48話 トイレの絵画(ユイの後悔)
「ユイっ! 遊びに来たわよ!」
さあ、遊びなさい。今すぐ遊びなさい的な雰囲気のお嬢様の身長に合わせて私はしゃがむ。金色にも見える琥珀色の瞳がキラキラしていて、大変可愛らしい。
「ノルンちゃんこんにちは」
「あっ。こんにちは」
「はい、よくできました」
挨拶をしっかりできたノルンの頭を私は撫ぜる。魔王様も可愛いけど、女の子というのもやっぱり可愛い。
でも礼儀だけは身に着けさせないと、将来オーディンを落とせなくなるので、ここは厳しくしないとだ。挨拶とお礼は大切である。
「ヨルムもこんにちは」
「こんにちは」
ノルンに連れられてきた、銀色の髪のメイドにも挨拶をすると、少しだけ戸惑ったかのように挨拶を返してきた。相変わらず、人形のように整った顔をした美人さんだ。ぼんきゅんぼんではなく、どちらかと言えば、私よりな体型だけど、綺麗な顔立ちというのはお得である。
「挨拶ぐらいできて当たり前よ。それより、折角遊びに来たんだかから、遊びなさい」
ノルンはヨルムから自分へ注目が行くように、私の服の袖を引っ張った。人の話に割り込むのもあまりよくないが立場が貴族だというのを考えると、これぐらいは目を瞑るべきだろう。それに、しぐさが可愛いのでついつい甘やかしてしまう。
「仕事が終わったらいいですよ」
「仕事?」
不思議そうにするので、私は今まで書いていた絵を見せる。
「何これ」
「風景画です。これを下絵にしてタイル貼ってドット絵を作ってもらって、魔王城のトイレの中を飾ってみようかと」
本来そんなにトイレを煌びやかにする必要はないの。しかしこの間貴族がトイレを使った際の声の中に、地味というのがあったのだ。
確かに下町とかは、効率優先でいいかもしれないが、綺麗なものに囲まれた貴族からすると物足りないのかもしれない。無駄だと思いつつもトイレ普及の為に、私はトイレにタイルを張り綺麗にすることにした。それに水が飛んでもタイルならばあまり傷まないしちょうどいい。
「なんだか、この絵は変だわ」
「変ですか?」
「だってお父様が買ってきた絵はこんな見たままの絵じゃないもの。どうしてこんなに奥行があるの?」
変と言われて、やはり素人には限界があったかと思ったが、どうやらノルンが変と言ったのは私が使っている技法の所為だったようだ。
「これは遠近法を使って書いているからですよ。一点の視点を書いて視点に近いものほど大きく、遠いものほど小さく描くんです。トイレはどうしても狭いですし、広がるような絵の方が少しでも広々と感じるかなと」
どうしてもプロの絵師には負けてしまうが、これでも学生時代は、美術で5をもらっていたのだ。それが災いして腐女子な絵も量産してしまったが、それでもそこそこ見れる絵は描けていると思う。
「ちょっとだけ廊下に出てもらっていいですか?」
言葉で説明しても分かりにくいかと思い、ノルンを連れて長く続く廊下がみえる場所に移動する。そこで私は人差し指と親指を使って四角を作った。
「この四角が絵の枠とすると、一番奥から廊下の線が放射線状に広がっているようにみえませんか?この一番奥が先ほど言った視点になるんです」
私の真似をしてノルンも指の間から廊下を眺める。そしてはぁとため息をついた。
「ユイって本当に賢者様よね。ユイが魔王様の家庭教師じゃなかったら、絶対うちに来て貰うのになぁ」
「駄目ですよ。それにたぶんお父様も良しとしないんじゃないですか? 私はハン伯爵の領地出身ですし」
ハン伯爵が嫌がりそうならば、止めておくべきだ。それに魔王様もむやみに貴族についていくのはよくないと言っていた。ゲイル伯爵が悪い人とは言わない。しかしあっさりとノルン付きのメイドを殺したのがどうしても引っかかってしまうので、ノルンには悪いが、あそこで働くのは無理だ。
正当防衛と言ったって、果物ナイフを持つ手を払って捕える事だってできたと思う。まあ素人考えにすぎなくて、殺すのが正解だったのかもしれないけれど。
たしかその時殺したのは、銀髪のメイドと聞いたので、たぶん今ノルンに付き添っているヨルムの事だろう。仲間だった少女を殺した時、ヨルムはどう思たのか。
「でもユイは私の恩人だもの!」
「恩人というほどではないですよ。結局私も私以外の人に助けられているのですから」
ヴィリがいなければどうしようもなかったし、ああやって人を呼ぼうととっさに思い付いたのは、魔王様のおかげだ。そうでなければ、私が果物ナイフで刺されてBADENDを迎えていた可能性は十分ある。
「ねえ、ユイは他には絵を描いていないの?」
「ああ。ルーンさんから頂いた紙に何枚か下絵を描いたのが、そこのテーブルの上にあると思います。どういった絵がいいか、色々書いてみて考えていたんですよ」
「ちょっと見てもいい?」
「ええ。どうぞ」
ノルンの相手をしてあげられないので、私はノルンの好奇心の赴くままにしておくことにした。どうしても私の部屋は子供が遊ぶものがない部屋だ。そもそも、ノルンぐらいの子はどんなふうに遊ぶのかが分からない。
現代日本だとテレビゲームとか色々遊ぶための道具が溢れていた。しかしこの世界には、あまりない気がする。
もちろん、探せばあるのだろうし、子供は道具なんてなくても勝手に遊ぶのだろうけど。でも、やっぱりせっかくならと思ってしまう。かといって、おばあちゃんの知恵袋的な竹とんぼとか、私自身遊んだことがないしなぁ。
ノルンが部屋の中へ走っていったので、唐突に廊下で私はヨルムと2人きりになる。ヨルムが怖いという事はない。でもメイドを殺したのがヨルムだと思うと、何とも言えない気分になる。
「ヨルムは、どうしてノルンのメイドが、ノルンを連れ去ろうとしたんだと思う?」
どうして殺したのなんて、答えにくいだろうし、私も聞きたくない。でもどうして死ぬようなことになってしまったのかは私も気になるところだった。なので、折角だからと声をかけてみる。
「彼女は……自分の正義を貫いただけ」
「自分の正義?」
ヨルムは相変わらず無表情なので、答えてくれないかと思ったが、小さな声で答えてくれた。
「だから、彼女は死を選んだ。賢者様の責任はないので、気にする必要はない」
「ちょっと待って。どういう意味? 最初から死ぬ気だったの?」
自暴自棄になったのではなく、死ぬ気だった?
何で? そもそも彼女の正義とはなんなのか。
「それを伝えるのは、彼女の意に反する。だからお伝えできない」
「……それが貴方の正義?」
彼女の意にそう事が、ヨルムの正義なのだろうか。しかし、ヨルムは首を振った。
「私は何もできない人形。正義も何もない。ただ命令に従うだけ。彼女にも頼まれたから、秘密を守ってる」
ヨルムはそう言って私に頭を下げると部屋の中へ入っていった。
つまりヨルムは事前に何か頼まれていたという事。
何を頼まれたのだろう。凄く気になるが、今ヨルムに聞いたところで、秘密を守っていると言われてしまっているので答えてくれそうもない。
でも、人形ってなんだろう?
比喩表現ポイが、剣で戦えるメイドをしているだけで、十分何もできなくはないんじゃないだろうかと思う。とりあえず、私は剣とかさっぱりだ。たぶん相手を切ろうとして自分を切っているタイプである。
どちらにしろ、ヨルムともっと仲良くなって色々聞いた方が良いだろう。そうでないと、私というイレギュラーが関わってしまった以上、今後も本編が始まる前にノルンに何かが起こる可能性はあるのだ。
私が今ノルンと関わっているのが、赤毛の女の子としてなのか、偶然なのかは、まったく分からないのだから。
それに私は、私に責任がないと言われても、メイドの死の真相を知らなければ納得ができない。
「頑張ろう」
そう自分に対して言い聞かせ、部屋の中へ戻る。とにかくやれることからコツコツとだ。
「ねえ、ユイ。この絵は何?」
部屋の中へ戻ると、ノルンが一枚の絵をぺらっと私へ見せた。
その絵を見た瞬間、私は一瞬フリーズする。
「すごく綺麗で素敵。まるで王子様みたいだわ!」
「あー……それはですね」
紙を何枚ももらったので、少しだけ、本当にほんの少しだけ、趣味の絵を描いたのだ。ちなみにノルンが持っているのは、【RPGの中心で愛を叫べ】に登場してくる、魔王様と勇者とその幼馴染である。とりあえず、私の一番好きなキャラだった3名だ。幸いBL的絡みでは描いていないが、明らかに密着度は高い。
「まるで、この真ん中の人を、両脇の2人が取り合っているみたいね。真ん中の人は男の人なのかしら?」
「……一応、男ですね」
男です。中性的な顔で、まつ毛も長いですが、紛うことない男です。だって、BLゲームのキャラだもの。ちなみに彼の職業は勇者です。
何で隠しておかなかったんだ自分。私の部屋にやって来る人なんて限られているから油断していた。隠し物はベッドの下という決まりだというのに。
「そうなの。男の人なのね」
若干残念そうなのは、見ようと思えば、ボーイッシュな少女が2人の男性に口説かれているようにも見えるからだろう。
「にしても、この黒髪の男の人もカッコイイわね。眼鏡をかけたこのヒトもすごく頭がよさそう」
ええ。魔王様と、頭脳担当幼馴染ですから。
私は真実を伝える事が出来ず、目を逸らす。どうしよう。なんと言って誤魔化そう。実は私が腐女子という事は家族も知らない事実。ぶっちゃけ私に対する関心度が高くなかったため、あえて隠す必要もなく、こんな風に誤魔化さなければならない場面に今まで遭遇したこともなかった。
どうする、私。
「ねえ、ユイ。この絵、ちょうだい」
「えっ……。それをですか……」
マジですか。
きらきらとした可愛い表情でおねだりをされるが、どうなんだ。教育上、あげていいのか?
「ユイ、ダメ?」
上目づかいでお願いをされ、私は結局折れる事になった。
その後2次創作上だけだけど、ノルンが腐女子キャラだった事を思い出し、私はとんでもない過ちを犯してしまったのではないかと、頭を抱えた。




