裏話 4-2
授業の前の朝課の時間に、担任のキャロ教師が一人の少女を連れて、教室に入ってきた。
少女は教師に促され、教卓の前で挨拶をした。
「リアーヌ・セネヴィルと申します」
凛とした、よく響く美しい声。
教室内がどよめいた。何故ならその少女は、傾国と表現しても良いほどの美少女だったからだ。
美しさには全く興味がなかったはずのローランですら、その姿を見た瞬間、瞠目した。しかし美しさゆえに、ではない。その容姿に見覚えがあったからだ。
そこに立っていたのは、アンリとそっくりの学生だった。
……ただし、女だが。
アンリと全く違う部分もある。それは全体的な雰囲気だ。
学生時代は、いつももっさりしていたアンリと違って、その編入生は洗練されていた。
真っ直ぐに伸ばされた背筋、丁寧に手入れされていることが窺える絹のような長く艶やかな黒髪。
アンリより少し背が低く、制服から伸びた手足も随分と華奢だ。
美しい容姿だが、男性よりも女性に人気がありそうな、少し中性的な雰囲気がある。現に、教室内の女生徒がうっとりと編入生の立ち姿に見入っていた。
(リアーヌ・セネヴィル。……セネヴィル?)
その姓を名乗れる同年代の人間は、ローランが知る限り過去、一人しかいなかった。黒騎士アンリ・セネヴィルだ。
(アンリに兄弟がいたか……?)
そんな記憶はない。意識はしていたが、さして親しくはなれなかったアンリの私生活を詳しく知っているわけではない。ただ、前回はライバル同士だったため、情報は十分に持っていた。
没落した名家セネヴィル家の一人息子。他に兄弟はいない。当時、財政が悪化していた領地の窮状を中央に訴えるために騎士を目指し、それを実現した男だ。
(まさかアンリ、なのか……?)
と思ったところで、一瞬、目が合った。
リアーヌは品良く微笑みを浮かべた。その笑みを見た瞬間、失望に似た感情が胸をよぎる。
自分に愛想良く微笑みかけるなど、アンリならば絶対にしなかった反応だ。
(俺と目が合ったら、蛇蝎を見るような目で睨みつけられていたしな……)
そうなると下手に女性に関わるのは面倒だ。
ローランは、自分の価値を客観的に知っている。名家の出で容姿も悪くなく、武芸に秀で成績も優秀。女性が求める素養の全てを持っている。それは自惚ではなく事実であり、常にローランは複数の女性の熱い視線にさらされていた。
そんなローランには一つ、心掛けていることがあった。それは特別クラスに恋愛ごとを持ち込まないということだ。
この狭い世界で拗れると厄介だ。だからこそ、特別クラスの女生徒とは、適切な距離を保っていた。その相手がセネヴィル姓の者であれば尚更である。
しかし、微笑まれたにもかかわらず、返礼しないのは紳士として相応しい態度ではないため、あくまで社交辞令を出ない域の微笑みを返すにとどめた。
さらに担任に面倒を見るように水を向けられたが、異性であることを理由に副級長のユミナに任せることにした。
その直後の一限目が始まる前の空き時間には、わっとリアーヌの席の周りに人垣ができた。主に女性で、男子生徒は女生徒たちから締め出されてしまっている。
「リアーヌ様はセネヴィル家の御息女なのですね」
「リアーヌとお呼びください」
リアーヌが微笑むと、周りを取り囲んでいた女生徒たちが頰を上気させ、ほぅとため息をつき、彼女の姿に見惚れた。
「セネヴィル家にこんな素敵な御息女がいらっしゃるなんて、初めて知りましたわ」
「子供の頃、少し病弱で……どこへ行ってもご迷惑をかけるだけでしたので、屋敷で静かに過ごしておりました」
珍しい編入生に興味津々な同級生たちの矢継ぎ早な質問にも、リアーヌは一つ一つ丁寧に答えていく。
そんなリアーヌと周囲の様子にローランは鼻白む。
学生時代のアンリは、あのように人の輪の中心にいるような人間ではなかった。誰ともつるまず孤高、人と関わるといえば自分に突っかかって来るくらいだった。
ぽっかりと胸に穴が空いたような気持ちだった。
やはり、この世界にアンリはいないのだ。
そんなローランをよそに、少女たちは雑談を続けている。
「一般クラスに入る予定だったのですが、どうやら家柄を少し加味していただいたようで」
「そうだったのですか。セネヴィル家は名門ですものね。でも大丈夫! 分からないところがあったら、遠慮なく聞いてくださいな」
「ありがとうございます」
そんな女生徒たちの会話を、ローランはただ、虚しい気持ちで聞き流していた。




