裏話5-2
王立学園では毎年、夏の終盤に武闘大会が催される。
アンリのいない武闘大会は手応えがなさすぎて、二度目を生きるローランにとって、退屈な催しの一つに成り果てていた。
しかし、今世も騎士を目指している都合上、参加しないわけにはいかず、義務として出場しているような状況だった。
ちなみに騎士になる目的は、前回のように家のためなどではない。その真逆ーー家を出るためだ。
既に第一王子に、騎士になる心づもりは伝えてある。また、王子の元で働くために騎士になれば、養子縁組について考慮してくれるだろうという打算があった。
しかし、アンリと同一の存在がいるのならば、武闘大会にもそれ以外の意味が生まれてくる。
「コルトー先生」
当日、司会をする予定のコルトー教師に声をかける。
「お、シャルトル。どうした?」
飄々とした学年主任は、特に何の警戒心もなく応じてくる。
「武闘大会のことで、相談が」
「シャルトルが相談なんて珍しいな。何だ?」
良き教師であるコルトーは、親身になってローランの相談を聞こうと耳を傾けてくれる。ローランも良き生徒を装った。
「武闘大会は危険と隣り合わせの行事です。そのためか最近は参加を希望する生徒が減少しています」
「まあ、今は世情が安定しているからなぁ。腕っぷしだけで出世とはいかないから、わざわざ危険な大会に出ようとは思わないかもな」
そうはいっても、武闘大会は王城に仕えるための登竜門だ。レベルが落ちるのは避けたいところだろう。
「しかし参加者の私としては、これ以上盛り下がると、やる気が削がれます。例えばーー報奨でもあれば、皆のやる気も出るかと」
そう告げると、コルトー教師は面白そうに眉を動かした。
「報奨、ね。金は予算つけてないから無理だぞ」
その回答は想定内だ。
「物じゃなくても、記念となる思い出があれば良いかと」
「例えば?」
コルトー教師は探るような、それでいて興味津々といった瞳で見てくる。そんな彼に、ローランは提案した。
「学園の女神の口づけ、などはいかがでしょう」
学園の女神。即ちそれはリアーヌを指す。主に彼女に憧れる女生徒からの非公式な称号だが、広く学園内に浸透していた。
コルトー教師も、それが誰を指すか、すぐに理解したのだろう。嫌そうに顔を顰めた。
「無理無理無理。そんなの無理に決まってる。却下だ却下……」
すげなく断るコルトー教師に、ローランは食い下がった。
「そういえば先生とセネヴィルさんはお知り合いのようですね」
その瞬間、コルトー教師の顔が強張った。今までの学生に接する時の気安さはなりをひそめ、代わりに警戒が瞳に滲む。
「……何のことやら」
相手はすっとぼけようとするが、こちらは確証を持っているので、構わず続けた。
「彼女が編入生であるにもかかわらず特別クラスに入れたこと、二回目の試験で飛躍的に順位を上げたこと、先生と彼女の関係が広まれば、何か勘繰る輩も出てくるかもしれませんね」
学園は寄付金や家柄も入学条件に加味している。
つまりコネもルール違反ではないーー実際、編入当初、リアーヌ自身もそれに言及しているーーが、この教師は、それなりにセネヴィル家の格式を重んじている様子だった。
セネヴィル家に悪い噂が流れることは避けたいだろう。
「お前……脅す気か?」
「まさか。ただ私は、武闘大会を盛り上げることによって、武の国の国威掲揚を狙いたいと考えているだけです」
あくまで国のためだと、もっともらしい事を言うと、コルトー教師が唸った。
「うーん。……いや、でもな。武闘大会の優勝者は確実にお前だろう? セネヴィルからの口づけだぞ? 欲しいのか?」
「あの凛とした美しさの彼女からの口づけを欲しくない男なんていませんよ」
美しい云々は横に置いておいて、自分に口づけを強いられて最高に嫌そうな顔をするリアーヌの顔を想像すると、溜飲が下がるというものだ。
「それに私が優勝確実なんて、とんでもない。学園の女神の口づけがかかれば、皆、本気になりますよ」
微笑みながらも、リアーヌが自分以外の人間に唇以外であっても口づけるなど、あってはならないと思う。
「口にはさせないぞ」
「勿論です」
さすがに、そこまでは望まない。あの公衆の面前で自分とリアーヌが唇を重ねれば、様々な方面で阿鼻叫喚の悲鳴が響き渡ることだろう。
「分かった。だが、このことは当日まで秘密な。バレたら絶対に妨害工作される」
「ありがとうございます」
これで段取りは済んだ。
優勝者の報奨がローランへの口づけと知れば、必ず彼女は阻止するために動くだろう。
(とにかく、まずは接点を持たないとな)
そして、知らないふりを通す彼女の化けの皮を、少しずつ剥いで、自分を避けようとしても無駄だということを思い知らせてやろう。




