21 二人の王子と二人の騎士
別視点ですが本編です。
「久しぶりに来たな」
柔らかな栗色の髪をした青年が、校舎を見上げながら呟いた。
彼の名はカミーユ。フィリウス王国第一王子である。
学園長に用があって足を運んだのだが、ついでに弟であるシリルから、この学園に在籍中の女学生宛ての手紙を預かっていた。
(リアーヌ・セネヴィルか)
セネヴィル家の一人娘であることは知っているが、彼女は病弱を理由に、全く社交界に顔を見せなかったため、その学生の容姿を知らなかった。
学園の関係者に聞けば、すぐに分かるだろうが、独身の自分が未婚の女性のことを尋ねると、妙な誤解を生む可能性がある。
近くに潜んでいる護衛も、セネヴィル家の長女のことは知らないらしい。
(どうやって探そうか)
と悩んでいるところに、折よく、知り合いの姿を見つけた。ローラン・シャルトルである。見知らぬ女学生と並んで歩いていた。
(さすが美人を連れているなぁ)
ローランの容姿が眩いばかりであるのはいつものことだが、連れの少女はまた違った雰囲気の美しさだった。闇を映したかのような黒く長い髪が、神秘的な雰囲気を醸し出している。さながら太陽と月のような組み合わせである。
二人並んでいると、絵画のように様になる。
しかし、それ以上に気になる点があった。ローランの視線だ。
ローランがその少女を見つめる眼差しには、熾火のように密やかに燻る炎があり、何かしら特別な感情を相手に抱いていることが容易に窺えた。
(へぇ……)
だいたい女性が尽きたことがないローランは、しかし、誰に対しても心を寄せてはいないように感じていた。
(流石のローランも女の色香に惑わされたのか? ……まあ、そういう年頃だしな)
とも思ったが、相手の女性は美しいけれど決して豊満な体つきではない。色香というなら今までのパートナーの方がずっと色気があった。
「ローラン」
呼びかけると、彼はびっくりしたように目を瞬かせた。
「カミーユ王子」
そのまま姿勢を正す。
「なぜ貴方がこのような場所に……」
先ほどまで女生徒の間に流れていた砕けた雰囲気は消え去り、有能な騎士候補の顔になったローランに、
「セネヴィル家のお嬢さんに会いにきたんだけどね。顔を知らなくて困っていたんだ」
と言って、はたと気付く。ローランの生家であるシャルトル家とセネヴィル家の関係は決して良好ではない。ローランに尋ねても、彼が仇敵シャルトル家の娘の居場所など知っているはずもない。
そのカミーユの推察を裏付けるかのように、
「……セネヴィル家の娘に何の御用が?」
とローランの声が一段低くなる。なるほど、やはりローランもまたセネヴィル家という名にあまり良い感情を抱いていないのだな、と判断した。が、
「ローラン」
と隣の娘が諌めるような口調でローランを呼んだので、おや、と思う。
ローランに対して強く出る女性は珍しい。
ローランはカミーユから見ても、女性に相当人気があるだろうという容姿をしている。彼に好意を持つ女性であれば、彼から嫌われたくない、彼を他の女性に取られたくない、という感情が働きやすく、相手の感情を損ねないよう、自分の意見を胸の内にとどめがちだ。
「……」
少女に制されたローランは、やや不服そうにしながらも、大人しく引き下がる。すると少女は改めてカミーユに向き直った。そして、
「王子。お話し中に口を挟む無礼をお許しください」
と品の良い完璧な礼の形を取る。その仕草の一つ一つが洗練され、隙がなかった。ただ者ではない、ということはカミーユにも分かった。
「セネヴィル家の娘をお探しでしたら、私がその娘です」
「え?」
少女の口から出た言葉に、思わずカミーユは尋ね返してしまった。しかしリアーヌは気にした様子はなく、今度は正式に名乗った。
「リアーヌ・セネヴィルと申します」
意外な展開に、カミーユは思わずぽかんと口を開いてしまった。
セネヴィル家とシャルトル家という関係上、ローランがセネヴィル家の娘と一緒にいるということなど、想定外である。
思わずリアーヌを凝視していると、ローランが、
「彼女は同級生なのです」
と言いながら、さりげなく彼女をカミーユの視界から隠すように割り込んでくる。
冷静な彼らしくない行動に、
(そうなのか)
と驚いた。彼はカミーユを警戒しているのだ。ーーつまり、リアーヌに近付く人間として。
確かにリアーヌは、彼が心配するだけあって、相当な美少女だ。そしてカミーユは、自分が望めば、どんな女性でも手に入れられる立場の人間だ。あまり接触させたくないと思うローランの気持ちは痛いほど分かる。
と同時に、子供の頃から、子供らしさのかけらもなかったローランの人間らしい行動に、兄のような気持ちになって、
(彼も普通の男だったんだな)
と感慨深く思った。
しかし、いつも賢明な彼からすると、冒険ではある。
(よりによってセネヴィル家の一人娘とは……)
困難な道であると分かっていても、彼女を欲しているいうことだろう。恋は盲目とも言う。
カミーユは素早く計算した。
第一王子として、将来有望なローランに嫌われるのは賢明ではない。彼の敵にはならないことを示さなければ。
「ああ、すまない。少し言葉が足りなかった。私は学園長に会いに来たんだが、ついでに弟に用事を頼まれていてね。君に手紙だ」
あくまでリアーヌに用があったのは弟であり、自分でないことを強調する。
「まあ、シリル様から。ありがとうございます」
リアーヌは花が綻ぶように微笑んだが、何故だろう、絶世の美少女なのに少年のような雰囲気がある子だな、と感じた。




