47話 予言の書(魔王の決意)
ユイが暴漢に襲われたと、俺は舞踏会の途中で報告を受けた。
正確には、ゲイル伯爵の娘のノルンが、おつきのメイドにさらわれそうになった所にユイが出くわしてしまったらしい。
最初に聞いた時はユイが怪我をしたのではないかと心配になったが、ユイは真っ向から行こうとはせずに、頭を使って時間を稼ぎ、誰か助けを求めようとしたそうだ。
そこでユイの護衛についていたヴィリが助けにに入ったそうだが、問題のメイドがその場から逃げ出し、最終的にゲイル伯爵に付き添っていたメイドに斬り殺されたというのが一連の流れらしい。
そこまでのやりとりに、何があったのかは分からないが、とりあえずユイに怪我はないと聞いた。しかしその殺された現場を見てしまい落ち込んでいるらしい。ユイはあまり争いごとが好きではないので、人が死ぬ所を見るのは慣れていないのかもしれない。
ユイの事が心配だったが、その日は魔王の業務でユイの所へ行くことができなかった。すべてゲイル伯爵の責任なので、俺が負う責任はないが、舞踏会で混乱が生じないように努める必要があったのだ。また今回の舞踏会の最後では、来年人族領であるブァン国との交流会を行う旨も貴族に伝えねばならなかった。なのでどうしても席を外すことはできなかった。
そして深夜まで続いた舞踏会が終わり、俺は倒れるように眠って、翌日の昼過ぎに目を覚ました。そこからは、溜まった通常業務の処理などに追われ、やはりユイの所へ行けなかった。
行きたいのに、いけない。
会えないのが、辛い。
でもユイの所へ行く理由がない。行きたいと思っているのは俺の感情だけで、周囲へ明確でかつ魔王としての理由を示す事ができなかった。結局俺がユイに会いに行けたのは、舞踏会から数日たってからだった。
ユイは会いに行かない俺の事を怒っていないだろうか。いや、怒ってくれる方がまだいい。俺に対して無関心ではないということだから。でも俺の事をまったく思い出しもしなかったとしたら……。
ユイが辛い目にあったのだから、本当ならユイの心配をするべきだとは理解している。
それでもユイを助けに行けたのが俺ではないという事や、ショックを受けたユイに付き添う事が出来なかった事、すぐに会いに行く事が出来なかった事も、ユイとの関係がそれらによって切れてしまうのではないかと怖くなる。
ようやく仕事量が通常に戻ったので、早速ユイの部屋へこ遊びに来たのだが……。
「ユイ?」
ガチャリと開けた部屋には相変わらず何もなかった。ユイの姿もなく、ユイが魔王城から出ていってしまったのではないかとドキリとする。でも、ハン伯爵から貰ったと聞く箱は置きっぱなしになっている事と、必要最低限のものは置かれていてほっと息を吐く。そして俺は気が付いた。
一番の恐怖は、ユイと会えなくなってしまう事だと。
「アレ? ま――ラグ。どうしたんですか?」
部屋の前で扉を開けたまま立っていると、後ろから不意に声をかけられた。バッと振り向けば、いつもと変わらないユイがそこに立っていた。
「ユイ?」
「また抜け出してきたんですか?ルーンさんが心配しますよ」
笑いながらユイが俺へ注意をする。
助けたのが俺じゃなくて、ユイが落ち込んでいた時に隣にいたのも俺じゃなくて、子供っぽくいじけてしまていたが、ユイがいてくれたという事だけで、俺は心の底から良かったと思う。
「ユイ」
俺はユイにギュッと抱き付く。
「来るのが遅くなってすまない……」
もしかしたら待っていてなんてくれなかったかもしれないけれど。それでも、俺はユイに少しでも早く会いたかった。
「心配して下さったんですね。ありがとうございます」
「ああ。心配した。もっと早く会いに行きたかった」
俺がユイに会いに行く理由が、俺が会いたいというだけじゃなければ良かった。ずっとそばに居たかった。
「大丈夫なのか?」
「はい。思い出すと、まだ怖くて仕方ないですけれど、大丈夫ですよ。ヴィリが助けてくれましたし。あの後ノルンちゃんも無事な姿をみせてくれました」
やはり俺以外の奴がユイのそばに居たという事実は、俺をイライラさせる。それでも、そんな姿をユイに見せたら、ユイは困るだろう。俺はユイを困らせたいわけでも、怯えさせたいわけでもない。
「でもラグが会いに来てくれてとても嬉しいです」
「本当か?」
「ええ。ラグに色々話したい事があって」
ユイが俺を頼ってくれている。その事実が、俺の気持ちを浮上させる。我ながら現金なものだと思う。
「中に入りませんか?」
「ああ」
ユイに言われて俺は部屋の中に入った。
「どうぞ。この間、部屋に椅子や机がないと伝えたら、家具職人のおじさんが作ってくれたんです」
ああ。そう言えば、ユイの部屋には以前机や椅子すらなかった。そう考えると、僅かだがユイの部屋は物が増えたかもしれない。それがユイがこの国に馴染んできたことのように思えて少し嬉しかった。
俺はユイに勧められるまま椅子へ腰かける。
「実はですね、先日ノルンちゃんが挨拶に来てくれたんですけど、すごくいい子なんです」
「は?」
……それが話したかった事か?
意味が分からずキョトンとする。俺はてっきり、この間のゲイル伯爵の件だとばかり思っていた。確かに、ノルンは当事者なのだが。
「私に褒美を上げる云々と言ってきたので、ありがとうと一言言ってもらえばいいですよと教えたら、はにかみながらありがとうと言ってくれたんです。もう、可愛くて、可愛くて」
笑顔で話してくれているユイの方が可愛いけどなとでもいえばいいのか何なのか。とりあえずユイは幸せそうだ。
「ノルン嬢が可愛いのは分かったが……それは俺に、ノルン嬢を妃にするといいと言っているのか?」
言葉にすると、どす黒い感情が生まれそうになる。俺が好きなのはユイなのに――。
「まさか。だって、魔王様のお相手は勇者ですし」
そうだった。
ユイの頭はさらに俺の予想の斜め上を行っているのだった。苛立つのも馬鹿らしいぐらいの。
「なら、何が言いたいんだ?」
「ノルンちゃんのメイドさんに新しく配置された人が、なんと銀髪美人のメイドさんなんです」
「それが、どうしたんだ?」
まさか、美人と知り合いになったと自慢したいだけか?いやいや、いくら斜め上に走るユイでもそれはないだろう。……ないと思いたい。
「実は以前お話した文献通りにすべてが進んでいるんです」
「文献というのは、アレか? 俺と勇者が……そのまあ、仲良くならないと世界が滅ぶという」
いまだに男同士が恋愛するというのは抵抗があるが、まあ戦争にさえならなければ、そんな必要もないのでとりあえず保留している。
「そうなんです。そこにはノルンちゃんの事も出てくるんです。ノルンちゃんは金色の姫、そこに付き従うのは銀色の従者なんです。……ノルンちゃんの隣にいたメイドさんは最初から文献にいないんです。文献は今よりも未来の事を描いていますから」
「偶然じゃないのか?」
「いえ、金色の姫の名前がノルンということも確かに出ていますから、間違えないと思います。……着実に、この時間はあの世界につながっているんです。とても残酷に――」
ユイはとても悲愴な顔をしていた。先程までノルンちゃん可愛いと言っていた顔とは真逆だ。そこでユイが、恐怖を紛らわせるために、あえてそう言っていたのだと気がつく。
ユイは、メイドが死んだ事をやはり悲しんでいるのだ。でもそれを言っても仕方がないと分かっているから何も言わない。メイドは殺されるだけのことはやったのだから仕方がないと俺も思う。それが文献通りなのかそうでないのかは別として。
「そして私は、多分今、文献にいた赤毛の女の子の立ち位置にいます」
「ユイの髪の毛は黒いだろう?」
どういう意味だ?ユイも文献に出てくる登場人物の1人だと言いたいのだろうか。
「そうなんですけど。本当なら、デュラ様に拾われるのは赤い髪の女の子で、その子がデュラ様の養女になりハン伯爵を継ぐことになるんです」
「ハン伯爵を継ぐ?」
そういえば、ハン伯爵もユイを養女にしようと考えているなどと、ふざけたことを言っていた。眉唾物近かったユイの話が、俺の中で現実味をおびる。
「私が居たのはデュラ様の領地の街でした。あの時、もしかしたら赤毛の女の子も人さらいから逃げ出してあの場にいたのかもしれません。総てが、あの話通りに進もうとしているなら、赤毛の女の子が見つからない限り、私はハン伯爵の娘となり、伯爵の甥と結婚することになってしまいます」
「は?甥と結婚?」
「そうなんです。エレオーも私が相手じゃ年が離れていますから、もしもそうなったら可哀想なんですよね……。でもどこまでこの流れに逆らえるのかまだ分からないんです。まあ、何かアクションが起これば私やエレオーの気持ちも変わるかもしれないですけど。案外その時になれば愛があれば年の差なんてとか言うかもしれないですし」
ユイが困ったように笑った。
でも俺は笑えない。ユイがエレオーとかいう男と結婚して、伯爵となるなんて許せる内容ではなかった。
「でも赤毛の女の子に悪い気もするんですよね。だって本来なら、私ではなくてその女の子の幸せなので」
「ああ、そうだな。良くないな」
「ですよね。あー、良かった。偶然にも文献に書かれたノルンちゃんと仲良くなったのも、もしかしたら赤毛の女の子の立場にいるからかもと思って、色々不安だったんですよ。こんな話、話せるのはラグしかいなくて。ラグ以外に言っても、絶対頭がおかしいと思われるだけだと思いますし」
ユイがニコニコ笑う。
俺も決してユイの話を全て信じているわけではない。それでもユイはそれが真実だと信じている。……だとしたら、その思い込みから、ユイがエレオーを愛し始めるかもしれない。
そんな事許せるはずがなかった。
そして俺は気が付いた。
俺の気持ちが好きである事は間違いないが、それが愛なのか何なのかは今も良く分からない。でも誰かに奪われるは我慢ならないという事に。
ああ、そうだ。
俺はユイが俺以外の誰を優先するのが許せない。また俺がユイの事を優先できない現状も許せない。だったら、できるだけ俺が望む状態にするにはどうしたらいいのか。
そんなのは決まっている。
「俺も赤毛の娘を探そう」
「えっ? いいんですか?」
「ああ。だからユイはハン伯爵の事でユイが頭を悩ませる必要はない。ユイは俺の家庭教師として、これからも頑張ってくれ」
そして、ずっと俺の傍にいてくれ。
その言葉はまだ早いと思い、俺は心の中だけで呟く。だから、それを言うのはもっと先。そう。決してユイが誰のものにもなれない状態にしてからだ。
「ユイは赤い髪の娘じゃないんだからな」
だからユイの隣に立つのは、エレオーじゃない。俺だ。




