36話 王との謁見(勇者の緊張)
あー。嫌だなぁ、この空気。
王宮にやってきた俺は、椅子に腰掛けながら、国王への面会時間を待つ。突然王宮に来いと呼び出しされた俺は、朝早くから王様の部下の馬にひょいと乗せられ、ここまで運ばれた。おかげでまだ眠い。しーんと静まり返っていると余計に眠たくなる。
しかしあくびなんかすると、絶対貴族から文句が出るだろう。だから我慢をしているのだけど、正直つらい。
「トール。こっそり寝てもいいよ」
「いい。頑張る」
フレイにそうささやかれたが、俺は首を振った。フレイとは同い年のはずなのに、俺だけ甘やかされるのは何だか悔しい。
「何だ、トールは眠いのか?」
何とか無理やり起きようとしていると、武闘家のテュールが話しかけてきた。テュールは俺よりも年上で、まだ子供ではあるがっしりとした体格をしている。
子供ながらに筋肉がついたあの体格は密かに俺の目標だった。……フレイには諦めろと言われてるけど。
「だって、凄い早かったし。ふぁっ」
頑張って我慢していたが、とうとうあくびが出てしまった。幸い、近くに居る仲間以外には気が付かれていないようだ。
「何だ、トールはもう眠気が我慢できないのか。俺は、まだ耐えられるぞ」
「いつから我慢大会になったんだよ」
オーディンの言葉に俺はため息をつく。あー、朝っぱらから、コイツの煩い声に起こされたくないんだけどなぁ。
「そんなもの、俺様とお前が出会った瞬間からだ!」
「ダメだよ、オーディン。王宮なんだから静かにしないと」
常識人のバルドルが小声で声をかけてきたが、弱弱しすぎてその声は消されてしまいそうだ。案の定、あの馬鹿が聞くはずもなく――。
「俺とトールは永遠のライバル!俺とお前は、争う運命なのだ!!」
「意味分かんねぇーよ」
なんだそれ。
何かになりきったようなオーディンにぼそりとツッコミを入れた。というか、何で朝からコイツは元気なんだ。
「こら、オーディン。バルドルが言うように静かにしないか」
「尊敬するテュール先輩の言葉だが、俺に命令できるのは俺様のみ」
アホだ。そうか。アホだから朝から元気なんだな。
若干小さくなったが、全然聞く気がない声に俺はため息をつく。眠気で余計にイライラする。いっそ、煩い事を罪に問われて牢屋にでもぶち込まれればいいのに。
「じゃあ、無言大会とかどうかな?」
「なんだそれは」
「喋らなかった方が勝ちというシンプルな戦い方だよ?オーディンとトールならいい勝負になると思うんだけどどうかな?それともオーディンは負けるのが怖い?」
にっこりとフレイが笑った。……どう考えても、オーディンをのせるための言葉だ。
「俺に怖いものなどあるものか!」
そしてお前ものるなよ。
いや、のって黙ってくれていた方が恥ずかしくないからいいんだけどさ。あまりうるさいと、他人の目線も気になるし。ここは王宮の中だけど廊下のような場所で、人が行き来する場所だ。
「じゃあ、全員で勝負だよ。よーいどん」
フレイが喋った言葉を最後に、シーンと静まる。時折歩いていく、ヒトの足音と布が擦れる音しか聞こえない。
ヤバいなぁ。意外に、これ、眠いかも。
オーディンの煩い言葉を聞くのは面倒だけど、あれはあれでで少しだけ眠気を飛ばすのに役に立っていたらしい。何事も無駄なところなどないものだ。
少しだけ船をこぎかけて、フレイの肩にぶつかった。それにしても、なんでフレイは眠くならずに居られるのだろう。同じような条件なのになぁと思うが、こればっかりは体質としか言いようがない。
『トール、我慢しないで寝ておいた方が良いよ。王様の前で粗相したくないだろう?』
突然フレイの声が聞こえてバッと目を開ける。
俺が少しおかしな動きをしたせいで、みんなの視線が集まるが、何でもない事が分かると、それぞれに瞑想をしはじめた。
……フレイが喋ったなら、皆も喋りはじめそうなものだよな。
しかし、皆は何もなかったかのような雰囲気だ。するとフレイは俺の頭に手を置いた。
『魔法で骨を振動させて音を作っているだけだから声は出していないよ』
骨を振動?
フレイって本当に器用だよな。どうしてそう言う事を思いつくのだろう。
『とりあえず、王族がトールだけじゃなく、パーティーメンバー全員を呼んだという事は、何か言われるんじゃないかな?疲れるかもしれないしちゃんと休んでおいて損はないよ』
確かに、何故今回呼ばれたのかはさっぱり分からない。突然話があるから来いという、傍若無人な対応だった。しかもまだ半分寝ている途中で馬で運ばれるとか、俺は物かと言ってやりたい。この国の為に働き続けているんだから、もう少し優しさがあったっていいと思う。
『弓使いのウルが揃ったら、たぶん部屋の中に呼ばれるんだと思うし』
ウルはテュールと同じで年上の青年だ。きっと彼は貴族だから、俺らのように雑に扱われなかったのだろう。それでいくと、オーディンも貴族出身なのだが、彼は眠った状態でここまで連れてこられていた。その図太さは果たして器の大きさなのかどうなのか。とりあえず、目を覚まさせると色々煩いから勝手に連れてきちゃいましたな気がしてならない。
『っと、噂をすると影だね』
足音がする方を見れば、ウルの姿が見えた。彼は先祖にエルフの血が混ざっているそうで、少しだけ人形めいた美しさがある。
そんな彼は、俺らの方へやってくると、じっと俺を見た。
俺もドギマギしながらも、ウルをじーっと見つめる。まるで我慢大会のように見つめ合っていると、ウルの方が先に口を開いた。
「悪いものでも食べた?」
「何でだよ!」
開口早々、それかよ。
きゅるんという純真無垢そうな眼差しで、そのセリフはないだろう。なまじ顔が誰よりも整っているから、冗談には聞こえない。
「はーはははは。俺の勝ちのようだな!」
「勝負してた?」
少々言葉足らずなところがあるウルは、年上のくせにおっとりと小首を傾げるしぐさをした。これで似合うというのだから、エルフの血って恐ろしい。
「誰が長く無言でいられるか勝負してたんだよ」
「そう。皆静かだから心配した。何か悪いものでも食べたのかと……」
そう言って、ウルはフレイの顔をじっと見つめる。
……あ、そういえばこの間俺は、フレイ特製魔物の燻製肉を食べたせいで食中毒を起こして寝込んでいたのだった。ウルはその話を聞いていて、マジで心配してくれたのかもしれない。
「さてと。話はそれぐらいにしようか。ようやく入れるみたいだよ」
話をごまかすかのようにフレイは声をかけてきたが、確かに王様がいる部屋への扉が開いた。
「勇者トール一行よ。中に入られよ」
「あっ。はい!」
中から騎士らしきひとに声をかけられ、俺は慌てて返事をする。さてと、気を引き締めないと。下手に粗相したら、本気で牢屋にぶち込まれることだってあるのだと、父ちゃんから散々脅されている。
中に入ると、王様以外にも騎士のような人と貴族のようなが立っていた。俺らは王様の近くまで行くと、膝を折り忠誠の礼をとる。
「顔をあげよ」
重々しい王様の声が聞こえ、俺は顔を上げる。そこには鳶色の髪をした男が座っていた。この男がこの国の国王であり、すべての権力を握る人だ。長年の時を刻んだ皺のある顔に収まった、冷たい青い瞳は俺らの方へ向けられていた。
「よく来たな。勇者トールとその仲間よ」
よく来たなも何も、アンタが無理やりここまで運んできたんだろうが。一歩間違えれば誘拐だろと言いたくなるが、相手は国王様だ。
悔しい事に何だって許される。
「さて積もる話もあるが、先に本題に入らせてもらおう」
いつもだったらここから、最近の様子はどうだったかや、送ったものはちゃんと手元に届いているかなど、長々とした話が続く。
それなのにいきなり本題という事に俺は驚いた。どうやら、珍しい事に王は焦っているらしい。どちらかというと用意周到な上に、一手も二手も先を考えている王様らしくない対応だ。
「アース国から先ほど文が届いた」
アース国から?
アース国といえば、魔王がいる魔族領の国の事だ。
「5年後に交流会を予定していたが、その日程を早めないかというものだ」
へ?そんな事?
俺はその話のどこに焦る必要があるのか分からず首をかしげる。別に早めるなら、早めたって俺的には構わないし。
まだアース国の言語は覚えきっていないけれど、フレイが翻訳魔法を考えていてくれるので、それほど心配はしていない。それに、案外ジェスチャーで何とかならねぇかなと思っているのだ。
「しかし我が国は今、両隣に面しているオリュンポス国とタカマガハラ国と同盟を結ぼうかと考えていた所だ。同盟を結ぶ時に魔族と仲が良いのでは、両国ともあまりいい顔をしないとは思う。しかし現在アース国との貿易は年々増えてきており、今年は一段と増えたと思われる。だからこの関係を壊すのも惜しい話だ」
えーっと、つまり、どっちと仲良くしようか考えているという事だろうか。
普通に考えたら、同じ人族の国である、オリュンポス国とかだろうけど、アース国との関係も悪化させたくないと。
「申し訳ございません。発言をお許しいただけないでしょうか」
「許そう。何だ?」
何とか話を理解しようとしている途中で、フレイが突然発言をした。フレイが誰よりもアース国へ行ってみたいと言っていたのを俺は知っている。
きっと今迷われている旨を聞いて、何とか挽回できないものかと考えているのだろう。
「同盟を結ぶとしても、魔族と対立しなければならないという事はないのではないでしょうか?」
「どういう意味だ?」
「アース国と貿易をしているのは、オリュンポス国もタカマガハラ国も同じ。たぶん、今突然関係を打ち切ってはどの国も大変でしょう。また最近のアース国は目覚ましい発展をしているようにも思います。その情報も隣国は欲しいものと思います。今回は親睦を深めるという意味での交流会ですが、相手の状態をしるにも好都合かと思われます」
フレイは緊張した様子もなく、堂々と王様に向かってそう発言した。
「つまり、まだどちらと決めるには早いと」
「はい。魔族だからということだけで排斥していては、利を逃すかと思います。しっかりと情報を集めた上で決めるべきかと」
誰なのだろう。
ふとそんな言葉が頭に浮かんだ。隣にいる少年は一体誰なのかと。
もちろんフレイだって分かっている。フレイが頭がいいのも分かっている。でも、何故俺と同じように過ごして成長して、こんなに考え方に差があるのだろうか。
フレイが遠くに行ってしまうような気がして、俺はフレイの手を無意識に掴んだ。
『あー。やっぱり、王様相手だと、超緊張するねぇ』
俺が手を掴むと、唐突に頭に言葉が流れる。そしてチラッとフレイが俺の方を見た。その目はいたずらっ子のように輝いている気がする。
ああ、良かった。ちゃんとフレイだ。
『もう少しで片が付くと思うから、少し我慢してて』
我慢ってなんだよ。俺はそう思ったが、じっと同じ姿勢で王の言葉を待つ。王の威厳というものだろうか。沈黙が重い。
そしてフレイの手が汗ばんでいるのに気が付き、フレイは緊張を上手く隠しているだけなのだと気が付いてほっとする。ああ。なんだ。フレイも同じじゃないか。
「……面白い。よしでは、お前の目でアース国を見てくるといい。1年後に交流会を開こう」
「ありがとうございます」
王様から、欲しがっていただろう言葉を貰えたフレイは頭を下げた。




