39話 城外のデート(ユイの主人)
魔王様と城下町を歩いていると、突然馬車が止まって、私はドキリとした。
えっ?!マジで、暗殺ルート?それとも人さらいルート?!
だから一緒に行くのは私だけと言われた時に、再三駄目だって言ったのにぃぃぃ。まあ止められなかった私も悪いのだし連帯責任ですけどねっ!!とやけくそで心の中で叫びつつ、どうやって魔王様を逃がしたらいいんだろうと考えていると、中からちょっと中年太りしたおじさんが転がるように出てきた。
えっ?メタボ体型の暗殺者?
しかし魔王様とおじさんの会話を聞いているうちに、どうやら知り合いだと分かって、私はホッと肩の力を抜いた。本当に心臓に悪い。魔王様を守っている人が近くにいるらしいけど、むしろその人と一緒に街を歩きたい気分だ。もしかしたら、強面すぎてとても目立つから隠れているのかもしれないけどさ。
そして魔王様がおじさんが話し合った結果、どうやらおじさんの馬車に乗り込むことになったらしい。
しかし乗ったはいいが、狭い空間の中、私と魔王様と知らないメタボなおじさんとそのお付の人っぽいメイドさんの組み合わせに、どうしようと私は視線を彷徨わせた。できれば、私はただの使用人だし、歩いて行くからいいですと言いたかったのだが、魔王様がつないだ手を離さずに馬車の中に乗り込んでしまったので、諦めるしかない。それに、魔王様の方が先に着き、私のことをトイレ前で待っていてもらうのも失礼だろうし。
でもせめて御者の人の隣にしてもらえばよかったと思う。魔王様は小さいし、メイドさんは細いけど、おじさんの体型の所為で、とても車内が狭く感じた。
「すみません。まさかお忍びであるかれているのだとは思いもよらず」
「いや、いい。済んだことだ」
頭を下げるおじさんに、魔王様は寛大な言葉を伝え首を振る。
しかし魔王様の空気がピリッとしているのを感じて、おじさんも挨拶だけでさっさと立ち去ってくれればよかったのにと思う。今の魔王様の機嫌はあまりよくない。
もしかしたら主君に歩かせるというのは、おじさんの立場上できないのかもしれないけど……何とか融通をきかせて欲しいところだ。
「ところで、そちらのお嬢様は……」
おじさんもその空気が辛かったのか、唐突に隣にいた私の方へ話題を振った。私としては巻き込まれたくなかったが、相手は貴族の方っぽいしどうしようと魔王様を見る。
すると魔王様は、小さくため息をついた。
子供なのに、気を使わせてしまって本当に申し訳ない気分だ。
「彼女は公衆トイレの発案者でもある、魔王城の賢者だ。今回は、城下町の視察で専門的意見をもらおうと同行してもらった」
げっ。魔王様?!
まさかの紹介内容に、私はぎょっとした。しかし魔王様の言葉を否定するのもまずいかとも思い、どうしたらいいのかとオロオロする。
「ああ。こちらが、あの有名な、ハン伯爵の」
「今は俺のところで働いてもらっているがな。ユイ。彼は、ゲイル伯爵だ。昔から俺の一族に仕えてきている古参の貴族だ」
「初めまして、賢者様。お噂はかねがね。私は以前から会いたいと思っていたのですよ。是非お見知りおきを」
「は、はあ。私はユイといいます。よろしくお願いします」
突然手を取られたかと思うとぎゅっと握手をされた。
にしても以前から会いたいと思っていたなんて……。私って、いつの間にかそんなに有名人になっていたのだろうか?
「ゲイル伯爵は、ユイが持っていたペンを、俺のところへ謙譲してくれた事もあるんだ」
「あの道具を見た時は衝撃が走りましたよ。まったく、ハン伯爵はいい拾い物をしたものだと羨ましくなりました」
「そ、そうですか」
なんと答えていいものか良く分からない。
雰囲気的にゲイル伯爵は私を貶しているつもりはなさそうだけど、物扱いってどうなんだんだろう。それともこの言葉は私ではなく、私が持っていた荷物に対してだろうか。
まあ貴族からしたら、平民なんてそんなものかもしれない。私としては、最初に出会えた相手がハン伯爵で本当に良かった。荷物だって、デュラ様は私のものだと言って取り上げたりしなかったし、本当にいい人だ。
「それにしても、賢者様はどちらからみえたのですかな?最近の舞踏会での話題は賢者様が独り占めですぞ。もしも教えて下されば今度の舞踏会で――」
「ゲイル伯爵。俺の家庭教師は謙虚でな。自分の事を話のがそれほど好きではないのだ。それぐらいにしてくれないか。それに秘密が多い方が、舞踏会での話題はつきないだろう」
根掘り葉掘り聞いてきそうな様子に戸惑っていたが、途中で魔王様が止めてくれてほっとする。魔王様みたいにちゃんと話を聞いてくれる相手ならいいが、面白半分に聞かれ、しかも噂話にされるのはやはり好きにはなれない。どうしても私の過去はデリケートな部分なのだ。
でも魔王様があまり私を助けては良くないのではないだろうか。私としてはありがたいが、貴族には貴族の交流方法があり、魔王様はある程度貴族を優遇しつつ、平等でいなければならない。そうでないと争いを生むと、ルーンが言っていた。
なので、私は自分で言える範囲で口を開く。
「私は、人さらいに攫われてこの国へ来ました。とても遠い国ですので、どの国から来たと仰られましても、私の力では上手く説明することができないのです。申し訳ありません」
「そうなのですか。それは悪い事を聞きましたな」
私が謝ると、ゲイル伯爵も素直に引き下がった。魔王様がいるからなのかは分からないが、そこまで悪い人ではないのだろう。それに私が人さらいにあったとなっている事を知らなければ、無遠慮な質問をしたとしてもおかしくはない。
「そういえば。魔王様は今年こそ、城の舞踏会に出て下さるのですよね?」
私の話題ができなくなったためか、ゲイル伯爵は舞踏会の話に話題を移した。確かこの国では、麦の収穫がすべて終わった冬に城で盛大な舞踏会を行うと聞いた。今がちょうどその収穫の時期なので、もう少しすれば、舞踏会なのだろう。
確か魔王様は、父だった前魔王様の喪に服していた為、前回の舞踏会は出ていなかったと聞く。舞踏会は貴族の羽根伸ばしの場所でもあるので、中止にはしなかったそうだが。
「俺はまだ父から受け継いだ仕事に精を出す身。舞踏会に出られるような――」
「舞踏会も貴族にとっては立派な仕事ですぞ。魔王様のいない舞踏会は、メイン料理の出ない食事のようで、皆悲しみます」
どうやらゲイル伯爵は魔王様を舞踏会に出させたいらしい。逆に魔王様はどうしたら断れるだろうかと考えているようだ。まあ、確かに。多くの貴族が集まるような場所は色々大変だろう。
舞踏会はきっと職場の飲み会みたいなものに違いない。飲み会は上司に気を遣ったりと、色々めんどくさいと思わなくもないが、これによりいい仕事関係が結べたりもする。
魔王様が言いあぐねていると、タイミングよく馬車が停車した。どうやら公衆トイレに着いたようだ。こんなに近いなら歩けばいいのにと思ってしまうが、それができないのが貴族なのだろう。
しっかりと停止したのを確認すると、ゲイル伯爵の隣に座っていたメイドがまず最初に降りた。
「ユイ。先に行け」
「あ、はい」
魔王様に言われて一番ドア近くにいた私は先に降りさせてもらう。薄暗かった馬車から外に出ると、とてもまぶしくて私は目を細めた。
「どうぞ、賢者様」
先に出ていたメイドに手を差し出されたので、私はその手を掴んで下に降りる。外で見ると銀色の髪が綺麗な美人さんだ。ニコリと笑えばさらに綺麗だろうが、メイドはまるで人形のようにその表情を変えない。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、メイドは人形のような無表情を少しだけ崩し、不思議そうな顔をした。
「お礼はいりませんよ、賢者様。おい」
ゲイル伯爵が呼ぶと、メイドは慌てたようにゲイル伯爵の方へ駆け寄り手を差し出した。その手を掴みゲイル伯爵は馬車から降りる。
「さあどうぞ。特に危険はありませんぞ」
ああそう言う事か。
ゲイル伯爵が魔王様に話しかける言葉を聞いて、メイドが一番最初に外へ出た理由が分かった。もしも何かあった時、メイドが身を挺してゲイル伯爵を守る為に違いない。ふむふむ。勉強になる。私も魔王様と出かける時は、率先して前を進んだ方が良いわけか。
それにしてもメイド業務に必要なスキルが、まさか武術だったとは……うーん。戦うメイドさんはカッコイイけど、私には無理な内容だ。
「ゲイル伯爵の手を煩わせる必要はない。ユイ」
魔王様に呼ばれて、私は魔王様に手を差し出した。魔王様は私のてを掴むと地面へ降りる。ゲイル伯爵は貴族だし、ここは私が動くのが一番なのだろう。
「ゲイル伯爵。ここまで助かった」
「いえ。私は先祖代々魔王様に仕えてきたゲイル伯爵領の当主ですから。まお――」
「ゲイル伯爵。俺は、ありのままのトイレを見に来たと言わなかったか?」
魔王様はゲイル伯爵が役職名を口にする前に、話しかけて止めた。ゲイル伯爵も失言だと思ったらしく、ゴホンと咳払いをする。
「そうでしたな。帰りは――」
「大丈夫だ。気遣いはありがたく受け取っておくが、俺はまだ歩いて見に行きたい場所がある」
「そうですか」
まったくつれない魔王様の言葉にゲイル伯爵は残念そうな顔をした。しょんぼりされると、なんだか申し訳ない気分になる。
かといって、馬車で仰々しく見て回ったら、全然お忍びじゃないだろうし。それにあの狭い空間はあまり快適じゃない。
「では賢者様。是非今度は、私の領地にも遊びに来て下さい」
「あ。はい。ありがとうございます」
社交辞令だろうが一応お誘いいただいたので、私は御礼を言っておく。たぶん行く事はないだろうけど。
「ゲイル伯爵。今は賢者にやってもらう事が多くあるから貸し出しはできないな。それから、貸し出しは俺を通してもらおう。今は俺の所有物だ」
そう言って、魔王様は無邪気そうにニコリとゲイル伯爵へ向かって笑った。無邪気なのだが、有無を言わせない鉄壁な笑みに、魔王様凄いなぁと心の中で感嘆する。
小さいながらも、しっかりと魔王業務をこなしているだけある。
「では、ゲイル伯爵失礼する。ユイ、行こう」
魔王様に手を引かれ、私は慌ててゲイル伯爵とメイドに一礼をし、トイレの方へ向かった。




