26 シャルトル家の事情
乙女たちの必読書「もう一度、あなたと」を読了し、恋愛をしっかり学んで数日経ったが、未だリアーヌは、そこで得た知識を活かすに至っていない。
ただ、ローランは宣言どおり、決して急かすことなくリアーヌの歩みに合わせてくれているので、助かっている。
(時々、すごく何か言いたそうにしているけど)
彼は騎士になる男だ。前言撤回はしないだろう。
⭐︎
そんなある日のことだった。
マリアベルと共に下校するため廊下を歩いていると、
「セネヴィルさん」
と呼び止められた。そちらを見やれば、学園の事務員である。
「セネヴィルさんに面会です」
「私に?」
面会というと身内くらいしか思いつかないが、彼らは基本、事前に連絡を入れてくれる。
しかし特に何も連絡がなかったため首を傾げつつも、マリアンヌに断りを入れて、事務員と共に面会室に向かった。
面会室を覗くと、四十くらいの女性と若い男性が椅子に腰掛けているのが見えた。
(うえぇ……)
それを見た瞬間、リアーヌはげんなりした。
彼らは決して知人ではないが、見覚えはあった。
(シャルトル一家だ)
ローランの母と、兄ドミニクである。
母親は、これ見よがしに高価な宝石をあちこちに身に付けており、リアーヌから見れば趣味が悪い。
ドミニクは整った顔をしているが、根性の悪さが滲み出ている。傲慢だが、どこか卑屈さを感じるのは、出来の良すぎる次男の存在のせいだろう。
(何をしに来たんだか)
セネヴィル家の後継ぎ娘が息子と親しいことを嗅ぎつけて、牽制でもしにきたのだろうか。うちの子と親しくするなら、それなりの誠意を見せろ、とか。
(有りうる)
あくまでリアーヌを下に見て、自分たちに従えとでも言うつもりだろう。ローランを愛してもいないくせに、厚顔無恥この上ない。
このまま無視して帰りたいものだが、そうすると後ろにいる事務員に迷惑をかけることになる。
リアーヌは仕方なく面会に応じることにした。
「失礼します」
入室を告げると、二人が一斉にリアーヌを見た。
特にドミニクは、リアーヌを見ると驚いたように目を見開く。そんな彼らに向けて、
「リアーヌ・セネヴィルと申します」
と優雅に礼をしてみせると、二人がたじろいだ。恐らく、長らく辺境の領地に引き篭もっていた無作法な田舎娘と、たかを括っていたのだろう。
「へえ、お前がセネヴィル家の一人娘か」
お前からお前呼ばわりされる筋合いはないわ! と思う。自分も彼も次期領主の地位にあり、立場は同じだ。下に見られる筋合いはない。
そもそもセネヴィル家とシャルトル家は同格だ。こちらが名乗ったのに名乗り返さないとは、礼儀がなっていない。
ーーが、こんなところで言い返すのも大人気ないので、微笑むに止めた。すると、ドミニクは調子に乗ってにやつく。
「こんな美人とは知らなかったな」
美人だからといってお前に何の関係があるんだ! と言いたかったが飲み込んだ。とにかく蛇のように舐め回すような目つきが気持ち悪い。
とっとと用件を済ませたいので、こちらから切り出した。
「一体、私にどのような御用でしょうか?」
こんな胸糞の悪い相手にでも、上手に下手に出ることができるようになった自分は、成長していると思う。
「ああ、それはお前が最近……」
初対面の女性をお前呼ばわりする、無礼なことこの上ないドミニクが口を開いたところで、面会室の扉が壊れんばかりに荒々しく開かれた。
部屋の中にいる者が、一斉にそちらに目を向ける。
(ローラン……)
乱入してきたのは、殺気に似た空気を纏ったローランだった。




