67話 ペガサスの遊覧(勇者の地獄)
神様あんまりだ。
俺はペガサスに乗ってから、女神を心底呪った。確かに9人中、女は2名。ソリの数は3つ。確立としては結構低い。でもさ、それでもさ。
「どうして……」
呪いとしか思えない。俺の隣にはフレイと魔王。せめて男同士でも、もう少し穏やかな空気になるような2名が揃えは良かったのに。
「少しはシスコンを自粛したらどうだ。見ていて痛々しいんだが」
「それは申し訳ありません。姉さんとは昔から仲がいいので。ええ、出会って日が浅くて、一方通行中な方とは違って、どうしても仲良しさが醸し出されてしまうんですよね」
「誰が一方通行だ」
「えっ? 俺は魔王様の事だなんて言ってないですよ? ああ、それともそういった自覚がおありでなのですか?」
……誰か、助けて。
俺は皆を助けなければいけない勇者だけど、今は救助を求めたいような、そんな気持ちになる。
2名の仲が悪いのは知っていた。魔王はユイねーちゃんが好きだし、フレイはシスコンだし、どうしても合わないのも分かる。でもこの密室空間にも等しい場所で、嫌味の応酬はやめて欲しい。特に頭の良い二人なので、嫌味が途切れる事がないのが辛い。
折角頭がいいなら、嫌味を言わない方が建設的だと考え直してくれないものか。ペガサスからの風景は絶景な気がするが、どこで2人の口喧嘩が魔法の応酬戦に代わるのか分からないのでひやひやする。いくら勇者でも、この高さから墜落したら助かる事は出来ない。
「あ、ほら。2人ともユイねーちゃんが手を振ってるぞ!」
「えっ? 姉さんが?」
「ユイ? どこだ?」
俺がユイねーちゃんのソリに手を振ると、魔王とフレイも同様に手を振った。ユイねーちゃん効果、流石過ぎる。
ああ、ユイねーちゃんが恋しい。
とりあえずしばらくは和やかな雰囲気なるかと思ったが、ユイねーちゃんが手を振るのを止め、こちらを見なくなると2人の第二ラウンドが始まった。マジで止めてくれ。
「そうえば、ユイと一緒に乗っている奴らは問題ないのか?」
「問題?」
しばらくして、魔王もさすがに嫌味の言い合いに飽きたらしく話を変えてきた。
「その、ユイは可愛いからな」
ポッと少しだけ頬をそめ照れるが、俺からしたら、惚気るんじゃねーよ、ケッという気分だ。大体自分自身が、ユイねーちゃんに可愛い可愛い言われている状態な癖に。
「バルドルはお子様だから大丈夫だよ。ウル先輩は……珍獣好きな嗜好の部分に引っかかると、珍獣的意味合いで好かれる可能性はあるかもだけど」
「あー、それはあるかも」
ユイねーちゃんって、なんか変わっているし。
何がどうとか言いにくいんだけど、ただの人とは思えない。例えばあの地味さ。化粧をしても地味とか普通に考えておかしい。俺の目には普通に綺麗になったように見えたけれど、あの魔王ですら言葉を濁したという事は、その差が分からないのだと思う。
勇者である俺に分かってそれ以外に分からないという事は、何となく魔法的なものを感じる。でもユイねーちゃん自身はそんな魔法を使っているわけではないみたいだし。
俺と同じで呪い的なものだろうか。
「まあ、姉さんが選ばなければ済む話だけどね。姉さんにも選ぶ権利があるから」
「そうだな。ユイが選ばなければいいだけの話だな」
「まあ姉さんの相手は俺がちゃんと厳選するし」
「ユイの気持ちを無視するのはいかがなものかと思うが?」
少しだけ慣れてきて、フレイの言葉が敬語ではなくなってきている。でも寒い。スゲー寒い。何でこんな狭い空間でお互いで牽制しあってるんだよ。
俺はそんな会話を聞きながら、ぐったりとした気分で降下していくペガサスと共に、上空の旅とさよならをした。
「話は変わるけど、魔王様は姉さんがデュラ様に助けられた時の事は聞いている?」
「ユイが助けられた時?」
「姉さんは人さらいにあったらしいけどその犯人は――」
何かフレイがユイねーちゃんについて魔王に探りを入れているようだが、俺は地面に着いた瞬間、そんな話よりも、生きて生還した事に感謝した。マジで怖かった。
にしてもフレイの奴、魔王に人さらいの話を聞いてどうするんだろう……まさか復讐?!
フレイは虫を殺すのでもためらうようなタイプだという事は知っているが、ユイねーちゃんへのシスコンっぷりを見ていると、本気で一線を越えてしまいそうな雰囲気がある。
「う、うわぁぁぁぁん」
怖ぇーよ。魔王とかも普通に復讐しそうだよ。人さらいにあうとか、ユイねーちゃんはすごく可哀想だし同情はする。でもその復讐が頭脳タイプ2名から行われるかと思うと、想像もしたくないぐらい怖い。
俺は一目散に2名から離れ、癒しを探した。
もう無理。寒すぎる。そして見つけた癒しに、俺はダイブした。
「ユイねーちゃん!!こ、こわかったよぉ」
ギュッと抱き付いたユイねーちゃんは暖かくて、手の先まで冷たくなった俺を温めてくれる。ああ、もうユイねーちゃんはアイツらの隣にいて。そして暴走しないように見守ってやって。
「あれ? 勇者君も高いところが苦手だったんですね」
違うよ。全然違うよ。
ユイねーちゃんの鈍さはおかしいレベルだ。でも俺もさっきまでの寒さを上手く表現できずに、ユイねーちゃんの言葉を否定できない。
というか、告げ口したら、俺が殺れる。
「トール」
「勇者」
「ひぃっ」
きやがった、腹黒2名が。声にまで禍々しさを感じるのは、俺の思い込みか。
「勇者君呼ばれてますよ」
「ゆ、ユイねーちゃん。お願い。ちょっと癒して。もう、俺には無理。あの空気は耐えられないっ!!」
「あの空気? もしかして寒かったですか?」
だから違うって。
ユイねーちゃんは、全然魔王とフレイの言葉に禍々しさを感じていないみたいだ。
そんな事を考えていると、魔王に引っ張られ、ユイねーちゃんから引きはがされた。そして、魔王がユイねーちゃんにくっつく。
と、とりあえず、俺は助かったのか?
ドキドキしながらその様子を見ていると、今度はフレイが魔王を引きはがしてユイねーちゃんにくっついた。
さ、流石、ユイねーちゃん。2人がぎすぎすしているにも関わらず、慈愛のこもったようなまなざしで見守っている。
何というか、大物だ。やっぱりユイねーちゃんは普通じゃない。
「トール、彼女は不思議」
「へ? あっ。ウル先輩もそう思います?」
ソリから降りてきたらしいウル先輩が、しりもちをついた俺の腕を引っ張って立ち上がらせてくれた。あの魔王とフレイを前にして、可愛いで終わらせてしまうユイねーちゃんは確かに不思議な存在だ。
「色々おかしい」
「えっと、まあ変わってはいますけど」
おかしいって……。女性に対してその言葉はどうなんだろう。うーん、母ちゃんならアウトッ!って言いそうだよな。褒め言葉ではないのは確かだし。
「フレイと同じ匂い」
「ああ、親戚とかって聞いてるから」
「でも違う」
うーん。何が言いたいのだろう。
「人のようで、ヒトじゃない。大人のようで、大人じゃない」
「えっと、謎々ですか?」
ウル先輩が饒舌なのはびっくりだけど、全然俺には理解できない。
「彼女は真実だけの存在じゃない」
「はあ」
これは気を付けろと言いたいのだろうか。ユイねーちゃんと話してみた限り、そんなに危険なようには感じなかったのだけど。
でも、ウル先輩の勘は結構当たる。エルフの血がもたらすものなのか、良く分からないけれど。
「たぶん、彼女も気が付いてない」
「えっと? つまりどういうことです?」
駄目だ。読み切れない。
せめてこれが、付き合いの長いテュール先輩だったら分かりそうなんだけど、俺ではウル先輩の話は理解の限界を超えていた。
「だから、変」
「つまり気に入ったと?」
「興味深くはある」
「えっと、あそこに参戦します?」
俺は魔王とフレイの不毛な対決を指さした。ユイねーちゃんは相変わらず、あまりじゃれ合ってはダメですよと頓珍漢な事を言っている。
いやいや。もう一歩先に進むと、多分殺し合いになるから。あれはじゃれ合いのレベル超えてるから。
「それとは違うからいい」
「そうですか」
やはり珍獣的な意味で気に入ったらしい。まあ、ある意味良かったのかもな。これ以上危険人物に好かれたらユイねーちゃんが可哀想だと思った俺は、色んな意味でほっと息を吐いた。




