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44話 魔王城の舞踏会(魔王の憂鬱)

 どうしてこの会場にユイがいるのだろう。


 俺の頭の中では予想外の事態に、緊急会議が行われていた。遠ざけておきたいから、ちゃんと休みにしたにもかかわらず、ユイはちゃっかりメイドとして働いていたのだ。せめて厨房の中で働いてくれていればいいのに、どういうわけか立食用の食事の追加を行っている。

 ヴィリの奴失敗したな。

 もしもユイがメイドに誘われて仕事を引き受けそうだったら、厨房で働くように勧めて欲しいと言っておいたのに。もしくは、メイドの力に負けたかだが。

「……心配だ」

 ユイはそれほど目立つ外見をしていない。

 だからパッと見で人の目を引くこともないのだけど……それでも、どうしても目で追ってしまう。目を離したすきに、ユイがいなくなってしまうのではないかすごく心配だ。例えば俺のような可愛い子供というハニートラップに引っかかって、ホイホイついていくとか――ありえそうで笑えない。

 さっさと辞めさせるべきか、どうするべきか。

「私は貴方の方が心配です。挙動不審すぎますよ」

「挨拶は終わったんだ。いいだろ」

 一応開幕のあいさつと労いの言葉はかけた。なので、俺はしばらくは一人でのんびりとご飯を食べていればいいはずだ。その後順次貴族が挨拶に来るだろうが、それは半ば以降だという暗黙のルールがある。というのも、そうしないと魔王は休む暇なく対応しなければいけなくなるからだ。


「まあ、メイドの恰好をした賢者様を目で追いかけているなんて思う貴族は少ないでしょうからね。でもあまりじっと見ているとそのうちボロが出ますよ。賢者様がメイド業務に入る事になった時点で、一応護衛は付けてありますから、安心なさい」

「そんなものいつの間に。というか、俺はユイがメイドをやるなんて一言も聞いていないぞ」

「言ってありませんからね。賢者様を止めるのは難しそうですし、魔王様に報告したら斜め上に事態が悪化し、手が付けられなくなる可能性を感じましたので。差し出がましいかもしれませんが独断で動かせていただきました。実際、賢者様の国への貢献度は高いので、今いなくなられると困りますから」

 確かに、冷静を欠いた状態で対応すれば、事態が悪化することも考えられる。となると、今の俺がユイに対して何かをやれば、失敗のリスクの方が高いとルーンに判断されてもやむを得ないかもしれない。

 でもせめて、一言言って欲しかったと恨めしく思う。

「……ルーンは今じゃなければユイがいなくなっても構わないのか?」

「難しい質問ですね。未来の事は誰にも分りませんので。それに、賢者様によって貴方を腑抜けにしてもらっても困りますしね」

「そうならないようにしているだろ」

 ユイだけの事を考えていてはいけない。今のところユイを目で追いかけている以外は、まったく変わりない生活を送っているつもりだ。仕事もちゃんとこなしている。

「ええ。まあ、逆に賢者様がいなくなる事でバランスを崩されてもいけないので、どちらがいいとも言えませんが」

「いなくなる事でバランスを崩す?」

「歴代にも心のご病気になられた魔王様がいなかったわけでもありません。大きすぎる感情の波は、薬にも毒にもなります」

 ならどうしろと。

 そう思ってルーンを見るが、ルーンは答えをくれない。……きっと、何が一番いいのかなんて答えがないからだろうけど。


「さてと、そろそろ貴族たちが押し寄せてくる時間ですよ。気を引き締め直して下さい。そしてグダグダするのは、終わった後にして下さい」

「分かってる」

 もうそんな時間か。

 面倒だと思いつつも、さっきまでの悩みをすべて頭の端へ寄せる。切り替えは苦手な方ではない。皆が求める魔王としての俺を作り出せばいいだけだから。

「魔王様ご機嫌麗しく――」

 最初にやってきたのは、俺の親族にあたる従兄弟殿だった。

 王位継承権も次点にある彼が、この会場で一番位が高くなる。彼が話終われば後はあまり順列関係なく、ここへ貴族たちがやってくる。ただある程度の縛りがあるのか、早い段階で来るのは親貴族と呼ばれるもの達だ。マナーとしてはいつ来ても構わないが。

 相変わらず、野心家な顔をしているなぁと従兄弟殿を見ながら俺は適当に相槌を打つ。従兄弟殿は、1人が野心家過ぎて魔王に向かないタイプで、もう1人が内向的な性格で向かない。内向的な方がまだ見込みはあるが、あれでは他国とのやり取りが難しそうだ。もう少しバランス感覚を養ってほしいと思うのは高望みしすぎなのだろうか。

「では魔王様、失礼します」

「失礼します」

 適当に会話をし終えた俺は、疲れを癒す為にジュースを飲む。

 

 それからは次々とやって来る貴族と話をする。内容は無難に、地方の特産や何か変わったことはないかなどを話し労っていく。中には、この城で見かけた真新しい道具やトイレを気にする貴族もいた。例えばメイドが使っている台車をどこで手に入れたなど聞いてくる。確かにあれは今年から使い始めたものだが、とても便利で重宝しているとメイド長からも報告を受けていた。

 なので魔王城にいる賢者が発案し、ここで作った旨を伝えておいた。是非賢者に会ってみたいという貴族には、賢者が人見知りなのでしばらく待って欲しいと誤魔化し、台車については技術者を紹介する事で納得を得た。

 ユイの価値を高めるには、ユイがここでやってきた事を伝えなければいけない。でも伝えれば、ユイの存在が知れ渡る。何とも難しい問題だ。

 またとあるものは、魔王城のレシピの本を見て、自分の家のメニューも作ってみたので是非読んで欲しいと持ってきた者もいた。これを繰り返すと、食事に対しての情報のやり取りが増え、新しい発想が増えるかもしれないなと感じた。

 少しづつだが、ユイの影響は魔王城だけでなく、どんどん広がっている。望んだ事なのだが……気分的には微妙なところだ。


「魔王様、お久しぶりでございます」

 押し寄せる貴族の波が切れてきたころ、ハン伯爵が、1人若者を連れてやってきた。確かハン伯爵には子供がいないはずなので、甥だろうか。ハン伯爵の兄弟は年が離れていたはずなので、甥の年齢が若くてもそれほどおかしな話ではない。

「先日は、わざわざわが領へお越し下さりありがとうございました。今日は甥と一緒に、我が土地で採れたオリーブを使った石鹸などを納めさせていただきました。是非使って下さい」

「ありがたくいただこう。オリーブ畑は順調か?」

「はい。最近は肥料の方にもこだわろうかと、試行錯誤中でございます」

 肥料は、確かユイが色々今考えているものだ。……俺から何か言ったわけではないので、ユイから直接何かしら情報をもらっているのだろう。もしかしたらユイの方から、手助けを求めたのかもしれない。

 ハン伯爵に自分の方がユイと親密な関係なのだと言われているかのようで、少しイラッとする。しかしここでそれを出すわけにもいかず、俺は笑顔でその気持ちを隠した。

「それは良かった。俺の賢者が貴殿の役に立てているようで鼻が高いな」

「ええ。ありがとうございます。貴方のおかげでユイは成長できているようです」

 ふふふ。ははは。

 俺らはお互い笑いあった。伯爵から、妄言は寝てから言えという言葉が聞こえてくるかのようだが、俺だって負けていられない。もうユイは俺のものだ。

「しかし、今日は一人でないのは珍しいな」

「ええ。甥をそろそろこういった場に慣れさせようと思いまして参加させていただきました」

「初めまして。ハン伯爵の甥に当たる、エレオーと言います」

「そうか。貴殿も我が国の為に力を貸してくれ」

「はいっ!!」

 素直な少年だ。誰に対しても言う言葉だったのだが、これほどまでに嬉しそうな顔をされると、俺も毒気が抜ける。

 まあ、俺の敵はハン伯爵のみ――。

「賢者様と協力して、賢者様のように魔王様のお役に立ちたいと思います」

 ……いや、本当に敵はハン伯爵だけか? エレオーの目は、純粋に澄んでいてまったく裏とか無さそうだけど。しかし今の言葉はなんだ? 協力? ただユイの事を尊敬しているだけか?

 ハン伯爵よりも逆に予測のつけにくい状態に、俺はエレオーをまじまじと見てしまう。


「では、私たちはこれで失礼しますが……。ところで、今日はユイはどうしているか知って見えますか?」

「ん?知っているも何も、ユイは給仕を――」

 あれ?

 ユイから目を離して貴族達の相手をしていたのは俺だ。しかし今更ながらに気が付いて、ドキリとする。……ユイはどこだ?

 先ほどまでメイドの恰好をしていたはずのユイの姿が、会場から消えていた。 

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