28-2
「確かにローランはクズだ」
リアーヌには、ローランに対する前世からの記憶がある。そのため、決して彼を「善良な人間」だとは思っていない。
「よく分かってるじゃないか」
我が意を得たりとばかり胸を張ったドミニクに、
「でも、貴方より百万倍ましですよ」
と辛辣な一言を浴びせつつ、艶やかに微笑んでみせた。
みるみる間にドミニクの顔が怒りに赤く染まる。
「どいつもこいつもローラン、ローラン!! なんで皆、オレを見ないんだっ!?」
それは、お前の傲慢な性格のせいだろうと言いたかったが、あまり挑発しすぎるのも良くないので、ぐっと堪える。
そう、深窓の御令嬢は時に我慢強く、優しく諭すことも必要だろう。
「貴方は親に溺愛されているじゃない。それで十分でしょう」
「はぁ? 親なんてオレを溺愛していて当然だろ? そんなもの、数にも入らねーよ!」
その物言いにイラっとした。
親の愛は、当然ではない。少なくとも次男であるというだけで、ローランには与えられなかったものだ。
「なあ。お前はあいつを信用しているようだが、他の男に汚された女を、あいつはどう思うかな?」
ドミニクがしゃがみ込み、リアーヌの顎を乱暴に掴んで上向かせる。
「気に入らないが、あいつは選びたい放題だ。わざわざ他の男の玩具になった傷物を選ぶとは思えない。それをお前にも思い知らせてやるよ」
下卑た笑みを浮かべた顔が近付いてくる。そして彼は、
「顔は極上だが、体は貧相だな」
と残念そうに宣った。余計なお世話である。
「まあ、いい。オレも騎士の名門だ。女はーー従順にしていれば、いい思いさせてやるよ」
ーーなお、このくだらない会話を交わしている最中にも、リアーヌは両腕を縛る紐を解いていた。いつでも反撃可能である。この角度であれば。
(まずは顎に一発、頭突きかな)
顎の骨が折れるような、きつい一発を喰らわせてやろう、と頭に強化の魔法をかけるリアーヌの胸元に、ドミニクの手が触れたその時。
「ーー彼女が汚されたら、汚した人間を八つ裂きにするだけですよ」
凛と透る声が響き渡った。
ドミニクが飛び退くようにして、リアーヌに触れていた手を引っ込める。そして声の主を見やると狼狽の声を上げた。
「何でお前、こんなに早く……」
そこに立っていたのは、ローランだった。
彼はドミニクの問いには答えず、にっこりと微笑んだ。綺麗な、しかし毒を孕んだ笑みだ。
(位置探知魔法だな……)
リアーヌの指に嵌って外すことができない指輪。おおよその想像はできていたので無理に解析はしなかったが、これで明らかになった。
ドミニクは狼狽えた様子で、きょろきょろと辺りを見回した。
「外には見張りがいたはずだ!」
「ああ、あの野盗崩れのような連中ですか」
答える必要などなかったのだろう。
真っ白なローランの衣服。それは目を覆いたくなるほど真っ赤に染まっていたのだから。
ローランがちらとリアーヌを一瞥し……眉を顰めた。
どうしたのだろうとローランの視線を辿ると、わずかにはだけた服から、胸元が覗いていた。
リアーヌは慌てて服を整え、何もされていないことを訴えるべく、ぶんぶんと首を横に振った。しかしローランから放たれる殺気は膨れ上がるばかりだ。
「ローラン! お前、こんなことをして、ただで済むと思ってるのか……!」
と喚くドミニクに、
「逆に俺も聞きたいのですが」
とローランは、その場にそぐわぬ綺麗な笑みを浮かべた。
「この状況で、俺が兄上を無事に帰すとでも思っているのですか?」
明かり取りの窓から差し込む月の光が、ローランの手に握られた血濡れの剣を妖しく照らす。
まだ乾き切らない血が一筋、刀身を伝ってぽたりと落ちて地面に染みを作った。




