しに叩くか」
すでに、人身売買をしていた業者は何処にあるのか知っているのだから。
実行すればルーン辺りに、公私混同するなとお小言をもらいそうだ。俺は王で、この国を一番に考えなければいけない存在なのだからと。
でも、ユイは俺に寂しいといった……俺に頼ったのだ。
そして俺はユイの問題を一緒に解決すると約束した。だったら、この選択は間違いではない。今回の事はトカゲのしっぽ切りになってしまうだろうが、裏にいる貴族を捕まえる方法を、俺が新しく考えればいいだけの話だ。
ユイが欲しくて、魔王の座を捨てられない我儘を通すならば、それだけの努力が必要だろう。
「魔王、少しいい?」
俺が今後の動きを考えていると、扉がノックされた。返事をすると、フレイが入って来る。今日は勇者と一緒ではないらしい。
「姉さんについて、何か見つかった?」
「いや。まだだ」
普通ならば、お前らが気にする必要のない問題だというのだが、フレイに関しては、ユイと血縁関係があると言っていので、まったくの部外者とも言えない。情報を与えなかった事により、下手な動きをされても困る。
「どうやってユイがここから外へ出たのかも分からない。ユイ自身で出ていったのか、それとも連れ去られたのか、それすらな。目撃者がいないんだ」
「姉さんに、誰か護衛兼監視をつけてたでしょ。その人は?」
「知っていたのか」
「いや。でも俺だったらそうするだろうし。それで、その人は?」
嫌な奴だな。
たぶん根本の考え方が似ているのだろう。まあ、ここで嘘をつく必要はない。
「そいつも居なくなった。だから足取りが掴めないんだ」
「そう……」
「ヴィリが連れ去ったと思っているのか? 先に言っておくがヴィリがユイを連れ去るメリットが思いつかない」
ヴィリとユイとの接点が何も見つからないのだ。例えばヴィリが俺ではない誰かにも雇われていてという事はあるかもしれないが、そう言うことがないように、常に調査はされている。今のところ、そう言う報告は入ってきていない。
「ヴィリはどういう人間?」
「俺の言葉は信用がおけないと?」
「そう言う意味じゃなくて、多様の視点から見れば、別の見方もできるから。俺が知っている姉さんと、魔王が知っている姉さんは違うのと同じで」
確かに、お互い持っている情報がまったく同じではないのだ。違う方向から視たら、また違うものが見える可能性もある。
「とりあえず、俺が見た限りは、ヴィリはユイの事を妹のように可愛がっていた。これは本人からも聞いている。それと、ユイと同じで故郷を持っていない。元々は暗殺稼業で働いていて、商品としてこの国へ売られてきたそうだ」
まだ俺のユイへの気持ちが定まっていなかった頃に、そんな話をした。
そんな境遇が、余計にユイに肩入れしてしまうのだと言っていたはず。
「待って。何でそんな暗殺稼業するような人間が売られているわけ?」
それは俺もその時思った。
あれだけのスキルを持っていれば、逃げ出す事も簡単だろうと。
「あっ。でも、誰かを探していたとしたら、売られて似たような場所を転々としている可能性もないかな?」
「なら、フレイはヴィリがユイを探していたというのか? そんな素振りは今のところなかったが。もしかしたら隠していたという可能性はあるかもしれないが……」
しかしそういう、隠し事をしている感じはあまりなかった。隠すのが得意だからとも考えられるが、そもそも隠す必要性を感じない。ユイに知られたくなかったとか? いや。そう言う感じでもないな。
「……例えば、つい最近まで、姉さんが探している相手だと気付いていなかったとしたら」
「それでいくと、何故気が付かなかった? 気が付きにくい場所に目印があるとか、話してみて気が付いたという事か?」
探していた相手は見た目では分からないという事か?
しかし、ユイもヴィリについて何か話す事はあまりなかった。たぶん元職場の同僚で、男友達その1程度にしか考えていないはずだ。やはり、以前からの知り合いだったとは思い難い。
「それかも」
「確かにあり得ない話ではないが、それはさすがに机上の空論。何も証拠がない」
あっさりとフレイが話に食いついたが、今の予想は適当に上げただけのものだ。俺も大して深く考えてはいなかった。
「……これ、姉さんの部屋にあったものだけど」
「髪の毛か?」
フレイが俺に見せたのは、1本の長い髪の毛だった。綺麗な赤色をしたそれは、フレイの髪の色と同じだ。
「言っておくけど、俺の髪は、ここまで長く伸びた事ないから。でもこの髪の毛は、姉さんの部屋に落ちていた。姉さんの部屋を出入りする人物で、赤毛は俺以外いない」
「何が言いたい?」
確かに、この国で赤毛は珍しい彩色だ。茶色が赤みがかったものはいるが、ここまで鮮やかな夕日のような赤をした髪の持ち主は魔王城で勤める者にはいない。
しかしユイの部屋には長い、フレイの物ではない赤い髪が落ちていた。
「たぶん、俺らは姉さんも含めて、色々思い違いをしていたんだと思う」
「思い違い?」
「姉さんは、ハン伯爵の義理の娘になる予定の、赤毛の女の子を探していた。理由は、予言の書にそう書いてあるのに、自分がその位置にいるのは間違っているから」
「予言の書と言っても、完璧なものではないだろ」
予言は、あくまで予言。可能性の一つにしか過ぎない。だからユイがそれほどまでに、赤毛の子にこだわる必要は本当はないと思う。
何故なら、その子が養女になる未来が存在していたかもしれないが、ユイが養女になる未来だって存在しているのだ。それをユイが責任を感じる必要はまったくない。予言はあくまで可能性であるだけだ。
「そう。たぶん未来はどんなふうにでも変わるから、すべてが真実とは限らない。でもあの予言の書は間違えていなかった。何故なら、姉さんは……赤毛の女の子であって、ハン伯爵の養女に望まれているから」
「何を言っているんだ?」
ユイが赤毛の女の子?
ユイの髪は俺と同じ、漆黒。全く接点がない。
「全ては予言の書の通りだったんだ。姉さんは、何かのはずみで記憶を失ってしまっただけで」
「もう少し分かりやすく言ってくれ」
ユイが一部記憶を失っているのだろう事は分かっていた。何故なら、ハン伯爵領でどうして倒れていたのか、ユイが覚えていないから。でも、それと赤毛の少女と繋がらない。
「姉さんは、【ユイ】じゃない。何故なら、【ユイ】はもう死んでしまって、存在しないから。彼女は……自分が【ユイ】だと思い込んでしまっている、赤毛の女の子なんだよ」
「は?」
ユイが死んでいる?
想像もしていない言葉に、俺は目を見開いた。




