28 囚われの深窓の御令嬢
ーー目が覚めたら、見知らぬ場所にいました。
(ここはどこ? 私はアンリ……じゃなくてリアーヌ・セネヴィル)
少しぼんやりした頭で、そんなことを考える。今ひとつ状況が飲み込めないのも、致し方ないと思いたい。
(私、寮の部屋で寝てたはずだけど……?)
周囲を見渡す。
石造りの荒れた建物だ。廃屋だろうか。ひび割れた壁から隙間風が入ってくるため、少し肌寒い。
(もしかして、攫われた?)
安全だと信じている寮の部屋で、就寝中に攫われるなど、どう足掻いても回避できそうにない。
(王立学園の警備は厳重なんだけどなぁ)
王家の人間も通う最高学府だ。安全安心信頼の警備体制のはずでありーーつまり、リアーヌは油断していたのだった。
恐らく転移の術だろう。
転移の術は、相当な魔力を消費するため、気軽に使える魔法ではない。潤沢な魔力を有していた魔術師が、転移の術を一度使っただけで魔力が枯渇し、二度と魔法が使えなくなったこともある。
それだけリスクが高い魔法だが、それを誰かに強いるだけの権力がある者の仕業だろう。
頭が重いのは、眠り薬か何かを嗅がされていたからか。
(状況を把握しないと)
リアーヌは壁に寄りかかるように座らせられていた。両手は後ろに回され、紐で縛られている。
紐には、魔法を封じる術式が組み込まれているようだが、決して強力なものではなく、また、そう複雑な術式でもなさそうだ。
(少し時間があれば解呪できるな……)
何にせよ、明日が休みの日で良かった。無断欠席になってしまっては大変だ。
と、そんなことを考えていると、コツコツと響く足音が耳に届いた。
「初めまして、ではないな。セネヴィル家のお嬢さん」
そう言いながら現れた若い男の顔は、つい先日見たばかりのものだった。
(ローランの兄か……)
ドミニク・シャルトル。
シャルトル家の後継ぎでーーとんでもなく素行の悪い男だ。なるほど、その財力と権力をもってすれば、魔術師の一人や二人、使い捨てることなど訳もないだろう。
「やはり美しいな」
ドミニクが、ねっとりとした視線で舐め回すように見てくる。勘弁してくれ、と思いながらリアーヌは冷たく尋ねた。
「このような真似をしてまで、シャルトル家の長男が私に何の御用ですか」
まあ、大方の予想はつく。出来の良い弟に対する嫌がらせだろう。
「ローランが随分とお前に執心だと聞いてね。少し話をしたくなった。この間はローランに邪魔されたからな」
次男のくせにオレを舐め腐りやがって、と苛立った様子で爪を噛む。
「ーーあいつも、お前のような美女を選ぶあたり、ただの俗人だな」
品行方正だの文武両道だのもてはやされているが過大評価だろうが、と続けながら、けっと唾を吐く。
「お前もそう思うだろう?」
「……はあ」
ローランがリアーヌに執着するのは、リアーヌが美人だからではなく、好敵手だったからだ。ドミニクの言葉は、とんでもなく的外れである。
「あいつは嫡男じゃない。いずれはどこか適当な家に婿に出されてシャルトル家の人間じゃなくなる存在だ。そんな奴より、オレの方がいい男だろう?」
「……」
何をもって自分の方がいい男だと判断しているのか、謎でしかない。ほとんどの面においてローランの方が上だ。ただ一つ、生まれた順番を除いては。
「まあ、正妻は無理だから、愛人にでも……」
何故、セネヴィル家の一人娘にして女領主になることが約束されているリアーヌを、愛人にできると考えるのか。理解不能なうえ、心の奥底からこう思った。
(下衆なうえに馬鹿だな)
処置の施しようもないな、と思いながらドミニクに声をかけた。




