閑話4-2
一つ例を挙げるならば武闘大会の副賞の件ーー学園の女神による口づけの話を持ちかけて来たのはローランであり、その時に彼の本性に気付くべきだった。
最近、にこやかに微笑んでいるローランを見ると、うすら寒い気持ちになる。
コルトーは今更ながら知ったのだ。誰に対しても分け隔てなく接することができるということは、逆に言えば、誰とでも壁を作っているということを。
(あいつは誰のことも信用していない)
ただ一人、リアーヌを除いて。
そう、彼女といる時のローランは気安く、リラックスした空気になる。
つい最近知り合ったばかりなのに、長年の付き合いがあるかのような雰囲気が、二人の間には流れている。
しかも、
(まじかよ……)
と思うことは、ローランの方が、リアーヌに対して並々ならぬ執着心を抱いているように見えることだ。
どう見ても感情の矢印は、ローラン→→→→リアーヌだ。
そこに内包されている感情は決して単純なものではないが、紛れもなく恋情に近いものが混じっている。そして彼は恐らく、それを周囲に対して隠すつもりがないのだ。牽制しているのだと感じた。
(リアーヌは、黙っていれば本当に美少女だからな……)
いくら美人でも、あのローランが親しくしている女に手を出そう、などと思う勇敢な男子学生がいるだろうか。いや、いまい。……いや、たまに無謀な輩もいるが。
何にせよ、牽制という意味では、十分過ぎるほど成功している。
そして今。
机に突っ伏して眠っているリアーヌの右手の薬指に、見慣れない指輪がはめてある。教師であるコルトーは、一目でそれが何か理解できた。そして、また唸る。
(まじかよ……)
ライカの涙。
セネヴィル家の力があれば買い求められないこともないが、リアーヌは「自分の力で稼いだものでなければ贅沢品は欲しがらない」という考えなので、社交上で必要な装飾品以外に興味を持たない。
つまりこれは、誰かから贈られたものだということだ。
(しかも右手の薬指……)
恋人がいる女性が着けることが多い場所である。
そして、ただの友人に贈るには高級かつ希少すぎる宝石だ。
こんなものを今、リアーヌに贈り、かつ強引に身に付けさせられる存在など、一人しかいない。
ローランは、密かに事業を営んでおり、自力で収入を得ているという話もある。
(これを選ぶあたり、リアーヌの好みを知り尽くしているってことだ)
ただの高価な装飾品であれば、リアーヌの興味を一片たりとも引くことはない。しかしこれは、装飾品でありながら、希少で有用な魔道具だ。
(というか、俺でもほしい)
ライカの涙を眺めながら、そんなことを考えていると不意に、とんとん、と扉を叩く音がして、コルトーはびくっと体を震わせた。
(来たな……)
入室を許可しないわけにもいかず、コルトーは「どうぞ」と声をかけた。果たして、コルトーの予想に違わぬ人物が、部屋に入ってきた。
「失礼します」
ローランは丁寧な挨拶をして頭を下げる。一見、柔らかな笑みを貼り付けているが。
(目が怖ぇ)
目が笑っていない。お前は魔王か、と突っ込みたくなったが、ぐっと抑え、
「ああ、シャルトルか。どうした?」
と努めて平静を装った。辛うじて教師の威厳は保てた……と思う。多分。
大変、迷惑この上ないが、コルトーはこの少年から強い警戒心を抱かれているのだと思う。リアーヌとの距離が近いのが気に障るのだろう。
「セネヴィルさんが、こちらにいるのではないかと思って」
そう尋ねてきたローランの視線は既に、何も知らずすやすや眠っているリアーヌの姿をしっかりと捉えている。
(おい、こら、起きろや)
コルトーは心の中で毒付く。
(お前は子供の頃から、警戒心が強かっただろーが!)
にもかかわらず、何故、こんなぴりぴりした空気の中で眠ったままでいられるのか。
しかし、ここでびびっては教師の沽券にかかわる。そう、相手はまだ十五歳の少年だ。
「あ、ああ。分からないところがあったということで、質問に来ていた」
しかしローランは白い目でコルトーを見つつ、
「その割に、セネヴィルさんはぐっすり眠っているようですが?」
と、机に突っ伏して幸せそうに眠っているリアーヌを指差した。
「問題を解いているうちに眠ってしまったようだ。少し寝不足だったのかもな」
と言いつつローランからつと目を逸らした。




