43話 魔王城の舞踏会(ユイの遭遇)
「おい、さっさとこっちの運んでくれ! 場所がねぇんだ」
「皿がねぇぞ! 早く洗えよ」
「やってるから叫ばないでよ」
「フルーツの盛り合わせが足りないんだけどっ!!」
……戦争だ。ここは正しく戦争だ。
銃弾のように怒声が行き交う中で、私は触らぬ神に祟りなしと呪文を唱え、そっとバケットが入ったカゴを持っていく。ついでに、多分なくなっているだろう取り皿などの物品も台車に乗せて、舞踏会の会場へ向かった。
今日は舞踏会本番で、従業員が皆ピリピリしている。ただし舞踏会の会場では皆プロ根性で冷静沈着な様子なので、ここでの温度差が非常に激しい。
私はただのヘルプなので、特に責任も低く楽なのだが、班長になっているようなメイドは大変だろう。ハティーもドリンクコーナー担当だったと思うので大変に違いない。ドリンクの場合は、さりげなく空きグラスを貴族の方から回収をしたり、逆に飲み物を勧めたりしていかなければいけないので、気遣いも他の場所より半端なくいるはずだ。
その点、物品の出し入れに関しては、食べ物のなくなり具合を先読みして厨房に行くだけなので、慣れてくると意外になんとかなるものだ。私以外にも何名かその役目についているので、お互いにやり取りすれば、それほど無駄な動きはなくて済む。何より台車があるのがありがたい。以前は台車がなかったので、運ぶのも一苦労だったと聞く。本当に私の話を聞いて台車を作ってくれた職人さんには感謝だ。
途中でもしも食べ物をひっくりがえしたら目も当てられないし、物によっては2人で運ばなければいけなかっただろうものも1人でできるもんなところが素晴らしい。我ながら、自分のサボる為に作り上げたアイテムに対して自画自賛したくなる。
ずんずんと会場に向かって台車を押して進んでいると、前から貴族の少女がやってきたので、私は頭を下げて端へ寄る。若干面倒だが、これをしないと、魔王様がメイド教育もできていないと恥をかいてしまうので仕方がない。
「ちょっと、そこの貴方」
さっさと行ってくれないと食べ物を運べないのだけどと思っていると、お嬢様は私の前で足を止め、話しかけてきた。タイミングの悪さにあっちゃーと思う。
「何でしょうか」
「顔を上げなさい。少し聞きたいのだけど、魔王城には【といれ】というものがあると聞いたのだけど」
「トイレは突き当りを左に行っていただき――」
「案内してくれないかしら?」
ええっ。ツレションなんて流行らないよと思うが、お嬢様相手にそれは通じないだろう。
この台車が目に入らぬかと思うが、入っていないのだから仕方がない。お嬢様付のメイドもさも当たり前のようにしているが、お願いだから空気を読んでくれないものだろうか。
もちろんここは日本じゃないので、そんな技術を求めてはいけないのも十分分かっているけれど。
「あの……」
「ユイ。これ持っていくわね」
どうせ断れないのだから、この台車をどうしようと考えていると、タイミングよくメイド仲間がやってきてくれた。そしてすっと私の押していた台車を代わると、そのまま舞踏会会場へ向かっていく。
ありがとうと内心手を合わせつつ、私はお嬢様の方を見た。金色の髪に琥珀色の瞳、頭の三角形の耳が大変可愛らしいお嬢様だ。うんうん。彼女は絶対覗きとかに会ってしまいそうなので、ぜひトイレを使ってほしい逸材だ。世の中にはロリコンという存在もいるのだし。
「ではご案内させていただきます」
そう言って、私は少女の前を歩き始めた。
トイレはしっかりと掃除もしたし、花も飾ったし、清潔感は及第点のはずだ。近くに手洗い用の瓶も用意し、ついでにお嬢様が使いそうな場所には鏡も置いてみた。かなり至れり尽くせりにしておいたので、是非とも自分の家に帰った後に、このトイレの素晴らしさを広めて欲しい。
「貴方、何者?」
「はい?」
歩き始めて最初の質問からコミュニケーションが取れなかった私は、お嬢様の方へ振り返る。普通自己紹介なら、名前とかを聞くのではないだろうか。名乗るなら自分から理論は貴族には通用しないかもしれないけれそ、何者はない。
……えっ?何で、いきなりあったばかりのお嬢様に私は怪しまれているのだろう。
何だ。私は怪しい人じゃないよと答えればいいのか?こんな風に貴族の可愛いお嬢様に声かけられたことなどない私は、妙にテンパる。
「魔王様の目がずっと貴方の事を追いかけているの私は見逃さなかったわ。貴方、怪しいメイドなのね。目的は何? 暗殺?」
何という、超絶理論。魔王様に見られていたら暗殺者って、冤罪にもほどがある。
「ち、違います。誤解です。私は、普通にこの城で働いているもので、怪しくなんてないです」
勝手に暗殺者扱いされたらたまらないと、私は慌てて両手を上げた。何なんだ、このお嬢様。というか、魔王様。私の存在に気が付いたんですね。近くには行っていないのに、目がいいなぁ。
まあ、まだそんな事を考えられる余裕があるのは、たぶんその理論だけでは、流石に豚箱行きになる事はないだろうと思っているからだ。というか私を無実の罪だし。
……にしても、この子、どこかで見たことがあるような。
「ああっ!! 思い出した!!」
「な、何を思い出したのですの?!」
今度は私の声でお嬢様がビクッとした。
でもそれぐらい驚いたのだ。だって、この子、アレだよね。勇者の仲間の剣士、オーディンに恋をしちゃう貴族の女の子。剣士ルートに入ると、この子にオーディンが付き合えない旨を伝えるシリアスな話が入るのだ。
なんだか私、結構ゲームキャラのエンカウント率が高い気がする。この世界に来た一番初めから、デュラ様に会えてしまったのもある意味凄い確率だ。
「黙り込まないで、私の質問に答えなさい」
「あ。すみません。お嬢様のことは……その。聞いた事がありまして。利発で美しい娘だと」
この子の名前がノルンちゃんだとは思い出せるのだが、どこの貴族の娘かまでは思い出せないので下手な事も言えずへらっと笑っておく。ちなみに2次創作では、彼女は何故か毎回腐女子扱いをされていた。本家では普通の女の子だと思うのだが、たぶんオーディンの恋を最終的に応援しちゃうところから、そのイメージにされてしまったのだろう。
「まあ。私の事が魔王城でも噂になっているのは、何らおかしい事ではないわね。それで、貴方は何者?」
「何者と仰られても……。私は、魔王様の下で家庭教師をやらせていただいている、ユイと申します」
だから、名前を聞いてくれないかなぁ。何者と言われても、答えようがないのだ。
「あら。貴方がそうだったの。その名前は、お父様から聞いているわ」
「そうなのですか? あの……失礼ですが、お父様と言うのは」
「私はゲイル伯爵の娘のノルンよ」
ゲイル……ゲイル……はっ?! ゲイル伯爵って、まさかあのメタボなおじさんかっ?!
頭の中に浮かぶおじさんと、この目の前の美少女の接点といえば、髪の色ぐらいのもの……。あれか。おじさんも痩せれば美形タイプのぽっちゃりさんか。
まあ、できないから、ぽっちゃりさんはぽっちゃりさんなのだけど。むしろ私はノルンが今後メタボにならないかが心配だ。この国の食事は、太れと言っているようなものばかりだし、貴族ならばいいものを食べているだろう。ゲームの世界でのノルンは痩せているようだったけれど、もしかしたらそれは二次元で表す為の美少女補正がされている可能性もある。
そしてオーディンといえば、魔王様のライバルの一人だ。是非ともオーディンにはノルンを選んでもらって、勇者の恋人候補から戦線離脱をしてもらわなければ。その為には、ノルンが美人さんのままでいるのは必要条件だ。
「ねえ、普段は魔王様はどんな勉強をされているの? 趣味はどんなものかしら? 好きな食べ物とかあるの?」
ノルンがずずいと私に迫ってきて、私は動揺する。幼い子でも、好きな人のためだと迫力が違う――ん?
「ノルン様は魔王様の事がお好きなのですか?」
あれ? ノルンが好きなのはオーディンじゃなかったっけ? ……確か、襲われそうになっている所をオーディンに助けてもらうことで恋に落ちるのだ。ちなみに、この場面でノルンを助けられないと、確実にBADENDに向かってしまうので、欠かせない場面でもある。
でもその状況が起こるのはもっと未来の話。だとしたら、今は違う人が好きでもおかしくはない。
「お父様から魔王様好みの女になれと言われるから、頑張ってるの。私は貴族の娘だから」
わおっ。こんなに小さい子なのに、もう妃候補になれるように英才教育されているのか。確かにノルンは魔王様と年齢も近い。でも、ごめん。私の中の魔王様のお相手は、勇者一択だ。
お姉さんが、ちゃんとオーディンを紹介してあげるからねと、現在の恋を応援できない事を心の中で謝罪する。
「そうなんですね。あ、トイレはここですよ。使い方は大丈夫ですか」
「大丈夫よ。また後でお話してもいいかしら」
「はい。ただそろそろ仕事に戻らせていただきますので、できたら後日でもよろしいですか?」
「構わないわ」
そう言って中に入っていったノルンとメイドを私は見送りながら、首をかしげる。そういえば、ノルンからありがとうなどの言葉がなかったなぁと思う。いや、言われたいわけじゃないんだけど……やっぱり、あれか。父親の影響か。
ゲイル伯爵も銀髪の美人メイドさんに、ねぎらいの言葉をかけたりしていなかった。本編のノルンは、ある程度高飛車だけど、でも礼節もわきまえている子だったのになぁと思うので残念だ。これからノルンが大きくなるまでに、誰かそういった事を教える人が現れるのだろうか。
まあ、いいか。
たぶんなるようになっていくのだろう。私はとりあえず、次にノルンに会う事があったら、食生活がどうなっているかを確認しておこうと思った。




