35話 ブァン国との交流(魔王の義務)
「ブァン国との交流ですか?」
ルーンは不思議そうにしながらも、俺の質問に答える。
俺の記憶が確かならば、ブァン国の王とは交流がある為、大規模な交流会を控えていたように思う。
「確か5年後ぐらいに、ブァン国との交流会が予定されているはずですよ。確か、魔王様と同じ年頃の一番優秀な勇者が来るようです」
5年後か。
思ったよりは早いが、ユイが知る予言の書がいつの事か分からないと交友関係をしっかりとしたものにするには遅い可能性もある。
ユイ自身うろ覚えな部分があると言っていたので、何が正しいとも言えないが。ここにその予言の書があれば、ただの妄言なのかどうかも判別しやすいのに、生憎とユイの故郷すら分からない状態なので、手にする事は叶わない。
ただユイが気にしていた勇者という言葉がルーンの口からもでた事に、俺は少しだけ驚く。俺を倒しに来るというのが勇者で、友好の証の交流会に出席するのも勇者。
「勇者?」
「ええ。ブァン国で勇者の地位は髙いものではありませんが、名誉職であり、交流会に出てくるのが例え王族でなく勇者だとしても、こちらを見下しての行為ではありません。勇者とはあの国ではある意味象徴のようなものでもあるので」
国が違えば文化も違う。ルーンの言葉になるほどと納得する。
名誉職とは耳に聞き心地のよい言葉だが、高い地位がないという事は、ある意味何でも押し付けられる立場なのだろう。有事があれば前線に立ち、何か交友を広める場があれば、客寄せの為にその身を売る。都合のいいように飼われたような存在。
ユイはそんな存在を俺に好きになれと。
冗談。
ユイの言葉を鼻で笑いたくなる。王族に飼われたような間抜けな存在に、俺がうつつを抜かすなどあり得ない。勇者とユイを並べたら、間違いなく俺はユイを選ぶだろう。
ただユイの心配を取り除かなければ、ユイはそんなアホウな存在の所に行ってしまうのだ。勇者が俺を愛するようにするという、くだらない用件で。
「何故5年後なのだ?少し期間が長くないか?」
普通計画を立てるなら、よほど大がかりな者でない限り1年を目途とする。それなのに5年後の予定とは、いささか長い。
「魔王様がまだ幼いので、向こうもそれを考慮してですよ。なので、魔族領での仕事が落ち着くまでは、交流会は延期しようという話になっていました。それが何か?」
「ふん。いらん世話だな。もう少し早く交流会をとりおこなえるように話を進めろ」
確かに俺は幼いが、みくびるな。人族ごときに気を使われなければ政治ができないほど落ちぶれたつもりはない。
「逆に聞きますが、何故早める必要があるのですか?」
俺の言葉に、ルーンが尋ねてきた。そして小さくため息をつく。
「ユイに何か言われたのですか?」
「……それがどうした」
「公私混同はしないという約束です。他国の勇者を入れるという行為は危険を伴うので、もっと慎重になられた方が良いと思いますが。確かに友好の為に来る予定にはなっていますが、先の大戦で魔王様に剣を向けたというのも勇者。あれはこの国では忌職です。ユイは確かに素晴らしい知識を持っていますが、この国の事には不慣れ。鵜呑みではなく、ちゃんと貴方が必要な事なのかどうかを見極めなさい。そうでなければ、貴方が魔王ではなく、ユイが魔王をしているのと変わらなくなります」
ルーンの正しすぎる言葉に俺は小さく分かっているとだけ答える。
分かってはいるんだ。誰か1人にのめり込むのは危険だと。様々な情報の中から、俺が選んでいかなければいけないのだから、ユイの本当かどうか確証もない予言の書に振り回されるわけにはいかない事も。
そもそも予言の書なんて、この国では眉唾物だ。様々な種族が溢れている魔王領だからこそ、そう言った文献も多い。しかし、俺はいまだかつて、本物に出会った事はない。
「しかし時間をかけたところで、安全になるわけでもないだろう。最近は我が国の産物が、近隣諸国へ輸出されることも増えている。高い関税がかけられているにも関わらずだ。そんな国と政治上での友好関係を強化して悪い話ではないと思うが」
国をまたぐとなると、色々な制約も多いし、途中盗賊などに商品を奪われる事もあると聞く。粗悪な類似品を出されこちらの信用を落とされるのも困る。
やり取りが増えれば増えるほど、しっかりとした取り決めはしておいた方が良いだろう。
これはユイに言われたからではなく、俺自身がそれと判断したからだ。偶々そこに予言の書が絡んでしまったが、俺はユイを信じてもその書物は信じる気はない。例えそれが真実だったとしてもだ。
そもそも俺と勇者が……まあ絶対ないとは思うが、相思相愛となるとする。しかしその場合、王である俺に子供ができない。つまり国は滅ばず残ったとしても、跡継ぎを失ったアース国が安泰ではなくなるのだ。男同士を全否定するつもりはないが、王である俺は跡継ぎを残すのも仕事だ。ユイが言った戦争回避方法は、この国を滅びの方へ導くものでもあった。
まあ側室を娶れという話かもしれないが、戦争を終焉に導いたものを蔑ろにすれば、それはそれでまたいらない争いの種をまくだろうし、ブァン国からどのような苦言をもらうか分からない。
ただ戦争を回避するのがユイがこの国に残る条件ならば、それが国益と合致する限りその条件だけは守りたいと思う。
「確かに。やり取りが盛んになるにつれ様々な問題点が上がってきているという報告も受けております。まあ、いいでしょう。魔王様がそう判断したのでしたら、ブァン国へ文を出しておきましょう。あちらもきっと、早めに話し合いの場を持ちたいと考えているでしょうから」
意外に早くルーンが折れたので、ルーン自身もまったく利益がないとは考えていなかったようだ。ただ俺がどこまでユイの意見を聞いてしまっているのかを心配しているのだろう。
「ルーン。大丈夫だ。俺はこの国を見捨てる気はない。俺しか今はいないというのもちゃんと分かっているから、安心しろ。俺はちゃんと王だ」
俺は間違える気はない。
「分かっていますよ。差し出がましい事をいいました。申し訳ございません」
俺の言葉に、ルーンは頭を下げる。
ルーンは臣下として、俺が魔王でいられるように最大限の協力をしてくれている。たまにうっとうしくもあるが、彼の期待を裏切るわけにはいかない。俺が踏み外せば、滅ぶのは俺だけではないのだから。
「いい。今の俺は、それぐらいの監視があった方がいいのも事実だ」
そうでないと、バランスを崩す可能性がある。
「今の俺?……そういえば、何やら楽しそうですね。悪人面になってますよ」
「悪人顔とは失礼だな」
でもそう言われても、あまり気にならない。
「ユイから、永久に俺のそばに居る口約束をもらったからな。それに、ユイの好みがだんだんわかってきた」
「……永久ですか。なんて言って騙したんですか」
だから、どうして騙したになるんだ。
「別に騙してはいないぞ。ただユイは争い事が苦手なようだからな。俺が永久にこの国が平和でいられるよう俺の傍で力を貸してほしいと言ったら、了承しただけだ」
「ユイは貴方のそばに居る事が永久と思っていないのでは?」
「まあ、そうだろうな」
きっと、ユイは平和でいられるように、俺の傍で家庭教師として力を貸す事を了承したにすぎないだろう。しかし約束は約束だ。
「でも口約束でも約束は約束だ。いつか、いい交渉材料になると思わないか?やはり言葉には気を付けた方がいいな」
「無邪気にそういうことを言うと、ユイが怖がりますよ」
「分かってる。ユイは今のところ、可愛い俺が好きなのだろ?」
だからユイが油断できるように、存分に可愛い俺を愛でさせるつもりなのだし。
ユイとの交渉は、ユイがここから抜け出せなくなった時に初めて使っていえばいい。
「ユイがあなたの本性を知ったら倒れそうですね。まあ、ユイの話はこれぐらいにしましょう」
そう言って、ルーンは新しい書類を俺の目の前に置いた。
その書類に目を通しながら、ルーンの話を聞く。
「魔王様もすでにお聞きの内容ですが、人身販売が最近頻発している様です。ルートとしては、ハン伯爵領を通り人族側の国へ流れているみたいですね」
「そうか。人族に売りつけるとは、胸糞悪いな」
子供が攫われる事件が頻発しているので、どういうルートを使っているのか確認したのだが、どうやら人族側へ売られている事が判明した。また人族でも同様に、奴隷商が同じ場所へ人族の奴隷を集めているらしい。
人族は同じ人族である奴隷すら、迫害し人権を与えない。それなのに、対象者が魔族だとしたら、それが小さな子供だとしても、どのような目に合わせられるか。
「早急に業者を捕まえろ。ただし、裏に居る貴族は必ず引きずり出せ。トカゲのしっぽ切りでは意味がないからな」
他国へ売るなんて大がかりな事が起こっているなら、どこかの貴族が一枚噛んでいるだろう。貴族は例え金がなくても、平民を守る義務がある。それを怠ったものに、貴族の称号を持たせ続けるわけにはいかない。
「何をしてもいいが、必ず殺さず捕えろ。貴族の義務を怠ったものは、死より辛い罰を下さなければならない」
貴族はこの国で優遇され、富と名誉が与えられる。その代り、同等の義務が必要で、怠れば罰が必要だ。誇りを失ったものに、次はない。
「分かりました。貴方のご命令のままに」
ルーンはそう言い、頭をゆっくりと下げた。




