30 悪戯と不本意な誤解
朝起きて身支度を終え、寮の自室から出ようとすると、ドアが開きませんでした。
(うん……どうしんだろう。ーー壊れた?)
リアーヌは首を傾げる。もう一度ノブを回そうとするが、やはりぴくりとも動かない。物理的な故障ではなく、何らかの魔力を感じた。
(結界?)
何故、結界がリアーヌの扉に張られているのか、その理由が分からず、しばし考え込む。記憶を探ってみてーー不意に思い出したローランの言葉があった。
『君は一歩も外に出るべきじゃない』
……………。
リアーヌは額を押さえる。
(あれは、私の家族と会っていい感じになって、全部うやむやになった流れだったでしょ)
しっかり覚えていたらしい。さすが、粘着質である。
ノブに手を触れたまま魔法で探ると、扉全体に緻密に練られた結界の存在を感じた。
ただ「絶対に逃さない」というほどの強い意志は感じられず、悪戯っぽさのような意図を感じる。
ちなみに、これは攻撃魔法ではなく防御ーー対象を結界の中で保護する護衛魔法である。
先日の誘拐事件以来、移動魔法と攻撃魔法に対する監視魔法を強化していたのだが、この監視魔法は護衛魔法を感知しない。
そもそも、この寮には元から護衛魔法がかかっているため、これを感知すると四六時中、監視魔法が反応してしまい、逆に使い勝手が悪くなるからだ。
(うーん……)
頑張れば解けないこともなさそうだが。
「面倒……」
思わず一人ごちた。
(遅刻決定だな、これは)
そんな諦念を抱きつつも、このままローランの思惑どおり閉じ込められたままなのも腹が立つので、結界の解除に取り掛かった。
⭐︎
二時間ほどかけ、何とか無事に結界を解除したものの、朝から魔力と精神力を無駄に使って、全身が気怠い。
例えるならこれは、数え切れないほどの縫い針の細い穴に、延々と糸を通し続けるような、そんな作業に似ている。
幸いにも一限は勝手知ったるコルトーの授業だったので、
「すみません、遅れました」
と謝罪の言葉を述べて席に着く。するとコルトーが、
「体調が悪いと聞いたが、大丈夫なのか?」
と尋ねてきた。
(……別に体調が悪くて遅刻したんじゃないんだけど……)
と思っていると、コルトーの視線が隣の席に向けられていることに気付き、ローランがそんな嘘を説明したのだと分かった。
「もう大丈夫です」
と答え、こっそりローランを睨みつけたが、彼は黒板を見つめたまま、素知らぬ顔をしていた。
⭐︎
(……眠い………)
神経を使ったせいか、妙に眠たい。授業の最中も、うっかりウトウトしそうになるのを、手の甲を抓って何とか紛らわせた。
そうしてようやく授業が終わると、隣の席のローランが手を伸ばしてきて、リアーヌの頬に触れた。
「辛そうだな。大丈夫?」
はたから聞けば気遣わしげに聞こえる声音だが。
自分のせいであるにもかかわらず、いけしゃあしゃあとのたまうローランに、リアーヌは小声で抗議した。
「誰のせいだと思っているんでしょうか……?」
「俺のせいかと思うと責任を感じるな」
悪びれもせず、にっこりと微笑むローランに「このやろう」と一瞬、殺意を覚えたリアーヌだが、ふと級友の視線が集まっていることに気付く。
その視線の種類は様々だ。にこにこと微笑ましく見ている者。少し頬を赤らめている者。
(一体、何……?)
よく分からない視線に戸惑っていると、
「セネヴィル、昼休みに生徒指導室に来るように」
と周りに聞こえないような小さな声で、コルトーに呼び出された。
最近は呼び出されることもなかったのに珍しい、と思いつつ生徒指導室に立ち寄った。
ーー生徒指導室で待っていたコルトーは、リアーヌを見るなり何とも言えない表情で口を開く。
「リアーヌ。あってなきがごとき校則だが、一応、言っておく」
いつになく真剣な表情に、リアーヌは居住まいをただす。
「不純異性交遊は禁止だからな」
「違う!」
即座に否定した。
同時に、あの時、級友たちが生暖かい目で自分たちを見ていた理由が分かった。
「まだ学生なんだから、万が一、子供ができるようなことは……」
「だから、してないって!」
何故か疑わしげな目で見られている。
コルトーは昔馴染みなのだから、ローランのことはともかく、自分のことは信じてほしいな、と思った。




