29 家族
血みどろのローランは名乗る間もなく、リアーヌの母により強引に浴室へ連れて行かれた。
二国と国境を接する防衛都市の領主の妻だ。血を恐れるような人間ではなくーー肝が据わっていた。
その間リアーヌは、
「一体、何があったんだい?」
と訝しむ父親に、自分が悪漢に襲われ連れ去られたこと、彼が自分を助けにきてくれたこと、その際、やむなく彼は悪漢を斬り殺してしまったが、それは不可抗力だったことを説明した。
ローランの名は、取り敢えず伏せておいた。多分ローランは、自分から名乗りたいと思っているはずだ。
やがてローランは、母と共に戻ってきた。
「お待たせ」
と言った母は、興味津々な瞳でリアーヌを見つめている。
ねえ、どういう関係? 貴女のいい人なの? と問いかける目だ。
一方で、返り血を洗い流し、さっぱりしたローランは、リアーヌの父親の服を身につけていた。
……微妙に足の寸が足りていないところが、小憎らしい。
そんなローランを、リアーヌの父は少々面食らった表情で見た。先ほどまで「血塗れの少年」だった彼が、稀に見る美形で驚いていると同時にーーその顔に見覚えがあると感じたのかもしれない。
そして、
「初めまして。シャルトル家のローランと申します」
と名乗ったローランに、目を見開いた。
「ローラン・シャルトル君……?」
「はい」
驚くのも無理はない。
セネヴィル家とシャルトル家は、決して良好な関係ではない。にもかかわらず、娘がその家の次男ーーしかも血塗れーーを連れてきたのだから。
しかし、すぐに自分が名乗っていないことに気付いた父は、慌てたようにこほんと咳払いし、
「すまない。少し驚いてしまって……。改めまして、私はリアーヌの父親のティーノ、こちらは母のエルサだ。この度は娘の危機を救っていただき、ありがとう」
と深々と頭を下げた。ローランが恐縮したように手を振った。
「いえ、リアーヌさんの身に何事もなくて良かったです。できればお嬢さんを怖がらせないよう、穏便に済ませたかったのですが……」
上手に猫を被って好青年を演じているローランが可笑しかったが、何とか済ました顔でやり過ごした。そう、何事も第一印象が大事である。
父は、そんなローランまんまと騙されて、痛ましげに目を伏せた。
「いや、君にも辛い思いをさせてしまったようだ」
人を斬ったことを指しているのだろうが、そこは無用の心配だろう。
ローランという人間は、無差別に人を斬り殺す趣味はないものの、敵であれば良心の呵責なく斬り殺すことができる人間だ。そしてそれは、自分にも当てはまる。
「いえ、あのような暴漢に襲われたリアーヌさんの恐怖に比べると、私のことなど……」
胸を当てて目を伏せてみせたローランに、父は、痛く感じ入ったようである。
「今から学園に戻るのも夜遅い。それに明日は休みだろう? 今日はここに泊まっていきなさい」
父が、控えている使用人たちに視線を向けると、その中の一人が一歩前に出て、
「客室の準備は整っております」
と報告した。リアーヌの侍女であり護衛のキリエである。
母が、キリエの言葉に頷くと、
「今日はゆっくりと休んでいってくださいね」
とローランに微笑みかけた。
その後リアーヌは、何か色々聞きたそうにしているキリエにローランへの案内を任せ、自分は軽く湯浴みをして自室に戻った。
(……疲れた……)
自分にテリトリーに戻ってきて、張り詰めていた緊張の糸が切れたのだろう、どっと疲れが襲ってくる。寝台に飛び込んで横になると、泥のような睡魔が襲ってきたのだった。




