72話 フレイの相談(勇者の心配)
「フレイ、大丈夫か?」
俺は落ち込んだ様子の幼馴染に声をかける。
先ほどユイねーちゃんの部屋を訪ねて戻ってきてからのフレイはどうにも落ち込んでいた。……まさかっ?!
「ユイねーちゃんに告ってフラれたか?」
「よし、トール。魔王とオーディンどっちがいいか選べ」
「すみませんでしたっ!!」
じょ、冗談じゃないかよ。
でも俺の冗談に返答するフレイの目がマジすぎて、俺は以前フレイに教わった最大級の懺悔、土下座をした。プライドはないのかと言われれば、フレイみたいな頭のい奴に男同士で恋愛するように仕組まれるぐらなら、そんなプライドはごみ箱に捨てる。俺は一瞬のプライドより、長い長い人生の方が大切だ。
「何を謝っているんだい?」
「お、怒ってるんだろ。だからそんな凶悪な選択肢から俺の恋人を選べとか言ってるんだろ?!」
「別にトールと誰かをくっつけようなんて話じゃないよ。ちょっと、今度のハン伯爵領へ行く時の馬車の乗り合わせの話だよ?」
嘘だ。
絶対嘘だ。
そもそも、馬車が魔王と同じになるはずがないだろう。だっていくら俺らが賓客でも、あっちは王様だぞ。どんな根回しをしたらそんな配置になるんだ。
「まあ、冗談はそれぐらいにして。別に落ち込んでいるわけじゃないから大丈夫だよ」
「じゃあどうしたんだよ」
フレイがいつもと違うのは間違いない。
落ち込んでいないなら、どうしたのだろう。
「俺はフレイほど頭もよくないけどさ。幼馴染なんだから。俺の悩みばっか聞いてんじゃなくて、たまには頼れよ」
「……俺は正直、お前のそういうおせっかいなところが嫌いだ」
「なっ」
人が心配しているというのに、なんという言い草だろう。
しかし俺の言葉を遮るかのように、フレイは深く深く、ため息をついた。
「そろそろ、お前の能力に対する中間報告をしてやるよ。色々考えたんだが、お前は男に好かれやすい」
「って、んなもん前から知ってるよ」
今更だ。
この能力の所為で、気がついたら男に囲まれて、ビビったのだから――ん?そう言えば、最初はあんまり気にしてなかったっけ。元々、俺ぐらいの年だと男は男同士で遊ぶものだし。異常さを指摘したのはフレイで、俺が一時的に女なんてと言って女の子を遠ざけた時も、その大きな過ちを指摘したのはフレイだ。
「そしてお前を好きになる男は、何かが欠けている。どこかで孤独を感じている。その理由は様々だけど、たぶんトールは女神の能力でその孤独をまがい物でも埋められるんだと思う。だから異常に変な男に依存、執着されるんだよ」
「はあ?何だよそれ。そんなの俺にどうしろって言うんだよ」
「お前が愛してやれば、すべて解決するんだろうな。女神がその能力をお前に与えたのはそんな感じだろ」
そんな。むちゃくちゃだ。
勇者は人を助けるもの。それは理解している。
だけど、皆を愛せとか無理だ。そんな事できるはずがない。それは俺が男で相手も男だからとかそう言う問題じゃないのだ。
「お前への感情が恋愛になるのは、たぶん思春期以降。それより前はただ単に、憧れだったり、友愛だったりする。だから現時点のこのパーティーメンバーはトールの事を色んな意味で好きだけど、いきなり襲ったりはしなかっただろ? そろそろ先輩たちが危うい年齢に達しかけているけれど、まだ大丈夫みたいだし」
「なら……今後も今のままの関係とは限らないという事かよ。って、ちょっと待て。昔お前、俺にキスしただろ。思春期が関係するなら、あれはどうなんだよ」
「ああ。あれは実験の一環。実際俺もまだその時点では確証できていない部分が多かったから、言えなかったんだよ。でもあのキスで、俺は何も感じなかった。つまり、何か切っ掛けを起こしても、一定年齢に達するまでは、まだ変な感情に支配されることはないと実証させてもらった。あれで俺が恋に狂ったら、遅かれ早かれ、思春期前に俺はおかしくなる可能性が高かったからな。なんといっても俺はお前の幼馴染で、誰よりも長くお前と一緒に居なくちゃいけない立場だし」
そう言ってフレイは肩をすくめる。
確かにフレイからそんな怖い感情を向けられたことは今のところない。変な事をされたのも、あの一回きりだ。
「それと時間も大きくは関係していないと思う。もしも時間が絡むなら、俺やお前の家族がおかしくなってる。ただトールの兄や父は思春期を超えた年齢だ。なのにおかしくならないのは何故か。1つは孤独を抱えてはいないから。もう一つはトール以外に支えてくれる誰かがいるからじゃないかと俺は考えたんだ。お兄さんはまあ孤独を感じるタイプじゃないし、小父さんには小母さんがいるから」
「……なあ。じゃあ、今の話の通りだと、フレイは孤独なのか?」
フレイは色んな実験を繰り返して考察をしていたのだろうけど、前提として、フレイは思春期を迎えた時に自分がおかしくなる可能性が高いと考えているように思う。そしておかしくなるのは、最初にフレイが言った話だと、孤独を抱えている人だ。
「正直、微妙な線なんだよね」
「は? 微妙?」
「この国に来る前だと、たぶん間違いなく危険だったと思う。だから焦っていたのもあるし。でも改めて現在の情報を合わせると、今は大丈夫じゃないかなと思う。でも一瞬でそれも崩される可能性も高い状態ではあるかな」
「もう少し分かりやすく話してくれ」
フレイが話している内容がさっぱり理解できない。
とりあえず、以前は孤独を感じていて、でも今は違う。しかしそれは一瞬で壊れそうでって、ウル先輩に続いてフレイもなぞなぞか?
「……俺には前世の記憶がある」
「は? 前世?」
何の話だ?
「この国にはない考え方だけど、ある国では人は死んだ時、その魂は別の存在として生まれ直すという考え方があるんだ。そして俺には前世、産まれる前の記憶があるんだよ」
へえ。そうなんだと、すぐに理解を示すには、フレイの話はぶっ飛びすぎていた。
生まれる前の記憶があるって何? 前世って何? この世界は女神様が作った世界で、俺らもまた女神様に作られた存在だというのが普通だ。
「まあ信じなくてもいいよ。そして姉さんは、俺の前世で実の姉だったんだ」
「別に信じないって言っているわけじゃ――って、姉さんって、ユイねーちゃんの事?!」
「そう。今は俺が誰にも言えなかった事……誰かに信じてもらえると思えなかった事を信じてくれる姉さんがいる。だから大丈夫だと思うんだ」
つまりユイねーちゃんは、フレイのこの話を信じたという事だ。
フレイは嘘つきなところがあるけれど、大切な事で嘘をついたりはしない。俺は前世とか、そう言う難しい事は分からないけれど。
でも。
「俺もフレイを信じる」
だって、俺はフレイの幼馴染で親友なんだから。
「……あのさ。だから俺はトールのそういう所が嫌いなんだって」
「って、何でそう言う事言うんだよ! 人が折角決意したのに。俺、何にも考えていないわけじゃなくてな、お前が親友だから――」
「分かった。分かったから。感動的場面を作るな。フラグを立てるな。まあ、つまり。俺は一応安定しているけど不安定なわけ。もしもの時、お前に恋心を抱かないように自制が必要なんだよ。下手に優しくされて、意識した状態で思春期に入ったら不味いだろ」
「不安定?」
確かにフレイに恋心を抱かれても困るというか、むしろ怖い。フレイだったら、あの手この手を尽くして逃げ道をなくしていきそうだ。想像するとぞっとする。
「姉さんが今はいるからいいけれど、今後もそうとは限らない。姉さんは俺よりたぶん、もっと不安定な状態にいるんだと思うから」
「ユイねーちゃんが?」
ユイねーちゃんは、あんまり影がある感じには見えないんだけどなぁ。魔王と俺を無理やりくっつけようとするところがちょっと訳が分からないけど。でも優しいお姉さんだ。
「姉さんが死んでいる事は話したよな。だから現在の姉さんはどういう状態なのかを考えたんだ。まあ、その結果、下手に触れると姉さんがこの世界から消えてしまうかもしれないという結論に至ったわけ」
「消えるって何だよ。ゴーストじゃないんだろ?」
フレイはあの時否定したはずだ。ユイねーちゃんは生きていると。
「まあね。姉さんが何なのかはいくつか候補があって、大体絞れた。でも最終的には姉さんが思い出さない限り正解ではないからなんとも。だけど思い出したらどうなるか分からないから下手に触れられないんだ」
「思い出すって何を」
「姉さんがこの国に現れた前後の記憶かな。ちなみに、姉さんが消えてマズイのは俺だけじゃないから」
「は?」
「トールは魔王に協力してるだろ。魔王もたぶん姉さんで欠けてる何かを埋めてるんだと思う。で、そんな魔王の前から姉さんが消えたら、魔王の孤独は一段と深くなるだろうね」
……何やらすごく恐ろしい事を言われている気がする。
ユイねーちゃんのおかげで、孤独を埋められている魔王の前から、もしもユイねーちゃんが居なくなったら……。ちょっと待て。魔族の思春期っていつからだ。
「とりあえず、トールが誰かと結ばれた時点で女神の祝福が弱まると思うから、その時は遠慮なく、一番有力な魔王とトールがくっつくように全力サポートさせてもらうよ。現在協力関係でとても仲がいいみたいだし」
「待て止めろ。マジで止めろ」
「俺は俺が可愛いから。それにトールが魔王と仲良くなるのがいけないんじゃないか。まあ、そうなりたくなければ、トールは絶対姉さんの記憶を刺激するな」
なんつー無茶ブリ。
しかも刺激するなって、どうしたらいいんだよ。それに。
「ユイねーちゃんは、それでいいのかよ」
フレイの言う通りなら、ユイねーちゃんは何かを忘れているという事になる。それが良い事なのか、俺には分からない。
「俺は姉さんじゃないから分からないよ。だから俺は今、色々確認してるんだし。俺は俺が可愛いし大切だけど……姉さんが幸せなのが一番だから」
そう言って、フレイは何かに耐えるように、苦く笑った。