裏話4-4
「ああ? シャルトル? あいつがどうかしたのか?」
「いや、ちょっと苦手というか……」
しばらく、もごもごと口を濁していたらしいリアーヌは、やがてこう言い切った。
「学問に秀でて、武芸も一流。学生の面倒見もよく、優しく物腰柔らか、そして清廉潔白な絶世の美少年! ………胡散臭くない?」
「それ、お前にそっくりそのまま返すわ」
そのコルトー教師の言葉に違和感を覚える。そっくりそのまま返すという部分は、学問に秀で武芸も一流という部分にもかかっているようにも聞こえた。
何か……ひどく胸がざわついた。
「心配しなくても、あいつはお前に興味を持たないと思うぞ。歴代の彼女、なかなか色気のある美女だし」
……………。
別に体で相手を選んでいるわけではないのだと、少し弁明をしたかった。
フリーでいると、周囲で自分を狙う女性たちの争いが勃発し面倒なので、後腐れない女性と付き合うことで女避けをしているだけだ。そしてたまたま、その女性たちが色気ある容貌や体つきをしていただけだと訴えたい。
今の相手に至っては、向こうも男避けをしたいという利害が一致しているだけの関係だ。
……しかしこれは、コルトー教師だけの認識ではないのかもしれない。死に戻る前も、そういう印象を持たれていたような気がする。本当にーー誤解である。
「まあ、なんだ。シャルトルは、そつなく適当な女性と付き合って、長続きはしないようにしてるようだがな。そのうち、家が決めた人間と結婚するんじゃないか?」
それは、誰もが思い描くローランの未来だろう。だがローランは、そのような未来を選ぶつもりは毛頭ない。あの家とは、学生の間に必ず縁を切ってみせる。
「とにかく、流石にセネヴィル家の名を背負ったお前を一般クラスに落とすわけにはいかない」
今のこの世界でも、由緒正しきセネヴィル家の名は重いということだろう。コルトーの声は至って真面目だった。
「分かってるって。だから中間の点数を教えて。クラスで真ん中くらいになるように調整するから」
調整する、いう言葉は、調整ができる人間しか使えない言葉だ。コルトー教師とリアーヌは、彼女がもっと点数を取ることができたと認識しているのだ。
つまり。
(わざと間違えた……?)
なんの利点があるのか、そうする理由が思い付かない。
「次の試験は、もっといい感じにやります。ということで、先生、さようなら」
飄々とそう言う声が聞こえ、扉が開く音がした。気配を消し物陰に隠れていたので、最後まで気付かれずに済んだ。
コルトー教師もまた、職員室にでも用があるのだろう、リアーヌが出て行くとすぐに研究室から出てきた。そして、
「だいたい、あいつの答案、舐めてるんだよなぁ。おれにしか、しないんだろうけど」
とひとりごち、ぼりぼりと頭を掻きながら、廊下を歩いて行った。
(……)
確認したいことがあった。
幸いにも研究室は今、無人だ。
(侵入なんて褒められた行為ではないが……)
所詮、自分の優等生の評判は、作り物にすぎない。ひとかけらも良心は痛まなかった。
ローランは念の為、気配を消す魔法をまとったまま研修室に忍び込んだ。
彼が求めるものはただ一つ。真っ直ぐに机を目指す。机の上には、先日行われた試験の答案が無造作に置かれてあった。順位は出ているので、全て採点済みである。
位置が変わらないよう、慎重に答案を探らなければならない。
クラスの人数は、三十名だ。そう多いわけではない、と思っていたが、目的の物は一番上に置いてあったため、すぐに見つかった。
(これがセネヴィルの答案)
それを確認しーーー息を呑む。
特別クラスの答案にしてはバツが多い中、一つだけ大きな丸がある。
それは自分でも難問で手を焼いた魔法理論の解答だった。
(いや、それより……)
「それ」に気づいたローランは、背筋から震えが走った。右上がりの、綺麗とまでは言えないが丁寧に書かれたと分かる文字。
その字の癖を、知っている。
(アンリ……)
その答案に書かれた文字は、アンリのものと瓜二つだった。
⭐︎
ローランはうっすらと目を開けた。
(ここは……)
一瞬、今置かれている状況が分からず混乱したが、テーブルに置かれた水差しを見て、思い出す。自分は熱を出して、リアーヌに見舞いに来てもらったのだと。
(夢、か……)
ここがアンリのいない世界だと思っていた頃の夢、そして彼が存在すると知った時の夢だ。
真っ暗な闇だと思っていた世界が、本当は色鮮やかな世界だったと知った時に感じた胸の震えを、ローランは生涯忘れることはないだろう。
「……」
リアーヌはいつ帰ったのだろうか。何となく、腕の中に彼女のぬくもりが残っているような感じがした。まるで抱き締めていたかのような。
(そんなはずはないのにな)
自嘲気味に笑って、毛布を頭から被る。幻だとしても、もう少しだけ、その温もりに包まれていたかった。




