46話 賢者の目撃(ユイの後悔)
ちょっと、どころじゃなくかなりピンチなお姉さん事ユイです、こんばんは。
誰にあいさつしてるんだとツッコミは浮かぶけど、でもそれぐらいテンパっている。だって、目の前でお嬢様がさらわれかけているんだもの。
家政婦は見たならぬ、メイドは見たな状況に、私はどうしようと挙動不審だ。頭の中は実況生中継レポーターだ。
さらわれそうになっているのは、ノルンお嬢様。明らかにさらおうとしているのは、おつきのメイドだ。ノルンの口をふさぎ、頭から袋に詰め込もうなんて、それ以外の目的が分からない。
なぜこんな現場を見てしまったかというと、トイレの使い方でちょっと分かりにくい場所があるかもと思って声をかけようかなと引き返し、状況確認の為そっと開けて中の様子を確認をしたらそんなデンジャラスな場面に出くわしたのだ。
ぶっちゃけどうしようだ。
ちなみに、ちょうどメイドさんは背を向けた状態で、私の存在に気が付いていない。
ノルンが私を見た瞬間、とっさに横開きの扉を閉めた。
まずいぞ。
でも私だけの能力じゃ、助けられる気がしない。そもそも、以前も無茶をし過ぎて、魔王様に叱られた前科がある私だ。でもここでノルンがさらわれてしまうのは色々まずい。だって、ゲーム本編では欠かせない登場人物なのだ。
とりあえず、連れ去る気を失わせるのが先だよね、うん。ノルンが無事で、連れ去られなければ全て問題ないのだ。
私はトイレ掃除用に用意してあった箒をクローゼットから取り出すと、横開きの扉に立てかけて開けられないようにした。そして、深呼吸をして意を決める。
「誰か中にいますか?!」
ドンドンドンドン。
私は力強く扉を叩く。私は女優と心の中で何度も念じた。恥ずかしさとかにじませたらアウトだ。
「火事なんです!誰か見えますか?!」
中でガタンと音がした。
私の言葉に驚いたらしい。
「いるんですね?! 早く外へ出てきて下さいっ!! 火事なんです!! 今、皆様順次逃げていますっ!!」
「本当ですか?!」
ガタッ。ガタガタガタッ!!
中から扉を開けようと動かす音が聞こえる。しかし、箒で止めてあるので、開くはずがない。
「あれ? 開かないっ?!」
「すみません。たてつけが悪いようで。今、男の人を呼んでくるので、待っていて下さい!! 幸いそこは水場なので、大丈夫ですからっ!!」
本当に火事だったら、煙で死ぬので大丈夫なわけがない。でも、焦って蹴破られても困るので、大丈夫だと繰り返す。
さて、後は誰か男の人を呼んで――。
「ユイッ!どうした?!」
ぎゃぼっ。
何も説明をする暇もなく、ヴィリが偶然にも通りかかってしまった。まさかのな状況に、あたふたする。どうしよう。ここで火事じゃないってヴィリが言ったら、中にいるメイドは絶対怪しむ。そして怪しまれたらノルンが危ない。それに扉が開かない理由だって外から見たら分かりきった状態だ。ヴィリがそれを指摘してしまったら――。逃げ道を用意してあげないと何をするか分からないので、とても危険なのに、これでは私が嘘をついた理由に感づかれる。
「えっと、あの。あのね。中で、そのっ!!」
「分かってる。扉が開かないんだな。蹴破るから退いていろ」
そう言って、ヴィリはバチッと私にウインクした。
さすがヴィリ。空気読みの能力はばっちりだ。いつも私が状況を話せない時でも、まるで私の事を見ていてくれていたかのように、察してくれて頼りになる。
ヴィリは中のメイドが離れた事を確認すると、そっと私へ箒を手渡した。私はその箒をさっと目につきにくい場所に置く。それど同時ぐらいにヴィリが扉を蹴り破た。
バキッと凄い音を立てて、トイレの扉が倒れる。案外ヴィリは何か武術の心得があるのかもしれない。
でもそんな確認は後だ。私は扉の隙間を縫って、急いでノルンに駆け寄る。ノルンに袋はかぶさっていなかったが、ぐったりと床に倒れ伏していた。
「大丈夫ですか?!」
ノルンの頭を起こすと、ちゃんと呼吸音が聞こえた。血色も問題ない。良かった。死んではいない。もしも殺し目的で、自暴自棄になっていたらどうしようと、内心冷や汗ものだったのだ。
「お嬢様は気が弱くて、火事という言葉に驚かれて気を失われてしまったのです」
おっと。
メイドから普通に話しかけられて、私はビクリとする。もしかして、このメイドが、私は何もしていないと証言したら、火事だと騒いだ私が捕まるのだろうか?
いやいや。ノルンがきっと目を覚ましたら本当の事を話てくれるはず。でも……、喋られたらマズイと思って暗殺の恐れも――。
どどどど、どうしよう。
「私がお嬢様を運びます」
「いや、女性の手じゃ大変だ。俺が運ぶ。ユイ、いいか?」
「う、うん。ありがとう」
私が頷くと、ヴィリが入口から離れて、私とノルンの方へ近づいてきた。
その瞬間だった。突然メイドが入口の方へ向かって走り出したのだ。きっと、逃げる気に違いない。でも私の能力で追いかけるなんて無理に決まっている。
でもよかった。
私は当初の目的通り、ノルンを守れて良かったとほっと息を吐く。最初はゲームの為と思ったが、ノルンを抱きしめて生きているのだという事を感じると、ノルン自身が辛い目に合わなくて本当に良かったと思う。やっぱり小さな女の子が泣くのは辛い。
「おい、待てっ! お前のお嬢様置いて1人で逃げて、どうするんだよ!!」
私はまったく動かなかったが、ヴィリがメイドを追いかけて走る。助かったのだし、無茶はしないで欲しいんだけどなぁと思うが、追いかける気力もない。たぶんヴィリなら、危険だと思えば逃げるような気がするし、大丈夫だろうけど。
そんな事を思って、数秒した時だった。突然怒声が聞こえたかと思うと、引き裂くような女性の悲鳴が聞こえた。あまりの声に、私は怖くなってギュッとノルンを抱きしめる。
何だろう……今の声。
そしてその声が悲鳴を最後にピタリと何も聞こえなくなったのが余計に怖かった。廊下で何が起こっているのだろう。
私はノルンを抱えたまま立ち上がり、ゆっくりと廊下へ向かう。
心臓がバクバクいっているのは、ノルンを助けたために無理をしたせいか。それとも先ほどの叫び声の所為か――。
「ユイ。まだ外に出るな」
「えっ?でも、今、凄い叫び声が聞こえて……」
何だろう。生臭い匂いがして私は口ごもった。鉄臭い何とも言えない匂いだ。
「たぶん今見たら、軽くトラウマになるぞ」
見たらって、何を見たらだろう。
でも、なんだろう、嫌な汗が流れる。この先の光景を見るべきではないと、直感が訴える。
「ノルン! 大丈夫か?!」
私が何とも言えない気分で聞くべきかどうかを躊躇ていると、メタボなおじさん――ゲイル伯爵が転がり込むようにトイレの中に入ってきた。そして私からノルンを取り上げ、強く抱きしめる。
「良かった。本当に良かった」
私は親子の感動の再開を邪魔するのも悪いと思い、そこからそっと離れる。
「だから行くな」
「何で?」
あ、そういえば、そんなこと言われたんだっけ。片一歩足を廊下に踏み出した状態で私はヴィリに足を止められた。そして何気なく左を見た瞬間、地面に投げ出されている足が見え凍りつく。マネキンのような足の周りには、赤い色をした水溜りが――。
「ユイ!」
ヴィリに強く手を引っ張られて、再びトイレの中に戻された。
ちゃんと見たわけではない。でもガタガタと体が震える。そして目から涙がこぼれた。嗚咽が止まらない。私はヴィリと手を繋いだまま、トイレの中に再び座り込んだ。
分かってしまった。
ヴィリが私を外へ出さないのは、あのメイドが、この先で死んでいるからなのだと。血なまぐさい匂いは、廊下からと、ヴィリからするのだと。
「……何で、殺したの?」
私は何があったのか言っていない。だから、ヴィリはメイドがノルンを連れ去ろうとしていたなんて知らない。だからあのメイドが殺されるなんてあるはずがないのに。
「俺じゃない。あのメイドが、『お前のせいで』とか言って、ゲイル伯爵に向かっていったんだよ。貴族は恨みを買う仕事だからな。何かあったんだろうな。で、ゲイル伯爵の護衛に切られたんだ。正当防衛だ」
「正当防衛?」
「ああ。あのメイド。果物ナイフを持っていたからな」
何で。
私とヴィリが入っていたときは、果物ナイフは一切出さなかったのに。何もしなければ殺されることだってなかっただろうに。
それとも、私が邪魔したせいで、ノルンを連れ去る事ができなくて、自暴自棄になってしまったのだろうか。
「賢者様、ありがとうございます」
泣いていると、ゲイル伯爵に声をかけられた。
「賢者様がノルンを助けてくれたんですよね。貴方のおかげで、ノルンが助かりました」
違う。
別にノルンは殺されようとしていたわけではない。
お礼を言われても全然嬉しい気持ちにならないのは多分、メイドを私が殺してしまったかのようなものな気がするからだ。
「貴方は命の恩人だ」
違う。
でもその言葉すら伝えられなくぐらい、私は涙をこぼし続けた。




