23-2
混乱する頭を総動員させる。ローランの気勢を削げるならと、敢えてアンリの口調を使ってみた。
「ローラン。お前は俺がアンリだと知っているんだよな?」
「ああ」
そんな当たり前のことを一体なぜ聞くのか。そんな表情で頷いたローランに、リアーヌは困惑する。
「……いや、だから私はアンリなんだけど?」
かつての宿敵。互いにとって自分の命を奪った存在。そして……かつては男同士だ。
今のリアーヌは、女性として生を受け、そのことに対して違和感なく成長してきたが、ローランに対しては、どうしてもかつての関係性が脳裏にちらつくのだった。
しかし。
「君とアンリが同一の存在であることは理解しているが、同じ関係性である必要はないだろう?」
ローランは、とても割り切っていた。
一歩踏み込まれる。当然リアーヌの足も一歩下がる。目が本気だ。まずい。
「いや、お前、私……いや、俺というかアンリと、どうにかなりたかったのか? 違うだろう?」
必死に距離を取りながら問いかけると、ローランは一瞬考えた様子を見せーーこう言った。
「俺が今、君に対して抱く感情がアンリに抱いていたものが同一かどうか、ということか? 多少異なると思うが、アンリのことが特別だったことは事実だ」
「え、そうなの?」
想定外の答えに驚いてアンリの口調が引っ込んでしまった。そんなリアーヌの反応が心外だったのか、
「……昔も今も君に対して誠実だったと、前にも言っただろう?」
「それはーー聞いたけど」
今は確かに、同じ不思議な現象に巻き込まれた同士として、特別な絆を感じることはあるだろうが。
(アンリの時、そんなふうに意識されているような要素、あった?)
アンリが一方的にライバル視していたようなもので、ローランの方は、アンリの「セネヴィル家の嫡男」以外の要素については、歯牙にもかけていなかったように思っていた。
(確かに、律儀に相手はしてくれてたけど)
また、騎士としてのアンリの誇りを尊重してくれていたことも、今は理解している。が、同僚としての域を出ないものと思っていた。
そんなリアーヌの考えを読んだかのように、ローランは言葉を継いだ。
「君は何をしても、俺には一歩及ばなかったが、肉薄はしていた。そんな君を雑魚のように扱っていたつもりはないんだが?」
褒められているのか貶されているのか分からないような言い様だが、要約すると多分「俺が認めていたのは君だけだ」と言いたいのだろう。
「君が努力するから、俺も努力しなければならなかった。俺はいつでも、君より優秀である必要があったからな」
「……」
シャルトル家の複雑な事情が頭をよぎる。
「君は……とても面倒臭い存在だったよ」
かつての日々を思い出したのだろうか、遠い目をしていた。が、すぐに気を取り直したように言葉を継ぐ。
「俺は、君がアンリという男だったと認識していると同時に、君が今、リアーヌという女性であるということも理解している。現実をありのままに受け入れているんだよ」
距離を詰めてくるローランから離れようと、さらに一歩下がる。と……背中が壁についた。それと同時に、リアーヌの顔の横の壁にローランが手をつく。
「何か問題はあるか?」
「問題は……ある」
「それは何?」
言い淀むリアーヌに、ローランの声にわずかな苛立ちの色が混じる。
何と言えば踏み止まってくれるのか、あれこれ頭の中で考えがぐるぐると空回りしている。しかし、何か言わなければ、なし崩しになってしまう。
「は……」
「は?」
「初めて、で、恥ずかしいんだけど……」
と苦し紛れに言った瞬間、ローランの顔が降りてきて、唇を掠めた。一瞬感じた、乾いた柔らかな感触。
ーー思考が完全に停止した。
硬直するリアーヌに、ローランは小さく笑って、
「……今日はこの辺で満足しておく」
と言って、背を向けた。
去って行くローランの姿を呆然と見送ったリアーヌは、彼の姿が見えなくなると同時に、はっと我に返る。
「はあぁーー???」
叫んでリアーヌはしゃがみ込んだ。
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