38話 城外のデート(魔王の視察)
「そう言えば、城下町に行って何をするんです?」
城の外に出てしばらくして、ユイは俺に聞いてきた。若干今更な気もするのは俺だけだろうか。
というか、俺の心配をするよりも、そっちを聞くのが先だったんじゃ……。
実は城から出るギリギリまで、1人で出るのはさすがにお忍びでも危険すぎますやらなんやらと、ユイはお前はルーン2号かと言いたくなるぐらい心配していたのだ。確かに俺は先ほど、『たまには家庭教師として、教育的指導は入れるかもしれません』というユイの言葉に対して許すと言った。でもこの心配っぷりは、逆にどうなのか。
ユイが俺の言葉をすべて肯定するようになるのは嫌だけど、かといってひたすら心配されるのもなんだか違う気がする。
ユイと俺はそれほどとしが離れていないと思うのだが、どうしてこんなに心配するのだろう。やはり魔王という立場だからだろうか。
とはいえ、何とか2人で外に出られたのだからと思い頭を切り替える。
「トイレの様子を見に行くんだ。ユイがいた方が、完成度がどうかも分かるだろう。それから下水道工事の着工度合いも確認しておきたい」
「それなら。お忍びじゃなくても、普通に視察として行けば良かったんじゃないんですか?」
ユイはやはり心配らしい。俺はそれに対して小さくため息をついた。
「それだと、皆俺に対して取り繕うだろ?ありのままを見ておいた方が、今後の評価の参考になる。後はユイが想像していたものと完成したトイレが間違いないか、確認もとりたい」
「ああ、だから私を誘って下さったんですね。もしも護衛しろとかだったら、私ではお役にたてそうもなくて、焦りました。残念ですが、私はどちらかというと運動音痴気味で、武道とか全くできないですし」
そう言って、ユイは苦笑した。なるほど。もしもの時は自分が魔王を守らなければという責任感から、余計に心配性になっていたのか。
「そんな事をユイには望んでいない。隠れてはいるが、護衛はちゃんとついているから安心しろ。お忍びだが、これは公務の一環だ。それに、俺はこう見えても、剣も魔法も得意だからな」
俺はユイへ腰に挿した剣を見せた。身長に合わせ少し短めではあるが、勿論練習用の木刀ではない。しかしそれを見せた瞬間、ユイの顔がすごく可愛いものでも見たかのように、ふにゃんと微笑ましげな顔をした。まるで大人の真似ををする子供をみるかのような……。これは、俺の実力を全く信じてなさそうだ。
そして、はっとしたような顔をして、ユイは取り繕うかのように視線を逸らした。
「それは頼もしいですが、できれば護衛の人にその役目は譲ってあげて下さいね」
上手い事言っているが、言外で、危ないからそんなもの振り回してはいけませんよと言われている気分になる。
実力を見せればユイは安心するかもしれないが、争いごとが苦手なので今度は逆に怯えられそうな気がしなくもない。そもそも、女性は血生臭いのはあまり好きではないものだ。
「あっ。そう言えば、この国は、馬車以外にも色々乗り物があったんですね」
そう言ってユイは誤魔化すように空を見上げる。俺もユイに合わせて上を見上げると、ちょうど俺達の頭上を翼の生えた馬、ペガサスが人を乗せて空を飛んだ。
「空を飛ぶとか、凄いですね」
「ああ。ペガサス飛行の事か。ペガサスは魔族領の一地域しか生息していないから、数は少ないが、直線距離を走れる分、馬車よりは早く現地に着くぞ。ユイの国にはなかったのか?」
「ええ。私の国では、ペガサスは伝説の生き物ですから。というか、魔族領には、私の国にはいなかった動物が多いです。水馬とかもいませんし。何だか馬シリーズが充実してますよね」
「なら、空を飛んだことはないのか?」
ペガサスがいないのでは、空を飛ぶことができないだろう。しかしそれに対してユイは首を振った。
「いえ。ないわけではないですよ」
「そうか。ペガサスは賢いが、他にも飛ぶ生き物はいるからな」
「そうですねぇ」
ユイは少し曖昧に笑った。
何か違ったのだろうか。
「私の国では動物を使って空を飛ぶという事はありませんでした。空を飛ぶ生き物は鳥ぐらいしか生息していませんから。なので空を飛ぶ時は道具を使っていました」
「道具を使う?」
「私も飛行機の原理は分からないので、教えるのは難しいですけど。でも気球ぐらいなら説明できそうです」
「キキュウ?なんだソレは」
ヒコウキもキキュウも聞いた事がない単語だ。
そう聞くと、ユイは少しいいですかと、道の端の方によってしゃがみこんだ。その隣に俺もしゃがむ。
「気球というのはこういう形のもので、ここで火を焚きこの円形の風船内の空気を暖めます」
ユイはそう言いながら、地面に不思議な絵を描く。
「空気は暖かくなると膨張します。なのでこの風船内の空気を膨張させて膨らませています。膨張すると外の空気より、風船内空気の方が軽くなる為、浮き上がるという仕組みです」
「そうなのか?ユイはどうしてそんな事を知っているんだ?キキュウ職人なのか?」
キキュウの原理は初めて聞く内容で、本当かどうかも俺には判別がつかない。というか、空を飛ぶ動物を使わずに飛ぼうとする発想自体が、この国にはないものだ。
「えっと、私は気球職人ではないですね。空気の膨張などの原理は、学校で習う為知っていただけです。学問的には……科学?になるんでしょうか」
「なるほど。カガクというのは面白い学問だな」
そんな事、誰も教えてくれない。というか、この国の者は皆知らないのではないだろうか。
きっと翼がなく、魔法もなく、ペガサスもいないから、ユイの国では、道具で飛ぶ方法を考えたのだろう。ないと言うのは、斬新な発想をする手助けにもなるので、悪い事ばかりでもないようだ。
「そうですね。では、あまりしゃがみこんでいても通行人の邪魔になってしまいますので、行きましょうか」
そう言ってユイは立ち上がると手を差し出してきた。なので俺は、ユイと手をつなぎ町を歩く。
「ふふふ」
「どうしたんだ」
「あ、すみません」
突然ユイが笑い出して、俺は尋ねた。すると、ユイは慌てて謝る。
「どうして謝るんだ?」
「えっと。なんだか、姉弟みたいだなと思ってしまって。私には弟がいたので、小さい時はこうやって手を繋いで歩いていたんです。でもラグの事を弟みたいだと思うなんて、失礼ですよね。すみません」
……姉弟か。
そうか。やっぱりユイにとって俺は弟ぐらいにしか見られていないんだな。可愛い振りをしてユイをこの場に繋ぎとめているので我儘な発想だとは分かっている。でも俺だって男だ。あまり年下扱いも度が行き過ぎると、少しプライドが傷つく。
でも姉弟と言ってもらえるという事は、ユイにとってかなり親密な立場に自分はいるのだと思っておこう。今現在俺がユイにとって家族のような立ち位置だという事なのだから。
「いや、別に謝る必要はない。弟とは仲がいいのか?」
「どうでしょう?悪すぎるという事はないでしょうが、大きくなると一緒に遊ぶ事もありませんので。それに魔王様と同じで、私とは違ってとても頭が良かったんです。その分親からの期待を一身に受けさせてしまったので、申し訳なくもあるんですけどね」
ユイはそう言って、寂しげに笑った。
きっとユイはもう祖国へは帰れないと感じているから、そんな笑みをするのだろう。俺も父上と仲がいいとは言えなかったが、もう二度と会えなくなると知った時は寂しいと感じた。
「ユイ。俺がそばにいるから、そんな顔しなくていい」
「えっ。ああ。すみません。年をとると感傷的になるんですかねぇ。本当に最近はあまりしゃべってもいなかったんですよ。なんですが、いざ会えなくなるとどうしても、もう少しこうすればよかったとか思ったりしてしまうんですよね」
「その気持ちは分からなくもない。俺ももっと父上と話しておけばよかったと思ったりする事がある」
病気に罹った父は、あっという間に逝ってしまった。
うつるといけないと面会もできず、気がつけば遺骨と最期の面会をする羽目になった。一説では暗殺だったのではという噂も聞くが、俺にも真相は分からない。
「辛い事を思い出させてしまってすみません」
「謝るな。俺が勝手に思い出しただけだ。それに、別に辛くはない」
あまり話す事もない人だったから。
それが、時折寂しいと感じてしまうが。
そんな話をしていると、突然目の前で馬車が止まった。
そして転がるように中から人がでてくる。
「ま、まま、魔王様っ?!何故こちらにっ?!」
タイミングの悪い奴だ。
大声で俺の事を呼んだ男に、俺はためいきをつく。ユイの言葉を借りると、もう少し空気を読んでほしいという気分だ。こんな場所で俺の役職名を呼んだのもそうだが、折角ユイと色々話していたというのに。
そんな俺の重たい溜息を誘ったタイミングの悪い男は、城で会ったことのある貴族だった。




