裏話5-3
武闘大会では予想どおり、口づけを回避したいリアーヌが大会に乱入してきた。コルトー教師と示し合わせたうえでの行動だろう。
(変わらないな)
昔と変わらない、その妙に単純な部分を懐かしく思う。
そして、やはり想定どおり、リアーヌは戦闘を「演舞」に切り替えてきた。それも当然だろう。誰がどう見ても、編入生であるリアーヌがローランに勝てるとは思えないからだ。
だから、リアーヌは観客にも分かるよう、自分の意図をアピールしたのだ。
演舞であれば、リアーヌがローランを負かしてもおかしくない。
また、観客の中にはローランのファンも多い。彼女たちはローランが勝つことは応援しても、リアーヌに口づけられることは阻止したいはずだ。
そんな彼女たちに、リアーヌが配慮した部分もあるのだろう。
ローランも、本当は口づけを受けるつもりなどなかった。リアーヌが一部過激な女性たちのやっかみを受けることは本意ではない。
けれどーー気が変わった。
(失敗したな……)
自分らしくない失態を犯したことに気付く。観客がリアーヌの演舞に、ぽーっと見惚れていたからだ。
リアーヌが、姿形という表面の美しさだけではなく、立ち振る舞いや、その存在自体が放つ輝きが、とても綺麗だということを皆に知らしめてしまった。
(アンリが騎士だった頃も、周囲を惹きつけていたな……)
だから示さなければならなかった。彼女は自分の「特別」であると。
跪いて手の甲に口づけると、リアーヌの腕にぞわっと鳥肌が立った。それを見て、いい気味だという思いと、手の甲では物足りなかったという気持ちが同時に湧いた。
ーー自分のファンのやっかみが彼女に襲いかかることは致し方ない。
が、まあ、彼女なら何とかするだろう。彼女はかつて、騎士の筆頭だった人間だ。そのくらいの対応能力がないはずもない。
それに。
(本番はこれからだ)
⭐︎
口づけを受け、腹を立てているリアーヌを誘導して、改修中の訓練場に追い詰める。頭が良いにも関わらず、ローランのことになると頭に血が上って、冷静な判断ができなくなるのは相変わらずだ。
ローランの真の目的は、リアーヌに「関わるな」という言葉を撤回させることだ。
木刀を投げても、しばらくは逃げ回っていたリアーヌだったが、逃げられないと悟ると木刀を拾って構えた。
手を抜いては、かつての筆頭騎士に失礼だ。だが怪我をさせたくもない。難しいところだが。
(まあ、アンリのことだ。どうにかするだろう)
と手加減一つせず打ち込んだ。観念したリアーヌが、木刀で彼の一撃を受けた。
隙のない、無駄を削ぎ落とした動きだ。
(ああ、やはり……綺麗だな)
剣を交えれば、すぐに分かった。
打ち込んでくる時や攻撃を避ける時のちょっとした癖。それらは全て、自分が知るアンリの動きそのものだった。演舞でなくとも彼ーー彼女の動きは流麗で無駄がなく美しい。
加えて女の非力さを、うまく魔力を織り交ぜて補ってくる手強さに、心が躍る。
(やはり俺の好敵手はアンリしかいない)
そう思っていたが。
(……っ)
リアーヌに膝を付かせ、木剣の切先を突きつけた時、心臓が大きく飛び跳ねた。
下から見上げてくる彼女の顔は、アンリの時と違い、憎々しげな表情で睨みつけるのではなく、少しぽかんとした様子だった。
あどけなくて無防備で……心が騒いだ。
頬に触れたい、という衝動が湧き上がる。
以前、学習室で勉強していた時も、じっと見られると恥ずかしい、と言ったリアーヌに、妙な感覚を覚えた。
触れたいという衝動と、その瞳で自分だけを見て欲しいという願望。
ーーその存在の全てが欲しいと思う渇望。
それが何と呼ばれる感情か、理解できないほど鈍感ではなかった。
(ああ、そうか……)
自分はきっと、アンリを刺し殺し、彼を永遠に手に入れたと思ったあの瞬間からずっと、彼に囚われていたのだろう。
「……」
今、押し倒せば手に入ると、一瞬だけ思った。
その少し開いた無防備な唇に深く口づけ、両腕を床に押し付け、足を膝で割って体を暴き、全てを貪れば、どれほど満たされるだろう、と。
しかし、すんでのところで思いとどまる。
アンリはとても誇り高い男で、自分を暴力で屈服させようとする輩を決して許さなかった。きっとリアーヌも同じだろう。
……正攻法でどうしても手に入らないというのであれば、それも一つの選択肢か、と考え、首を振る。それでは意味がない。
彼ーー彼女の意思を尊重したうえで想いを交わすことができたなら、どんなに幸せな気持ちになれるだろう。
そのためには。
(まずは友達から)
ゆっくりとその心を絡め取ればいい。
⭐︎
ーー回想に耽っていると不意に、ざわり、と殺気を感じた。
考えるより体が先に反応する。殺気の主は腕の中だ。咄嗟に拘束を緩めると、リアーヌが「とう!」という妙な掛け声をかけて、自分の腕から抜け出した。
そして、腕をさすりながら、
「痛いわ、馬鹿力。ちょっとは加減してください、このすっとこどっこい!」
と文句を言うなり、脱兎の如く駆け出して、あっという間にローランの視界から消えた。
(……早いな)
と苦笑しながら眺めていると、ふと服に違和感があることに気づいた。
(何だ?)
と思って手で探ると、硬く小さな感触があった。
それは先日、ローランが彼女に贈った髪留めだった。暴れた際に髪から外れ、ローランの服の中に入り込んだらしい。
(使ってくれているんだな)
かつての宿敵から貰ったものなど、その辺にぽいっと打ち捨ててもおかしくないのに、律儀に使ってくれている義理堅さを愛しく思う。
ローランは微笑むと、髪留めにそっと口づけた。




