42話 舞踏会の準備(魔王の感情)
「……なんというか、経費が凄い事になっているな」
「まあ、貴族をねぎらう為の一大イベントですからね。その分、参加される貴族はここへ貢物を持ってきますし、貴族同士の情報交換の場でもあると考えれば妥当かと」
ルーンから回されてきた予算編成を見て、俺は若干くだらないと思いつつも判子を押す。確かにルーンが言う通り、これまで舞踏会を開いているからこそ円満にこの国の政治が回っているという部分もあるのだから。
すべては市民の税金だが、市民の為に働いている貴族をねぎらうためと考えれば、多少は許されるだろう。勿論、財政難になるほどそちらへ力を入れ込むのはご法度だが。
しかし毎年、その御法度すら分からない貴族がいるから頭が痛くなるのも事実。ドレスなんて去年のを覚えているわけでもないのに、お金がなくても仕立て直したりして見栄をはるなど無駄が多い。この辺りが生まれつき貴族だった者の金銭感覚に、節約という言葉を持ち合わせていないための悪習なのだろう。そしてお金がなければ節約ではなくて徴収と考えてしまい、首を斬らねばならない事態になるという事もある。
その点、平民は比較的身の丈に合わせようとし、金があるものは金があるように、ないものはないなりに過ごす。
まあ、貴族でもハン伯爵のように、ないならば税収を増やせるように対策をとり、より多くの利益を求める者もいるにはいるが。
「……なんというか、俺にはまだ分からない世界だな。そこまで見栄を張って金を使う者の目的が分からない」
見栄を張っていい暮らしをしたい。周りからよく思われたい。その気持ちがまったく理解できないわけではないが、形ばかりを取り繕っても仕方がないだろうにとも思ってしまう。そしてその結果の没落。馬鹿かと思うのは厳しいのだろうか。
「見栄はないものほど張りたがるものですからね。そして過去の栄光というのは、中々捨てられないものなのですよ。それに貴族が金をばら撒くから経済が回るという良い面もありますよ。皆が皆、必要以上にケチで金を溜めこむようでしたら、あっという間に経済が動かなくなくなって、景気も悪くなるでしょう」
「まあ、そうなんだがな」
質素倹約もすぎれば毒だ。
物が売れなければ産業は廃る。貴族が服を仕立てる事によって、針子が金を得て布を買う。すると布屋や染物屋が金を得てと下々へ廻っていくのだ。
だから年に一度のこのイベントは、平民にとっても大切なものである。
「それから、まさかと思いますが、賢者様をこの舞踏会に参加させたいとかお考えじゃないでしょうね。言っておきますが――」
「駄目だと言いたいんだろ。分かってる。ユイを呼ぶ気はない。その日は、ユイには休みをとるように言ってある」
ルーンの言葉を先回りして、俺は自分から申告した。確かに舞踏会なんて俺には暇だし面倒で楽しくもなんともないから、ユイでも呼んで話を聞いていたいぐらいだ。でもそれは駄目だというのもちゃんと理解している。
「おや。珍しく聞き分けが良いですね」
「当たり前だ。ユイを貴族の前に出してみろ。ユイは金の卵を生む鶏のようなものだぞ。絶対貴族が目の色を変えて群がるだろ。それにハン伯爵もいる。もしもそこで後継者にしようと考えているなどと話されたら目も当てられない。しっかりとユイは隠しておくべきだ。むしろその日は城の外に居て欲しくないぐらいだ」
「……そうきましたか」
心配だ。ユイはほわほわと何も考えていない時があるから、そういう時に隙を突かれて、とんでもない約束を交わしてしまいそうなのだ。
実際、俺自身もユイのそういったところに付け入っていることを理解している。
だとしたら俺以外の奴らも、ユイが欲しいと望めば、付け入るに違いない。
「まあ、確かに。賢者様の存在はまだ隠しておいた方が無難ではありますが……思いっきり賢者様に肩入れした上での結論なんですね。結果的には私も賛成ですが」
「結果が同じならいいだろ」
ルーンは何か言いたげだが、俺はぴしゃりと言い放つ。ルーンだって、ユイを特別扱いして舞踏会に参加させるのは反対のはずだ。ユイを特別扱いして隠してしまいたいという理由の部分に相違はあるが、結果は同じである。
「結果が同じでも、過程に問題があれば、そこから崩れますよ。魔王様は賢者様を閉じ込めたいのですか?」
「そういうつもりはない。……閉じ込めた方が、いっそ楽だとは思うけどな」
手放したくないなら閉じ込めてしまえ。
時折不安から、そんな気持ちにかられる時もある。でもそれをしたら二度とユイは手に入らない気がするのでできない。ユイは俺が何もしないから、気を許していてくれているのだ。
無理をすれば、どこかで歪む。
「理性がまだきいていてくれているようで何よりです。束縛する男は嫌われますよ」
「そうなのか?!」
「まあ、私は賢者様ではないですので何とも言えませんが、魔王城で働く女性アンケートではそうだったらしいですよ。働いた事もないお嬢様だと夫と家以外の世界がありませんが、働く女性はそれまで比較的自由な世界にいるからでしょう」
ルーンの言葉に愕然とする。
ユイなんて、まさに自由の塊のような少女だ。となれば、束縛するような事をすれば、ユイに嫌われる可能性がある。
不安になればなるほど周囲から隠してしまいたいと思うが、やはりそれはできない。
「魔王様も厄介な相手を好きになりましたよね。ただの貴族の令嬢でしたら、なんの問題もなかったでしょうに」
「……好きなのか?」
「えっ?好きじゃないのですか?」
俺は良く分からず首をかしげる。
そういえば、以前ヴィリにも似たような質問の受けた気がする。
「そもそも俺は、誰かを好きになったりするのか?今まで、誰かを好きになったことはない。そんな事をすれば、平等でいられないからな。父上の事ですら、尊敬をしていたがそれだけだ」
いまいち【好き】というものが良く分からない。
どういう状況が好きというものなのだろう。ヴィリは結婚がどうとかと聞いてきたが、結婚なんて、そこに利益があるかないかで決まるのではないのだろうか。
相手を決める際は、権力、財力、見栄え、そしてその他付随する能力で、自分自身が求めるものと一番近い形の女性を選ぶのだと考えていた。
「……そうですね。好きにも色々な形がありますが、貴方にそういう話をする事もなければ、貴方自身話す相手もいませんからね。簡単に言えば一緒に居て楽しいと感じるなら、好きの枠組みに入れてもいいと思いますよ。そこに友愛や恋愛、親愛など色々な形は存在しますが。それは相手をどの立場に置きたいかで変わるのではないかと思います」
「俺はルーンを信頼している。しかし、一緒に居ても楽しいが?」
その理論で行くと、俺はルーンが好きだという事になる。信頼していたわけではないのだろうか。
「それは光栄ですね。先ほど言っていたように好きにも色々あります。だから信頼している上で好きという事もありえます。ただ私に向ける感情と、賢者様に向ける感情は違うのではないですか?」
「……確かに。ユイの事も信頼はしている。でも心配だ」
傷つかせたくない。
嫌ってほしくない。
守りたい。そばに居て欲しい。1人にしないで欲しい。
これらは、ルーンに対しては持ち合わせない感情だ。まあ、ルーンなら俺が守らなくても大丈夫だという事もあるが。
でも、ユイは違う。
「好きには様々な形がありますが、魔王様がユイの事を好きだというのは間違えはないと思います。嫌いではないでしょうし、嫌いの反対は無関心ですが、それでもないのですから。まあその好きが、どの形なのかは、自分で考えて下さい」
「答えは教えてくれないのか?」
そのまま教えてくれるのかと思えば、ルーンはそこからは自分で考えろと言った。
「感情に答えはないですからね。愛が憎悪に代わるなんてよくある事ですし。貴方が賢者様……ユイとどういう関係を結んでいきたいかが、結局は答えなのだと思いますよ」
「考えてみる」
上司と部下の関係でいいのか。それとも求めているのはそれだけではないのか。
ユイと居ると、俺は考える事ばかりだ。
「まあ、考えるのはいですが、仕事もおろそかにしないで下さいね。優先事項は今は舞踏会ですよ」
「分かっている」
ルーンの言葉に俺はため息をついた。
今日ばかりは、仕事なんてサボってユイに会いに行きたいと、魔王としては間違った事を思いながら。




