66話 ペガサスの遊覧(ユイの引率)
「ひゃぁ。高いですねぇ」
私はペガサスの後ろにあるソリに乗った状態で下を見下ろす。
おお。人がごみのようだ――って、ダメダメ。これは目が見えなくなったり、墜落するフラグの言葉だから。なんて馬鹿な事を思いながら、祭りを見る。でも、実際人の量は半端ない。
「あ、魔王様!」
私は、魔王様と勇者、そしてフレイが乗ったソリに手を振る。すると全員で手を振りかえしてくれた。うん。うん。表情までは見えないけれど、仲良く乗れているようだ。魔王様と勇者がより仲良くなれるように頑張れとフレイに心の中でエールを送る。
その前を走るソリにはオーディンとノルン、そしてテュールが乗っている。ノルンのクジ運は素晴らしい。テュールは若干魔族が苦手なようだが、いくらなんでも年下の女の子を苛めたりはしないだろうし、大丈夫だろう。
そして私は一緒に乗る事になった、バルドルとウルを見た。
ゲームでのバルドルは一途に勇者を慕う年下の男の子。ただし選択を失敗するとヤンデレになるという、聖職者とは真逆の顔を持つ子だ。何それ美味し――じゃないない。
ただしGOODENDでは、忠犬のような子だった。ウルは寡黙な青年で、このゲーム内1の美形。どうやらエルフ族の血が入っているらしく、少し天然が入った不思議な人だった。
でもそれはまだ先の話で、今隣にいるのはプルプルと震える小動物のようなバルドルと、綺麗な顔だけど何を考えているのか分かりにくい少年のウルだ。
魔王城に来てからまだあまり話した事のない2人なので、どんな性格なのか読み切れない。
「えっと、大丈夫ですか?」
性格は読み切れないが、バルドルがすごくビクビクしているのだけは分かる。えっと、もしかして高所恐怖症なのだろうか。
「だだだだだっ」
たぶん大丈夫と言いたいんだろうなぁ。
バルドルはきほん心優しい少年だ。きっとここで怖いと言ったら困らせると思ったのだろう。でも大丈夫とも言えていないのがバルドルらしい。ゲームの中でフレイや魔王様に比べて、できる男というイメージは薄い。
「ちょっと深呼吸してみましょう。吸ってー、吐いてー。吸ってー、吐いてー。後は下を見ると怖いだろうからちょっと空を見て見ましょう。私が手を握っていますから。安心して下さい」
そういって私は空を見させる。
いつもと違い何もない青空というものはとても綺麗だ。星空だったらロマンチックだったりするんだろうなと思う。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。でもすごく贅沢ですね。青空を独り占めした感じがしませんか?」
「そうだな」
おお、ウルが喋った。
寡黙な少年の声を初めて聴いて、私はびっくりする。というか流石エルフ族。声も素晴らしく綺麗なアルト声だ。きっと声変わりをしても、素晴らしい美声なのだろう。
とはいえ、声を聴いて驚いただなんて失礼極まりないので、できるだけ押し隠すようにする。
「えっと、ウルさんはペガサスに乗るのは2回目ですよね」
そう聞くと、ウルは首を横に振った。
おや? ウルがペガサスに乗ったから皆乗りたくなったのではなかっただろうか?
「違うのですか? もしかして初めて?」
その言葉にも首を振る。そして少しおっとりとした動作で、こてっと横にひねるように首を倒した。
「5回目。ペガサスの背にも乗せてもらった」
「おおっ。そうでしたか。ウルさんは、動物が好きなんですよね。こちらでの生活を楽しんでいただけてうれしいです」
というかペガサスの背に乗ったって、結構チャレンジャーというか、本当に好きなんだなと思う。落馬したら確実に死ぬ。
「ありがとう」
「へ?」
手を握ってあげているバルドルではなくウルに御礼を言われて私もウルのように首をかしげる。
何かお礼を言われる事をしただろうか?
「貴方がペガサスに乗れるよう手配してくれたと聞いた」
「ああ。その事でしたか。どういたしまして」
本当の目的は、勇者から引き離す為だったんですけどね。
……勇者と魔王様の仲を取り持つ為とはいえ、何だか悪の幹部っぽい理由だ。下心がしっかりあったりするので、素直にお礼を言われると、ちょっと心が痛む。でも喜んでくれたなら一生懸命考えたかいはある。
「僕もいっぱい絵を見せてもらえて、すごく楽しかった。魔王城の絵は金箔を使っていて凄いね。でも最近の遠近法が使われた絵はもっと凄いと思った! 世界はとても広いんだね」
「それは良かったです」
魔王様のおじい様の時代は金箔を使った豪華な絵が流行りだったとルーンに事前知識として聞いている。
にしても、バルドルはすごく素直でいい子だ。でも素直すぎて戦争が起こらなければ、本当に絵画を巡る旅に出て、絵師となっていそうだ。それもそれでどうなんだろう。将来設計としてありなのか?
「でも、賢者様って僕が絵が好きって良く分かったね。教会では誰も知らないと思ったのに」
あはは。それは前世の記憶があるからですよ――なんて言えない。
バルドルは絵が好きだったが、聖職者としての適性が類稀ないものだった為に、戦時ということもあって夢を諦めなければならなかったのだと本編で描かれていた。バルドルは両親に教会へ売られた子で、そこしか生きる場所がなかったらしい。
……そう言えば、勇者一行ってそれぞれ何らかしら闇を抱えている人が多い気がする。魔王様は幼くして魔王にならなければならなかった為孤独で、フレイは周りよりも賢すぎた為孤独だった。バルドルは親に売られてしまった為で、ウルが種族の違いから――偶然だろうか?
でもまあ、そうやって闇を抱えているようにしないとキャラ立ちしないからかもしれないけれど。
「アース国の情報網は凄いんですよ」
「へえ。そうなんだ。凄いんだね」
バルドルはきらきらしたお目目で私を見て感心したように笑う。
バルドルが純粋でよかった。ウルはもしかしたら納得していないかもしれないが、特にそれに対して何かを言う気はないようだ。
「そう言えば、賢者様は魔族なの?」
「へ?」
「なんだか、人族みたいに見えるけど」
バルドルの質問に私はどう答えていいものか迷う。人族だったとは思うが、不老っぽい私は果たして今も人族の枠組みに入れていいものか。
「元々は人族でしたが……」
「フレイと同じ匂い」
「ああ。そっか。フレイの親戚だもんね。でも親戚だとすると、昔から賢者様は魔族領に住んでいたの?」
えっ? 匂い?
バルドルはウルのちょっと問題っぽい発言を普通に流したが、私はぎょっとする。匂いって何だろう……。本当に匂うわけじゃないよね。
雰囲気が似ているという事だろうか? まあ、一応前世で兄弟だったわけだし。
どちらにしても鋭いというか、野性的というか……。エルフの血が流れているからだからだろうか。侮れない。
「いえ。ちょっと事情があり、自分の国に帰れなくなってしまて、この国に今はお世話になっているんです」
人さらいに会って――なんて話をしても楽しくはないので私はさりげなく話を流す。
実際、私がここにいる理由は相変わらず分からない。神様とか出てくることもないし、かといって召喚術で人の召喚に成功したぜという話も出てこない。
「そうなんだ。賢者様は、前はフレイと一緒に暮らしていたんだよね? またフレイと一緒に暮らしたいとか思わないの?」
「……どうでしょうねぇ。あ、そろそろ終わりみたいですよ」
タイミングよくペガサスがゆっくりと降下し始めた。
降下をするとジェットコースターで降りる時のような浮遊感を感じる。固定ベルトがあるからどこかにどび出てしまう事はないだろうけれど。
「ひぃっ」
バルドルはこの浮遊感が相当怖いらしく、顔を青くして、ギュッと目を閉じた。
そんな姿を見ながら、今の質問に答えを言わなくてもすんだ事に少しだけほっとする。
フレイと一緒にに住みたいか否か。フレイは確かに弟だけど弟じゃない。だからフレイとと言われると、NOだ。いや、暮らしたくないわけではないけど、あえて暮らす必要はないと思う。だって、フレイは陽ではなくて、そこにはフレイの暮らしがあるのだから。
私が答えに詰まったのは、私自身が日本に帰りたいかどうかの部分だ。
もちろん日本に帰りたくないわけではない。仕事先の事も気になるし、向こうの世界に両親も友人もいる。だけど、この国にも私は居場所を作ってしまった。
責任ある仕事をもらって、友人に囲まれて、魔王様に必要とされて――。それは、簡単に手放してもいいと言えるほど小さなものではなくなってきている。
この世界のBADENDを回避したら、少しでも早くこの場から立ち去らないと私は間違った答えを選んでしまいそうだ。ここは私がいるべき場所ではなくて、赤毛の女の子に場所なのに、その事に目を瞑ってしまいそうになる。
すべてが終わったら――そうしたら、今度は何処へ行こうか。
そろそろ考え始めるべきかもしれない。この任務も、勇者一行が母国に帰るころが潮時だろう。魔王様と勇者が仲良くなれば、政治とか無理ゲーな私にできる事なんてない。後は戦争が起きない政治をきっとしてくれるだろうと魔王様やルーンを信じるだけだ。
「ユイねーちゃんっ!!」
地面にペガサスが降りソリから降りると勇者が私の方へ駆け寄ってきた。そしてドンと私に抱き付く。
「こ、怖かったよぉ」
「あれ? 勇者君も高いところが苦手だったんですね」
ちょっと意外だが、でも勇者だから何にも怖くないなんてことはないだろう。
私は半泣きの勇者の頭を撫ぜる。
「トール」
「勇者」
「ああ、2人もお帰りなさい」
勇者から1テンポ遅れてやってきた2人は、勇者を呼んだ。怖がっていた勇者を心配したのかもしれない。
「勇者君呼ばれてますよ」
「ゆ、ユイねーちゃん。お願い。ちょっと癒して。もう、俺には無理。あの空気は耐えられないっ!!」
「あの空気? もしかして寒かったですか?」
風を切って飛行するので大変だったかもしれない。
そう思っていると、魔王様が勇者を引っ張りはがした。
「ユイただいま」
「はい」
わあ、可愛い。
少し不安げな顔で私に抱き付いてきた魔王様の頭を続いて私は撫ぜる。魔王様も怖かったのだろうか?そんな魔王様を今度はフレイが引きはがした。
「姉さんただいま」
そう言ってフレイはニコリと笑う。どうやらフレイは高所恐怖症という事もなくて怖いという事はなかったようだ。
でもなぁ。
「フレイ君は抱き付いてくれないんですね」
若干期待してしまった。
でもそうだ。フレイは前世の記憶を引き継いでいるのだから、ただの子供とは違う。可愛い外見をしているというのに残念だ。
「えっと……ただいま」
そう言って、フレイは少し困った顔をして私に本当にわずかな力で遠慮がちに抱き付いた。
「はい、お帰りなさい」
私の望みをかなえてくれたフレイの赤色の髪を撫でる。ああ、すごくいい子だなぁ。弟もそう言えば小さい時は引っ付いてきたっけと思うと、ふにゃんと顔がゆるむ。
「フレイ、離れろ」
「姉さんが望んだからくっ付いているだけだよ」
どうやらペガサスに乗っている間に、フレイと魔王様も仲良くなったようだ。うんうん。良かった、良かった。
私はじゃれ合っている2人をみて、大切な人がいるこの世界をBADENDには絶対進ませないと、心の中で呟いた。




