71話 ヨルムの相談(ユイの心配)
「……えっと、どうぞ?」
「いただきます」
ヨルムが私の部屋へ訪ねてきてくれたけれど……遊びに来たという雰囲気ではない。いつもだったらノルンと一緒なので、お仕事なのだが、今日はノルンもいないので、完全オフだ。だから仕事でもない。
うーん。
元々言葉数が少ないヨルムなので、どう話を持っていくべきか。
部屋の入口のところで、少し話がしたいと声をかけられたので、話があるにはあるのだろうけれど。
「賢者様が、人身売買について調べていると聞いた」
「あ、はい。そうだけど」
お茶を一口飲んだヨルムは、唐突に私に話を切り出した。
「それはとても危険」
「あ、心配してきてくれたんだ。ありがとう」
なんだ、そうだったのか。つまり美人さんなヨルムと私は無事友達になる事が出来きたという事か。わざわざ心配してきてくれたなんて、結構慕われてるんじゃない?と嬉しくなる。
「貴族を敵に回すと、周りも不幸になる」
……おっと。私の心配じゃなかったのか。むしろ忠告的な。
結構頑張ってあいさつしたんだけどなぁ。でも忠告を言いに来てくれるだけ嫌われているわけではないと前向きに考えよう。ヨルムから話してもらえるのだって、結構レアなのだし。好きの反対は、無関心という言葉も聞いた事がある。
「周りというのは、ノルンの事?」
「お嬢様だけではない。貴方を含めた周りすべて」
「なら調べない方が良いとヨルムは考えているの?」
感情に任せて話せば、無口なヨルムが黙ってしまうと思い、私はできるだけ心を落ち着かせて話そうと努力する。
でも自分のやろうと思っている事を真っ向から否定するならば、私もちゃんと反論をしなければ。私は間違った事をしているつもりはないし、赤毛の女の子探しは優先事項なのだ。
しかしヨルムは私の質問に首を横に振った。
「分からない。賢者様がやる事だから間違いはないと思う」
「ええっと、賢者だけど、間違える事もあるよ?」
や、やりにくいなぁ。
否定するのかと思えば、そうではなく、若干肩透かしだ。……どうにもヨルムの話はわかりにくい。しかも私のことを、相当賢い人だと勘違いしているっぽいのも加わって、少し困る。私は確かに賢者という役職にはついたけれど、実際はそんなすごい人ではない。どちらかと言えばアホよりだと思う。……ほんとすみませんなレベルで。
「私は多分、彼女を止められなかったことを後悔しているのだと思う」
「彼女って……」
誰の事かと思って、ふと、ヨルムが斬り殺したノルンのメイドの事ではないかと思った。
しかし口に出すには、中々はばかられる内容で口ごもる。もしもその事ではなかったらヨルムに嫌な思いをさせるのではないかと思うと言葉にできない。
そんな私の気持ちを察したのか、それともタイミングの問題かヨルムはそのまま話し続けた。
「彼女は分かって欲しかったからお嬢様を連れ去ろうとした。でも無理だった時、他の仲間に迷惑になりたくないと言って私に殺して欲しいと頼んできた」
「どうして、そんな……」
「私は殺しなれているから」
どうやらヨルムは私の言葉を、どうしてヨルムに殺して欲しいと頼んだかという意味に捉えたようだ。しかし、私が聞きたかったのは、どうして死ぬことが仲間に迷惑にならないことにつながるのかという点だ。
だけど、ヨルムの殺しなれているという言葉も気になる。だって、普通のメイドは殺しなれていたりはしないのだから。
どこから聞けばいいのか分からない。
「私は、その為に旦那様に買われた」
「買われたって……。ヨルムはもしかして――」
私が言葉に迷っていると、ヨルムがさらに言葉を付け足した。その言葉はとても聞き流せるような言葉ではない。
コンコン。
不意に扉がノックされて、私はビクッと扉を振り返る。
「姉さん、今って時間ある?」
「えっ、フレイ君?」
どうやらタイミング悪く、フレイがここへ遊びに来てしまったみたいだ。
しかしヨルムが結構深刻そうな相談をしてくれているのだから、また後にしてもらった方が良いだろう。申し訳ないけど断ろう思って口を開きかけた時、カタンと音を立ててヨルムが椅子から立ち上がった。
「失礼します」
「えっ、ちょ。待って。色々話したいことがあるんだよね」
「大丈夫。話したから」
いやいや。私が全然納得できていないし。
出て行こうとするヨルムの手をつかもうとするが、するっと躱されてしまう。さすがヨルム。戦うメイドさんの能力は只者じゃない――って、感心している場合じゃなかった。
「ねえ。私に、何をして欲しいの?」
ヨルムに続くように部屋から飛び出てきた私にフレイが驚くが、それに構わず、私は大きな声でヨルムに聞いた。ヨルムはあまり自分の事を話さない。だから今日わざわざここまで来たのは、普段話さないヨルムのからSOSじゃないかと思った。
「私はそんなに頭も良くないから。言ってくれないと、ヨルムの事分からないし。助けになる事も出来ないの」
ヨルムは無表情のまま振り返った。そして私をジッと見る。その目はどこかすがるようにも見えた。
「私に……貴方を殺させないで」
「えっ?」
「できるなら……私は、誰も殺したくない」
一瞬、私を殺せと言う命令をされているのかと焦ったが、そういうわけではないようだ。たぶん私と、ヨルムが殺したメイドが被るのかもしれない。
「私は、絶対ヨルムにそんな命令もお願いごともしない」
ヨルムは買われたと言った。殺し慣れていると言った。それが示す理由は……たぶん、貴族ならではの後暗い部分に関わるような気がする。ノルンは好きだけど、だからといってノルンの家が正しい褒められないことをしていないとは言えない。
「今すぐは無理だけど……、私、ヨルムを買うから。できるだけ早く。そうしたら、一緒に来て」
人を買うとか嫌な言葉だ。でもたぶんノルンにはそうしないといけない気がした。
「ありがとう」
ヨルムは薄く……でも笑った。
そして再び無表情になると、踵を返し私の前から去っていった。
「ごめん。タイミング悪かったみたいだね」
しばらくしてヨルムを見送っていた私に、フレイは遠慮がちに声をかけてきた。
「えっと。大丈夫?」
「へ?大丈夫だよ」
「いや。えっと、何だか、フラグみたいな会話だったし」
そう言って、フレイは場を和ませようとするように笑った。
心配させるほど酷い顔をしているだろうか。私は頬押さえる。でもきっと買われたという言葉が、すごく私を動揺させたのだろう。もしかしたら、理不尽な状態でこの世界に飛ばされた自分と、理不尽な状況に置かれたヨルムが被ったのかもしれない。
「フラグって、何が?」
「ほら、無事に帰ってきたら○○するんだっていうと、必ず死ぬみたいな?」
「確かに……って、縁起でもない事言わないでよ」
でも言われてみると、そんな会話だった気もする。この世界がゲームの世界だと仮定すると、自分でフラグを作ってどうするんだという感じだ。
「確かに、縁起でもないね。ごめん……本当にごめん」
「あっ、いや。そこまで怒ってないよ? ね?」
元気なく謝るフレイに、私は手を振る。別に本気で、フラグ的な事を言ったら死ぬだなんて思っていないし、私も冗談で返したつもりだった。しかしフレイは真にとってしまったようだ。
「えっと、それで、どうしたの?」
「ああ……。姉さんに色々確認したい事があったから」
「確認?とりあえず、部屋の中に入って」
私は何だろうと思いながら、フレイを中へ招く。
「姉さん」
「ん?何?」
ヨルムに出したお茶を下げて、新しいものを入れているとフレイが声をかけてきた。振り返るとフレイが何かを拾っている。
「あ、ごめん。掃除、まだしてなくて。ごみなら、そこのごみ箱に入れて」
「……姉さんは……」
めらいがちにフレイが話を切り出そうとする。しかし言いづらい事なのか言葉が止まる。私はもしかしたら大切な事を聞かれるのではないかと、作業する手を止めた。
「姉さんは、魔王の事どう思ってる?」
フレイは意を決したような様子で私にそう切り出した。




