裏話4 君がいない世界
夢を見た。
光が差さない永遠の闇の中をさまよい歩く、そんな夢を。
⭐︎
(やはりアンリがいない)
ローランが十二歳になり王立学園に通い始めると、それは決定的になった。
常に自分と張り合い、学力武芸共に一位を争い続けていたアンリの存在が、やはりこの世界では綺麗さっぱり抜け落ちていたのだ。
かつて。
王立学園でアンリに出会った時、すぐに園遊会の少年だと分かった。
(なんで、こんなにもっさりしているんだ……?)
という外見になっていたが、内側から醸し出される輝きは変わっていないと感じられた。
しかし再会したアンリは、自分のことなど微塵も覚えてもいなかった。
知らない人間を見る目、しかもどこか敵意を帯びている。
ーー冷静に考えれば、アンリの反応の方が正しい。セネヴィル家とシャルトル家は犬猿の仲なのだから。
しかし当時のローランは、まだ十二歳の少年だ。思いの外、ショックを受けた。彼にとって自分が、その程度の人間でしかなかったことが苦しかった。
だから忘れることにした。最初の挨拶も、
「初めまして。君はセネヴィル家のご子息だね。俺はローラン・シャルトルだ。これからよろしく」
と幼い頃に会ったことなどおくびにも出さず、初対面を演じたのだった。
それでもローランは、いつもアンリの存在を強く意識し続けていた。
彼が、宿敵であるセネヴィル家の長男であることも一因だが、彼はとても優秀かつ努力家だったため、ローランが少しでも手を抜くと、すぐに成績を逆転されそうだったからだ。
ローランはローランで、あの家族から自由になるために、圧倒的な力を欲していた。ーーいざとなれば家族を粛清できるだけの力を。
最初の試験結果が張り出された時、アンリは一位の自分の下に並ぶ、五点差で二位だった。
彼はどうやら首席を狙っていたらしい。だからこそ、一位だったローランに対し、ライバル心をむき出しにするのだ。
……学生時代のアンリは、要領良く生きている自分と違って要領が悪かった。
けれどローランは知っている。
当時、暗いと評されていたアンリは、ただ生真面目なだけであり、社交性に欠けると一部の人間に陰口を叩かれていた彼が、ただ不器用で、しかし思いやりがある少年だということを。
同時に、計算高い自分とは真逆の愚直なその魂が、ひたすらローランを苛立たせた。
思い返せば、ローランが意識している人間は、いつでも黒騎士アンリただ一人だった。
ーーーにもかかわらず。
今の世界では、どんな社交の場でもセネヴィル家の話題が上ることがなかった。ただ、子供は生まれてすぐに亡くなって、現在、跡取り息子はいないという情報だけが手に入ったくらいだ。
(アンリのいない世界に、意味はない)
以前は彼の悔しがる顔を見たい部分もあって首席を維持したが、彼がいないなら、優秀な成績を収めるだけで十分だろう。
カミーユ王子とは顔を繋いでいるし、シャルトル家は力を失いつつあり、最悪な家族はローランに横槍を入れることもできない状況だ。
けれど。
(つまらない……)
追ってくる存在がいない毎日は単調で、色褪せていた。
そんなある日。王立学園四年に進級した初日のことだった。
「このクラスに編入生が入ってくるんだって」
同級生のレノーがそう話しかけてきた。レノーは前回の人生においても、ローランの友人だった。数人いる大臣の中の一人の息子であり、第一王子派。ただ、本人は派閥には無頓着な方で、性格は気が回り、明るい。一緒にいても疲れない貴重な存在だった。
「すごい美人らしい」
「そうか。楽しみだな」
一応相槌は打ったが、正直なところ、全く興味がない。
編入生というのは、この学園において十五歳から一斉入学してくる生徒のことを指すため、特に珍しいものではない。十二の年から入学する生徒は学業優秀な者に限るが、編入生は家柄と財力が重視される。
王立学園は、ある種の出会いの場だ。
年若い男女が、親の期待を背負い、将来有望な伴侶探しも兼ねている場所でもある。
(ただ、編入生が特別クラスに入ってくるのは、確かに珍しいか……)
しかも、前回は編入生などいなかった。
美人かどうかは興味ないが、どれほど優秀な人間なのだろうと気にはなった。




