37話 デートの誘い(ユイの念願)
「やったぁ!ついに、ついに、念願の公衆トイレができたんですねっ!!」
バンザーイ!
私はその話を聞いた瞬間、両手を挙げて喜んだ。よかったよかった。これで城下町に出た時に、どこでお手洗いにいこうとか悩まなくてもすむ。我慢も嫌だけど、こっそり木陰でとか味わいたくないドキドキ感だ。そんなスリル私はいらない。
ただトイレを使うにはチップがいるのが少し気に食わないが、掃除などの管理を考えるとそれしかないので、今のところ目を瞑る。日本が本当に恵まれていたのだろう。
後は魔王様が、野外ではトイレ以外での排泄を禁止してくれて、見つかったら罰金という法律ができたので、序々に使用率を上げれそうな雰囲気だ。しばらくすれば、店でトイレサービスが始まるかもしれない。商品を買ってくれるならトイレを使ってもいいよ的な。
ただし、まだトイレの個数が圧倒的に少ないので、しばらくは尿瓶などで持ち運べば問題なしという事になっている。
「そんなに嬉しいもんかねぇ」
「嬉しいですよ。すっごく。だってやっぱり嫌ですもん。トイレがなくて野糞とかぁって、何女性に言わせるんですか。お花摘み行ってきますとか言わなくちゃいけない立場なんだから、もう少し気を使って下さいよ」
「待て待て。今のは嬢ちゃんが勝手に言っただけだろ」
トイレ工事の方々と話ながら私はノリツッコミを行う。でも、今は女の恥じらいを捨ててもいいぐらいに嬉しいのだ。
「まー、そうなんですけどね。でも下水道工事も始まりましたし、後は馬糞をなんとかして、家でした排泄物の道への垂れ流しとかがなくなれば、もっと匂いも良くなると思うんですよ」
はっきり言って、城下町は場所によって、鼻がひん曲がるかと思うぐらい臭いのだ。これが種族の差というものかもしれないが、気にならない種族はこの匂いが気にならないらしい。また慣れもあって、皆こういうものだと思っている節がある。
でも違う。街はもう少し無臭でいられるはずなのだ。とりあえず、私の住んでいた場所はそうだった。
それに、蠅とかブンブンしている中を歩きたくないし、あんな環境じゃ絶対病気も流行りやすいと思う。まあ、その分免疫力もあるのかもしれないけれど。
「馬糞かぁ。確かに、あいつらの糞を踏んだ日は一日が最悪な気分になるからなぁ。どうだい。馬糞を受け止める道具でも用意して馬から吊り下げておけば。そうすりゃ、道に落ちねえだろ」
「あ、それいいですね。馬糞処理に税金使うよりもよっぽど効率的です。それに、馬糞を肥にしている農家があるって前に言ってませんでした?溜まって処理に困る可能性があるなら、そういうところを真似たらどうですかね?」
「ああ。マーサのところがやってるやつだな。今度具体的に聞いておいてやるよ。確かにせっかく溜めたなら、使える方がいいには違いないもんな」
ありがたや、ありがたや。
トイレ工事のおじちゃん達は、私の話に耳を傾け、いろんな意見をくれる。しかも結構人脈も多いのだ。やっぱり建築では色んな人と関わりながら作っているからだろう。マーサさんというのも、馬車で荷を運んでくれる人で、実家は農家を営んでいる為、馬糞を肥料に使っているらしい。
「なら俺は、その馬糞を受けるのを作ってやるよ。要はケツの所に籠かなんかぶら下げておけばいいんだろ」
「フレキさん、ありがとうございます。スコルさんも助かります。是非、マーサさんに聞いて下さい。場合によっては、私の知り合いのところの農園でも使えるかもしれませんし」
知り合いの農園というのは、もちろんデュラ様の農園だ。城下町は人の居住が多く、農家が少ないが、地方に出るとまた違う。使う場所が増えて、買取何かができるようになれば、馬糞が道端に落ちるというのも減るだろう。
ああ、本当に魔族領の人がいい人ばかりで助かる。
「いやいや。嬢ちゃんのおかげでこっちも仕事ができたわけだしな」
「そうそう。トイレを作ろうとか言ってくれなけりゃ、俺らが魔王城で働くことなんてまずないし」
「そうなんですか?お二方とも、すごいいい腕をしているのに」
なんて勿体無い。
でもよく考えたら、城をリホームでもしない限り、中々建築屋が入る事はないのかもしれない。今でも部屋が余っているくらいなので、これ以上増築もしないだろうし。
「まあな。町で一番の腕を買われてここへ来たわけだしな」
なるほどなるほど。
人脈をつたってではなく、ちゃんと査定はしたらしい。まあ、優秀なルーンがその手の失敗はしないのは分かり切っている話だけど。
「ユイ。ここに居たのか」
おじさんたちと話していると声をかけられて、私はそちらの方をみた。
「えっ、まっ……ラグ?どうしたんですか?」
魔王様?!と言いかけて、ふと誰もおつきのものを連れていない事に気が付き、私は慌てて言い直した。危ない、危ない。折角お忍びで来たみたいなのに、危うく暴露するところだった。
にしても、今日はどうしたのだろう。
「今日は、城下町に行こうと思ってな。ユイを誘いに来たんだ」
「へ?城下町にですか?」
「何だ、坊主。うちの賢者様をデートに誘いに来たのか?」
「ユイもこんな可愛い恋人がいるなんて隅に置けないな」
ケラケラと笑いながらおじさん達にからかわれる。って、おじさん。一応お忍びだけど、相手は魔王様ですから。そうでなかったとしても、魔王城に出入りできるなんて、貴族のおぼっちゃまですよ。
あまりのフランクさにラグの機嫌が急降下したらどうしようと冷汗がでる。しかし恐る恐る見れば、ラグは別に機嫌を悪くはしていなかった。むしろいつもと同じ、ショタ萌えの穢れた私にはまぶしすぎる笑みを向けている。
流石、魔王様。器が違う。全然冗談をものともしていない様子に、ほっと息を吐く。一応お忍びだから、無礼講にしているのかもしれない。
「そうだ。だから、そろそろ俺のユイを返してもらおう」
しかも魔王様もノリノリで、おじさん達の冗談に付き合ってくれるとは。流石過ぎる。
「仕方ねぇな。このまま俺らが捕まえておいたら、ユイは結婚逃しそうだしな」
「……どういう意味ですか」
確かにモテから程遠いですけどね。でも、面と向かって言われると傷つく事ってあると思う。婚期とか、私ぐらいの年齢には敏感な話だ。
「働きすぎって意味だよ!そんなんじゃ、男できねーぞ?」
「むぅ。いいんです。まだ私は若いんです」
今は恋にうつつを抜かす時ではなくて、働く時だ。だから別に大丈夫だもんと独り言ちる。
そう言って数多くの女性が婚期を逃して晩婚化している日本人代表だけど、やっぱり結婚より、死亡フラグを折る方が先決だ。私は器用な方ではないので、恋も仕事も両立しますとかたぶん無理だ。
下手したら、恋人逃げられた上に戦死……。私、前世でなんか悪い事やったのかな的なBADENDすぎる。
「まあ、嫁の貰い手がいなくなったら、俺の息子を紹介してやるよ」
「まだまだ大丈夫ですってば」
まあ、本当に不味くなったら、ちょっと頼ってみるのもありかもだけど。でも、不老っぽい私の結婚適齢期は一体いつなのか。
魔族の方は寿命が種族ごとに違ったりするので、結婚適齢期を一律化できないんだけど……。
「そう。いらぬ心配だ。ユイの事は俺が責任を持つからな」
流石私の上司。
婚期を逃したら、責任もって結婚相手を探してくれるらしい。いや、待てよ。もしかしたら、結婚しなくても大丈夫なように就職斡旋の方だろうか。
まあ、異世界人の私がここで子供を産めるかどうかも怪しいし。……遺伝子的に無理な可能性もある。だとすると、恋人は仕事というのも、ある意味ありかもしれない。
うん。キャリアウーマンって、カッコいいよね。
「じゃあ、ユイ行こうか」
「あ、はい。おじさん、色々ありがとうございました。失礼します」
私は魔王様に手を引かれながらも振り向きお辞儀をする。よっぽど早く城下町に行きたいのか、魔王様はとてもせっかちだ。
「おう、楽しんで来いよ」
「ついでに、トイレも見て来い」
「はい、わかりました!」
手を振りながら私は、魔王様に向き直る。
「魔王様、色々失礼な発言、すみませんでした」
小さな声で私は魔王様に囁いた。寛大な心で許してはくれているが、やっぱりちゃんと礼儀はわきまえた方が良い。今度おじさん達と話した時には、ちゃんと伝えておかなければ。
「いや、大丈夫だ。それより、話し中に割り込んで悪かった」
「いえいえ。魔王様より優先される事なんで何もありませんから」
ルーンさんから、ちゃんとそれはいわれている。この城で働く限り、魔王様の危険が及ばない限りは、何事でも魔王様第一だ。
「……そうか」
「ただ、たまには家庭教師として、教育的指導は入れるかもしれません。その時はすみません」
やっぱり全てが幼い魔王様の思いのままの世界というのは歪だ。最低限の導きはまだ必要だとお思う。
魔王様の為に何ができるか分からないけれど、彼がしっかりとした魔王となれるように、私は力を貸していきたい。それが不興を買う可能性がないわけではないけれど。
「分かった。許す。何でも言え」
笑顔でそう言える器の大きな魔王様に、私はありがとうございますと伝えた。




