49話 魔王城の賢者(魔王の策略)
「また嘆願書か」
「はい。今度は、絵画協会からですね。何でも、巨匠が賢者様を弟子にしたいと。賢者様の才能を眠らせるのは魔王領の損失云々と芸術じみた分かりにくい文章で書かれています」
これで何件目だ。
一応、ユイは魔王城に籍を置いており、現在ユイの力を借りたい場合は魔王城にお伺いを立てるようになっている。勿論ユイが自分から手伝いに行っている場合、拘束力というものはない。しかしユイには賃金が発生する場合、必ず後からでも報告をするようにと言ってあった。
ユイは魔王城の機密を外部に漏らすといけないから報告させられているのだと思っているようだが、別段ユイが持っている情報なんてたかが知れている。俺が報告させてるのは、ユイを奪われないようにするためだ。
下水道工事が順調に進み、トイレも使用頻度が高まるにつれ、賢者の噂が広まり始めた。台車は貴族の家では欠かせないものとなり、魔王城のレシピ本も転写されて広まっている。それにつれ、【魔王城の賢者】の名前は下町でも有名になりはじめた。
さらにそこへ、石鹸を作ったのが賢者だという話や、賢者のおかげでハン伯爵領が潤っているなどなどの話も加わり、賢者の知恵を拝借したいというものが続々と増えている。
「しかしよりにもよって、何で絵画協会の巨匠なんだ。レシピ本か?」
ユイが書いた絵といえば、俺はレシピ本ぐらいしか知らない。しかし、確かにユイは綺麗な絵を描くが、あれを見て巨匠が動くか?
「賢者様が魔王城のトイレにタイルでドット絵を飾りましたよね。あれを見た貴族から噂が流れ、巨匠の耳に入り、わざわざ見学にまで来たそうです。そして賢者様が使った遠近法と呼ばれる技法が、実は絵画の世界では革命的な発想だったそうで、絵師達が会いたがっているという流れだそうですが」
「断れ。絶対了承するな。もしもユイの力が借りたいという話だったら、魔王城でその知恵を拝借するようにしろ」
「分かってます。絵師は貴族に雇われる仕事ですからね。ユイが絵画の道に入ったら、あっという間に貴族の陰謀に巻き込まれそうですし」
魔王城にいてさえ、引く手あまたになりかけているのだ。絵師としてあっちこっちの貴族の家に行ったら最後、そこでほだされ、見事に利用される様が目に浮かぶ。ユイのアホの子な部分は、たまに可愛いを通り越して憎たらしくなる。どうして、そこで信じるのかと。
「賢者様の噂が流れるのは当初の予定どおりですが、ちょっと反響が大きすぎますね。どうも、ゲイル伯爵の娘を助けた事が、貴族の間でもウケたようです。もちろん妬むものもいるにはいますが、今のところ賢者の力が欲しいと思うものの方が多そうです。運がいいのか悪いのかですね」
そう言って、ルーンはため息をついた。
確かにユイの功績がこれほどまでに知れ渡ったのは、ユイの実力だけではなく、運による部分も大きい。ただし、強すぎる期待は毒でもあるので、それがいいとは言い切れなくもあった。
「とりあえず、ユイにそろそろ家庭教師以外の役職もつけておいた方が良さそうだな」
「そうですね……。ここまで騒ぎが大きくなると、賢者様が魔王城のものだともう少し分かりやすくした方がいいでしょうね。ですが賢者様は貴族ではありませんし、貴族がなるのが当たり前となっているような地位にも付けることは止めた方が良いですね。それに代々賢者様の親族が継げそうな地位を作っても、反感を買うでしょうし、一代限りとした特別職がいいかと思います」
せっかく貴族から疎まれていないのだから、このまま好感度を保った状態にしたい。しかし貴族はプライドが高いものが多く、貴族ではないユイが自分達の場所を犯すのはよしとしないだろう。
ユイの功績は素晴らしいが、強すぎる権限を与えるのは、吉とでるとは限らない。
「なら、せっかく賢者で名前が通っているんだ。そのまま、【賢者】という役職を作ってしまおう。立ち位置は、魔王を含めた魔王城の従業員のアドバイザーだ。ユイの言葉に強制力はないが、相談をし知恵をユイから授けてもらう。場合によっては、魔王の指示で一時的に発言力を持つこともある。ただし、ユイのみの一代限りの役職で、ユイが退役したら自然に消滅する。……どうだ?」
「まあ、いいでしょう。もう少し具体的に制限を設けたほうがいいかもしれませんが、その形でしたら、貴族たちも望む状態でしょうしね。ただしその役職は、賢者様の負担が増えすぎる可能性はありますね。何かそちらも対策を立てた方がいいかと思います」
確かに。
これだけユイと話したい、力を借りたいという者が増えている。ユイの事だ。全部一人で抱えてしまって、倒れるまで働く可能性が高い。どうやらユイの出身地は、働き者ほど素晴らしいという価値観の地域のようだし、ユイも無理を押して働く癖がある。
以前も鼻血を出して倒れたことがあるので、体がすごく丈夫ということもないだろう。
「ならば、ユイに付きそうメイドをつけるか?ユイの身の回りの事だけではなく、ユイの仕事の配分もできるものの方がいいな」
「でしたらメイドより、何かあった時に戦える執事の方がいいのでは?」
「……男では、細やかな部分の手伝いができないだろ」
ユイの身も守れるものの方が都合はいいが……俺的には面白くない。どうしても必要ならば目をつぶるが、ただし絶対ユイに手を出しそうもない人材にしなければいけないだろう。
「分かりました。ではメイドという線で、いい者がいないかメイド長に確認しておきましょう。できれば、護身術の心得があるものをと。無理そうならば、誰か護衛をつけておきます」
ルーンは俺の考えに多分気がついた上で、俺の意見を通した。今までなら少しでも曖昧な言い分なら、確実に苦言を言ってきたのに。
俺が相当驚いた顔をしてしまったからか、ルーンは俺に向かって苦笑した。
「別に貴方が決めてしまったのなら、それに従いますよ。よほどこの国にとって弊害がない限りですけれど。まあ、賢者……ユイ様ならば、別に問題ないでしょう。貴族の出でないので多少後ろ盾の面で不安要素はありますが、それを超える程度に支持もあります。後はハン伯爵をうまく言いくるめる必要はありそうですがね」
「いいのか?」
「いいもなにも、貴方が王ですからね。私はあくまで貴方の部下です。決める前でしたらそれなりに口は出しますが、最終決定は魔王様にあります。魔王様は、ユイ様がいいのでしょう?」
「ユイがいい」
そう言うと、ルーンはため息をついた。
「ユイ様もお可哀想に。もう少しうまく立ち回れば、逃がしてあげられたんですけどね。魔王の妃なんて大変ですから」
「……何でそういうことを言うんだ」
「一応、私の生徒でもありますからね。多少の情は湧きますよ。ユイ様は良くも悪くも純粋で生真面目ですし。私は部下としてユイ様にはここにいて欲しいと思いましたが妃となると一生捕らわれの身のようなものですから、その地位へ追いやるのは気が引ける部分も正直あります」
分かっている。魔王の妃となれば、自由は制約されるだろう。衣食住の保証がしっかりとしているのと引き換えに。
ユイは十分1人でも生きていける能力がある。だからきっと、衣食住の保証よりも自由をとりたがるはずだ。でも俺はそれをさせてやれない。
俺の隣にユイがいないのは許せない。
「ですから、自由を奪う代わりに、それと同等のものをユイ様にはお与え下さい」
「同等?」
「たとえ愛していなくても、愛しているふりをし続ける。それだけでいいでしょう。例えばユイ様以外の側室を娶ったとしても、絶対偏らせないで下さい。それが妃を迎える貴方の義務です」
側室なんてまだ考えたこともなかった。
でもいつか、側室を取らなければならない日が来ないともいえない。魔王の血が絶えれば、この国は再び戦乱の世になる可能性もある。今までの歴代の魔王も、妃以外に側室を娶ったものが何人かいた。理由は様々だが、その制度があるのは、結局のところ跡継ぎを作るためだ。
「分かった」
今は俺の中にはユイしかいないから言えるのかもしれない。でもそれなりの覚悟を俺も持つべきだろう。
「でもまずは、ユイ様の状況の改善からですね。出来たら、勇者が来るまでに役職を与えてしまい、謁見の場に同席させたいですね。肩書きが家庭教師だけではできませんが、外堀を埋めるなら早めにお披露目はしておいたほうが無難でしょう。万が一、ユイ様が人族領へ行くことになれば、手出しもできなくなりますので」
「そうだな。何に手を出してはいけないか、人族の奴にも、ちゃんと分からせておく必要はあるな」
ユイの身元は相変わらず分からない。
そのネタをもとに、賢者であるユイを連れて行こうと考える国がないとも限らない。ユイがどこに所属しているかをはっきりさせておいたほうがいいだろう。そうすればよっぽどのことがない限り、手を出してくることはないはずだ。
「交流会が楽しみだ」
俺は未来を想像して、ニコリと笑った。




