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73話 勇者の相談(ユイの困惑)

 ……この国の人は、私を嵌めようとしているのではないだろうか。

 そんな疑心暗鬼にかられながら街中を歩く。いつもは、良い人ばかりなのに、なぜこんな感想を抱いてしまうのかというと――。

「賢者様。頑張って下さい。あ、これおまけです」

「賢者様、身分の差なんかに負けないで下さい。おまけしておきますね」

「賢者様、身分違いの恋応援してます。あ、割り引いときますね」


 何のセールだ。賢者セールか?

 というか、何故私の顔がこんなに知られている? というか、何を応援しているのこの人たちは。と言いたい事は盛りだくさんだ。

 でも、おまけをつけてくれたり、割り引いてくれたりしているので、文句が言えない。何だこれ。というか。

「どうしよう。明日の私。臭い飯」

 575で辞世の句を読んでみるけれど、いやいや、私はまだ生きている。というか死ぬのは社会的にという部分であって、辞世の句を読んでも、残念なことに未来は続いている。


 現在何が起こっているのかと言えば、城下町で、私が魔王様と内緒で付き合っているという噂が実しやかに流れているのだ。ちょっと待て。何故私が、魔王様と身分違いの恋をしている賢者様になっているのだろう。誰か教えて下さい。というか、誰だその悲恋の主人公。少なくとも私じゃないぞ。ええ、明らかに特徴が私だけど、でも事実無根もいいところだ。

 というか、身分違いの前に年の差考えて。このままじゃ私はショタコンだ。

 否定しなければと、『そんなことないですよ。私は魔王様を敬愛しているだけのしがない使用人です』と何人かには言ってみたが、皆が皆、どういうわけか同情的になって、さらに応援された。ついでに早く子供が見たいと言われた。いや無理だから。子供に子供は産めません。

 というか、もう一度言おう。何だこれ。

 ちなみに同情ついでにお菓子を恵んでくれたりするので、もしかしたら、私の年齢をそもそも間違えている可能性もある。

 いや、若く見られるのは嬉しいし、お菓子をもらえるのも嬉しいけど。でも待って。お願い話を聞いて。こんな噂が流れているって、万が一ルーンさんにバレた日には、私の職業がなくなってしまう。ニートは養ってくれる人がいるからできるだけで、私では無理だ。社会的に終わりだ。


「特に、今のタイミングは本当にマズイのに」

 私はこの噂からある事を思い出して、ため息をついた。やはり、もう少しマシな辞世の句を考えておいた方が良いかもしれない。

 そう思うのは、先日フレイに魔王様の事をどう思っているかを訊ねられた事が原因だ。

 どう思うと言われても、魔王様は可愛い可愛い生徒であり、また可愛く素晴らしく頭がいい私の上司だ。とりあえず、この世界で一番可愛いと私は断言できる。

 それがどうかしたのかと確認すれば、逆に魔王様は私の事をどう思っていると思うかと訊ねられた。


 魔王様にとっての私。たぶん信頼はされていると思う。それから私の能力や知識をかなり高く買ってくれている。それはとても光栄であると同時に、どうにも騙している感もぬぐえない話だけど。

 私の能力は、本来それほど高くない。

 そう答えた私に、フレイはさらに付け足した。

「なら姉さんは、魔王が姉さんに向けている感情は信頼だけだと思う?」と。

 もちろん信頼はされているのは間違いないけれど、もしかしたら多少は日本の知識のおかげで尊敬もされているかもしれない。後は……好かれているのも間違いないだろう。良くぎゅうぎゅう引っ付いて来てくれているし。それがまた、可愛いのなんの。それに魔王様が私だけに見せる表情も可愛らしくて――と考えたところで、ふと気が付いた。

 もしかしたら、今の私は、魔王様にとっての憧れの先生状態じゃないかと。


 憧れの先生というのは、まあ良くある幼い子が絶対的信頼ある大人に対して心を開き、恋愛の対象として勘違いしてしまう事だ。

 もしかしたら今の魔王様はそれに近いのではないかと思い至った。だって、私に向ける笑顔が可愛すぎるし、他の人よりもスキンシップも多い気がする。

 あれ?この世界BLゲームじゃなかったの? と思わなくもないが、今はそのBLゲームが始まる本編前の状況。この世界の誰もがホモってたら、種の保存的意味でヤバい。普通に国がなくなる。

 だからふと、この時になって初めて、この世界にも普通の恋愛があって然るのだと気が付いた。若干今更だ。散々ハティーと結婚がどうのという話をしたのに、どうにも上手く頭が切り替えられていなかった。

 そしてその状況に気が付いてから、だんだんその意味の危険に気が付く。今の私、魔王様を誑かした悪女とみなされても仕方がない状況じゃないかと。

 えっ。それ、色々不味いし。

 特に私の場合、貴族ですらない状態で、家庭教師として働いているのだ。その上で魔王様を誑かしたなんて……例え誑かしてなくても、マズイ。現代日本で生徒に手を出したら懲戒免職だけど、ここは現代日本ではない。そもそも相手は生徒だけど、魔王様。この国の一番偉い人。手を出していなくても、明らかな汚点となりそうな私は、存在ごと抹消されてしまう可能性もぬぐえない。

 

 もしかしたら魔王様が私に、可愛らしい淡い恋心を持っているなんて、ただの私の妄想の可能性だってある。むしろソレが正しいだろ。いやそうであってくれ。

 でも、このままあの可愛らしい笑顔を見続けたら、今度は私が不味い気がする。今の私は『ユイ好きだ結婚してくれ』なんて上目づかいなんてされたら、その可愛さで勢いだけで頷いてしまいそうだ。わお。一瞬で私の命のともしびが消えるよ。ついでに世界も滅亡の危機だよ。

 というか、魔王様に好かれているのではないかと勘違いしかけている私がすでにマズイような気がする。私が、魔王様を好きすぎだ。魔王様と勇者をくっつける使命ががあるのに、このままでは、魔王様の言うままに行動してしまい、上手くそれすら実行できないかもしれない。


 とりあえずフレイのおかげで、私は現在、危険な状況になりかけている事に気が付いた。魔王様が恋心を抱いているかどうかは、確かな事が言えないけれど、どちらにしろ、周りに勘違いされそうな状況は良くない。勇者が変な勘違いしてしまう。勇者が悲しい顔をして、魔王様争奪戦から身を引いたらどうしよう。

 しかも町では実しやかに、とんでもない噂が流れているのだ。

「ああもう。魔王様の相手は、私じゃなくて、勇者君なのに」

 何で皆、私と魔王様が付き合っているなんて頓珍漢な噂話をしているんだろう。

 私はため息をついて頭を抱えた。


「あっ。ユイねーちゃん?」

「へ? あれ? 勇者君。御1人ですか?」

 町中で呼ばれてそちらを見れば、そこには勇者の姿があった。しかしいつも一緒のフレイやオーディン達はいない。

「ああ。うん。ちょっと……。ユイねーちゃんも1人なわけ?」

「はい。今度ハン伯爵領に行く事になりましたので、今日はちょっと買い物に来たんです」

 今日は折角だから、デュラ様に何か手土産を持っていきたいと思い色々見に来たのだ。またちょっとした旅支度の為でもある。ただ奇妙な賢者セールのおかげで予算以上に色々買えた……というか貰ってしまったので荷物が大量で、ちょっと買い物の域を超えている気がしなくもないけれど。

「そう言えば色々、お菓子も貰ったんです。一部一緒に食べてくれませんか?」

 お菓子をもらえるなんてすごくありがたい話なのだけど、あのお菓子をすべて食べたら、メタボ体型になってしまう。流石にそれは女として大問題だ。特にこの国の料理は日本よりもコッテリ派。今のところそこまで体型は変わっていないように思うが、体重計がないのでなんとも言えない。

 うん。お菓子も良く貰ってしまうし、気を付けよう。

「えっ? いいのか?」

 お菓子という言葉に、勇者の目がキラキラ輝いた。やっぱりお菓子の力は子供には万能のようだ。ただ魔王様やノルンは私よりずっとお金持ちなのでお菓子を上げるのもおこがましくて、今まであげられなかったのだけど。

 うんうん。可愛い奴なぁ。癒されるなぁ。


「あ、でも。ユイねーちゃんからお菓子貰ったら、魔王に今度は何て文句言われるか分かんねーしなぁ」

「へ?魔王様、そんな事で文句を言うんですか?はっ?!まさか、嫉妬?」

「そうなんだよ」

「なら、今度ちゃんと魔王様に言っておきますね。勇者君はお菓子をもらったぐらいで、魔王様から心変わりすることはな――」

「って、違うよ! 全然違うよ!!」

 私の言葉を遮って、勇者がツッコミを入れた。今、一瞬肯定してくれたのに。惜しいなあ。勇者が魔王様にデレさえすれば、魔王様もこころが揺れ動くだろうに。

「ユイねーちゃん。魔王が好きなのは、ユイねーちゃんなんだよっ!!」

「そんなことありませんよ。勇者君の魅力には、私なんて足元にも及びません。もしも今流れている噂を聞いて真にとられたなら、あれはデマです」

 だから今の話は聞こえません。

 そう笑顔で言ったが、勇者は納得していないようだ。これは噂話だけが理由じゃなさそうだ。……となると、やっぱり魔王様、私の事を憧れの先生扱いしてるんですね。

 勘違いであって欲しいと思ったけれど、駄目だったか。ここは一度、ハン伯爵領に戻って体勢を立て直す必要があるかもしれない。学校の先生に対する憧れは、大抵卒業してしまえば終わる。つまりこの場合は家庭教師の仕事を終えてしまえば終わる話だとは思う。

 今のところ家庭教師の悪女説な噂は聞かない。でもそんな噂が流れた時点でアウトだ。そうなる前に逃げるなりの対策を取った方が良いだろう。


「ユイねーちゃんにとって、魔王は子供かもしれないけど。お願いだから魔王を捨てるなよ。ついでにフレイの事も」

「えっと、それは私にショタコン変態の悪女になれと?」

「しょたこん?」

「いえ、何でもないです。というか、えっと、魔王とフレイを捨てるなと言われても……」

 勇者から出たとんでもない言葉に、つい素に戻って、教育上悪い言葉を吐いてしまったが……捨てるなって。そもそも魔王様もフレイも私に拾われた覚えすらないだろう。

「ユイねーちゃん。俺、フレイとか魔王とかみたいに頭が良くないから」

「まあ。フレイ君や魔王様はすごく頭が良いですもんね。でも勇者君も賢いと思いますよ」

 同世代に比べれば、この年で国を代表して異国に来れるのだから、かなり優秀だ。両親なしの旅はさぞかし心細いだろうに。

「別に慰められたいわけじゃなくて。えっと。腹を割って話そう。たぶん、それが一番だと思うんだ。3人寄ればモモタロウじゃなくて――」

「文殊の知恵ですね」

「そう。もんじゅのちえ。前、フレイに教わったんだけど。とにかく、ユイねーちゃんが俺と魔王をくっつけようとするのにも理由があるんだろ? だから、情報を交換しよう。このままだとお互いマズイと思うんだ」

 確かに。

 私もゲームでない勇者君を良く知っているわけではない。協力できるならお互い協力しあった方が得策だ。私もそれほど頭が良くない派の人間だし。

「分かりました。じゃあ、飲食店に入りましょうか」

 そう言って、私は勇者を飲食店に誘った。

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