裏話3-2
闇を映したかのような艶やかな黒髪。あどけないが、はっと息を呑むほど美しい容姿。顔だけ見ると男か女か区別がつかないが、喋り方や服装から、少年であることが推測された。
「そんなところにいないで、一緒に行こう? 向こうに美味しそうなのがいっぱいあるよ」
見た目は夜の精霊のようなのに、びっくりするほど人懐こく明るく笑う少年だった。その顔が眩し過ぎて気後れしたローランは、
「別に、何も欲しくない。放っておいてくれないか」
とその手を払いのけた。
「……」
きっと誰からも愛され、人から邪険にされたことがないだろう少年は、拒絶されて呆然としているように見えた。
彼は難しい顔をして一歩下がると、そのまま会場の中心へと駆け出して行った。
ーーあっさりと立ち去った少年に、ほっとしたような残念なような複雑な気分になる。
(もう少しくらい粘ってもいいんじゃないか?)
小さな不満を抱きながら、ローランは再び隅に一人、誰にも見つからないよう息を潜めて佇んでいると、
「よ」
と先ほどの少年が声をかけてきた。どうやら諦めてはいなかったらしい。図太い少年である。
「あっちに行きたくないみたいだったから、持って来た」
「……」
その両手に、料理や菓子を山盛りに積んだ皿を持っている。こういう場所では品がないと眉を顰められそうな行動だが、少年は全く気にした様子はない。さらに、
「これ持って」
と少年は皿の一つを無理矢理ローランに持たせると、もう片方の手を勝手に握った。
「向こうに行って食べよ」
そう言ってローランをぐいぐい引っ張る。その強引さに負けて仕方なく着いて行った先は、会場から死角になる場所だった。しかも小さなテーブルと椅子もある。
少年は皿をテーブルに置くと、その中から骨のついた鶏肉をつまみ、豪快に齧り付く。見た目とは真逆で、野生味が溢れていた。
「ここだったら何も気にせず食べられるだろ? 俺も、あんまり人がいるの、苦手だし」
どきりとした。何も考えていなさそうな子供だったが、意外と事情を察されていたのかもしれない。
同情されたのだと思った。しかし……不思議と屈辱は感じなかった。
「ほら、美味いからお前も食べてみろよ」
少年が骨のついた鶏肉を差し出してくる。ローランは恐る恐る手を伸ばして受け取ると、少年を真似て肉の部分に齧り付いた。
塩とスパイスで味付けされたシンプルな味付けだが、肉自体が新鮮で旨みに溢れているため、頰が落ちるほど美味しかった。
「なっ? 美味しいだろ?」
「……うん」
「じゃあ、これも食べよ」
今度は牛肉を焼いたものをフォークで突き刺し、差し出してきた。
「あ、ちゃんとした場所では、こんな食べ方したら怒られるから、内緒な」
少年は悪戯っぽく笑った。
こんなふうに、食べたいものを食べたいだけ食べるという経験がなかったローランは、少年に勧められるまま思う存分、肉や魚そして菓子を頬張った。
食事というものは、ただ肉体を保持するための手段に過ぎないと考えていた。しかし、誰かと一緒に談笑しながら食事をすると、一際、美味しく感じられることに驚きを覚える。
環境が違えば、ただの食事の時間も、こんなにも豊かなものに変わるのだと。
その時は、お互いに名乗らなかった。少年は子供心に、ローランが訳ありだと察し、名を尋ねることを控えたのだろう。ただ、いつか必ず騎士になると話していたので、自分も騎士を目指せば、いずれ会えるだろうと思った。
それが、ローランがアンリ・セネヴィルという存在を初めて認識した日だった。




